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キンゾー、白日夢す

自宅に帰ると、FENがトランジスタラジオから終日、流れていた。相変わらず英語はさっぱりわからない。わからないが、メロディとリズムを追いかけることが、たまらなく気持ちがよかった。その気持ちよさは、いつか近々、訪れるであろうロックンロールの地、その地の広大無辺な蒼穹を思い起こさせた。

工事現場から失敬してきたベニヤ板で、キンゾーはギターもどきを拵えていた。

それはペナペナの単なる一枚だが、キンゾーなりにペイントし、針金で弦もどきを張り込んだ宝物だった。買えそうにないなら、せめて想像の世界で、そういうことだ。

そういう意味では、ベニヤギターは今日日のエアギターのハシリかもしれん。まあ、面倒なことはいわずとも、ベニヤギターを抱えているとき、キンゾーはステージに立つキース・リチャーズであり、Tボーン・ウォーカーだった。

めくるめくようなリフ、背筋のゾクゾクする泣きのチョーキング、FENバックグラウンドミュージックはキンゾーの白日夢をいやがうえにも加速させていた。


なぜだかわからないが、キンゾーはロックにトランスすると、想像としてのアメリカ荒野が浮かび上がる。

赤茶色の岩と暗ささえ感じさせる青空。左右の奇岩を押し分けるように、一本のハイウェイがある。両脇に崩れたような標識と、そのさきにある派手なサインのついたドライブイン。一陣の風とともに湧き上がる埃とタンブルウィード。キンゾーは巨大なアメ車に乗っている。クルマはV8エンジンのラフなノイズをけたたましく上げながら疾走していく。

道路脇にクルマを止めると、容赦ない直射日光がキンゾーの肌を刺す。ここは当然、白のTシャツにリーバイスのジーンズ、それにレイバンのサングラスとスニーカー。片手にコカコーラを持ち、もう片方にはキャメルがなくてはならない。

ジッポーのオイルライターでキャメルに火をつけると、盛大に煙を吐き出す。コカコーラを一気に飲み干し、ベフッと億尾をかます。

少し歩いて岩の窪みになる日陰をさがす。大気が乾燥しきっているので、日陰は快適だ。

岩によりかかり、ジーンズの尻ポケットからホーナーのブルースハープを引っ張り出す。キイはB♭。サニー・テリーのフレーズをなぞる。ブルースハープの音が岩に反射し、天然のディレイが効果音となる。

そのまま横になると、サングラス越しにこれ以上ない広さの空がキンゾーを圧倒している。

(広いや、アメリカは…。いや世界は)


高校生になったころ、キンゾーはウッドストックの映像に圧倒された。ロックの醸成する妖しげだが確実なドライブ感は、ロックを好きになった自分が誇らしく思えた。なにか時代がゆっくりと曲がり始めている、と確信できた。

さらに「イージー・ライダー」を見たとき、キンゾーは衝撃を受ける。

(エーッ!この光景はオレがベニヤギターで遊んでいたときの情景そのままじゃないか!)

ピーター・フォンダが射殺されて、ハーレーごと転倒するシーンに、キンゾーは思わずちびりそうになった。

(これはスゲェ映画だ!)

コーナーに立った時代と同時にいる、これがキンゾーの頭の中の直感だった。


ベニヤギターを抱えたキンゾーの白日夢は、その蒼穹の下、眠り込んでいる自分が見えた気がした。一瞬の時間に、悠久が凝縮された思いがした。

想像から我に返ると、電蓄のターンテーブルがずっと回り続けていた。クーワッシャ、クーワッシャというノイズが続いていた。

(オレ、これからどげんなるっちゃろか?)

そこには徐々に知恵のつき始めたキンゾーがいた。

生臭いヰタ・セクスアリスに目覚める寸前、キンゾーが少年と青年の端境期に輝いた一瞬であった。


通過儀礼から先、特にキンゾーの高校時代は、取り出し語るには未だ生々しすぎる。

発酵が充分でないため、酸っぱく苦い。精神のもっとも脆弱な部分を、ヒリヒリと刺す。極端にいえば、その頃の記憶をスッパリ欠落させたいくらいだ。むしろ極楽脳天気そのものだった大学生活の方が、お気軽なバカ話でうっちゃれそうだ。

人にはそれぞれのパスタイムがあり、同じように苦い思いがある。まことこれはすぐれて個人的なものであって、はたから見れば取るに足らぬ瑣末なことであっても、自身にとっては天地驚愕の出来事やもしれぬ。願わくんば、惻隠の情、である。


さ、とりあえずキンゾーの作り方は、第一部の幕を閉じることにしよう。


(了)


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