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依存してください

作者: 白音

 彼は、私がいないと駄目だった。何をしても一人じゃ出来なくて、親に愛されずに育った環境だったからか週に何度かは私に縋り付いて泣いていた。存在が消えるような気がして、誰かに側にいて欲しくなる。その相手は、私でなくては駄目らしい。

 私はそんな彼が好きだった。私無しでは生きていけないそんな彼が、死ぬほど愛おしかった。私よりもずっと大きな体の彼が必死に自分にしがみつく様は、酷く心地よかった。涙を拭いてあげて、頭を撫でてあげて、一回りもある体を抱きしめてあげて、私は大きな愛を感じていたのだ。

 今思えば、これはおかしかったのかもしれない。それでも私はそんな、私に依存する彼に依存した。だって彼は私がいないと駄目だから。私じゃなきゃ駄目だから。私以外は絶対に見ないから、ちょっと意地悪してみたくなったりして。それでも彼は私から離れられない。だって依存してるから。それが、どうしようもなく嬉しかったの。

 そんな彼が、自らを異常だと気づいてしまったのはいつだったか。私たちの関係が、愛などではなかったと気づいてしまったのも。彼はそれでも私を愛し続けたけれど、私はどうだったのだろうか。

 私が一人どこかに行っても笑っている彼。私が他のところに行きそうにしていても気にしていない様子の彼。「別れようか?」と微笑んで見せたら泣きそうな顔で「ごめん。」と去っていった彼。何が、面白いのか。

 愛などではなかった。ただ、私に何の執着心もない彼に興味なんて毛ほどもなかった。私だけを糧として、私が死んだら一緒に死んでくれるような盲信した彼が好きだったのに。私が死んでも強く生きる、私がいなくても代わりを探す、私じゃなくても構わない、そんな彼なら頼まれたっていらないのだ。私は、そのまま彼を忘れた。

 あれから何人かの男性と付き合った。どいつもこいつも、理性を被ったような人間だった。そんなのいらないのに。惨めに縋り付いて、私にだけ依存していればいいのに。私が死んだら一緒に死んでくれる、私が殺されたらそいつを殺す、そんな男性じゃなきゃだめなのに。病的なまでに私を求めてよ。その求めに私は応えるから。熱をも焦がすような愛を頂戴よ。他に目移りさせる気もなくすくらい私を愛でてよ。代わりなんてないでしょ? 私だけを永遠に愛していてよ。その時だけの言葉じゃ駄目なの。言ったならその言葉を通してよ、ねえ、私だけを永遠に愛してくれるんじゃなかったの?

 私の言葉は聞こえない。だって彼はもう私のものじゃないから。私だけのものじゃないならいらないのに。私だけに依存しないなら貴方の存在価値なんてない、ないのよ。どこにも。


「別れましょう。」

「……なんで?」

「好きじゃなくなったから。」

「……そうか。分かった。」


 未練がましいその顔は好き。それなのに私の気持ちを組んで頷く仕草が嫌い。もっと惨めに縋り付いて、別れたくないって言えば、お前じゃなきゃ駄目なんだって言ってくれれば、まだ別れないでいられたのに。でも彼はそんなことしない、しないのよ。だってそれは嘘だもの。私がいなくなっても彼はどうせまた別の人を好きになるわ。私を忘れて、いつしか代わりですらない人で居場所を埋めるわ。そんな人に用なんてない、ないのよ。ずっとこの先も、永遠に。


「でもお前さ、」


 未練に手を伸ばしかけて理性で止めたような顔の彼が、眉間に皺を寄せたまま私の手を取る。私は持ち上げられていく手を他人事のように眺めながら、少しだけ集まっていく熱を喉元に感じた。


「初めから、俺のことなんて好きじゃないんだろ?」


 最もな言葉で傷つく彼が大好きだ。愛している。気づいていたくせに、気づきたくなかったのは私を愛していたから? 永遠じゃなくても一瞬だけ愛して欲しいなんて嘘。私を忘れて他の人と幸せになって欲しいなんて綺麗事。そんなこと思ってもいないのに口に出すのは嫌、嫌なの。

 歪められた口元が上がる。見開かれたその水晶に映し出される私はなんて醜いのかしら。愛されたいなんて思ってもいなくせに、口に出して愛でて欲しいんだわ。口に出さなきゃ消えてしまうくせに、口に出したら溶けてしまうなんて滑稽ね。私の想いはいつだって重すぎて沈んだまま。同じだけの重みを求めるのはそんなに馬鹿げたことかしら?

 求められた熱には応えるくせに、自らは決して求めようとはしない。だって、熱に依存してしまったら駄目だもの。だって依存した熱が冷えてしまったら、私は一体どうやって生きればいいの?


「愛しているわよ。」


 今でも、この先も、ずっと、永遠に。

 紡がれた言葉は空気に溶けて消えたくせに、残された余韻がどうしようもなく切ない。落ちた雫は透明なくせに、私に残されるのは重たさだけなんだわ。ああ、縋り付いてくれればその重さは消えたでしょうに。貴方はまた、気づかないんだわ。

 依存した熱にだけ依存して、依存する熱を求め続ける。ねぇ、それがどんなに冷え切ったことか、貴方には分かるかしら?


「ばいばい。」


 貴方はまだ、気づかないんだわ。



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