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キンゾー、汽車と格闘す

一週間後。

 めげないワルガキどもが松田町原っぱに集まっていた。

 「ドンポ獲り、面白かったねぇ。また行かん?」

ケンボーが土管に腰掛けながらいった。

「うん、あれは面白かったなぁ」

「あ、そしたらくさ、ザリガニ獲りに行かん?」

ハッチャンが土管から立ち上がりながらいった。

「どこさい獲りに行くとな?」

「山王公園。あそこのひょうたん池はよう獲れるとばい」

「獲る、て?置き籠するとね?釣るっちゃなかと?」

少年キンゾーが尋ねた。獲るのもいいが、ザリガニ釣りは面白いのだ。

「あ、そうそう、釣るとよ。こないだヤギちゃんが行ったら、ばさらか(=たくさん)釣れたげなばい」

「そうな、そらよか。行こうえ。どうな、タンチャンは?」

「オレにそこまで言わせなんな、て。わかっとろうもん」

「へへぇ、そら野暮ば聞いたな。よーし、なら山王公園に行きがけに、オレんがたでイリコばとっていこう」

全員、土管から立ち上がると、キンゾーの家でエサのイリコを調達し、勇躍、山王公園を目指した。当時、なぜかしら原っぱには土管が置いてあった。そしてワルサをなす日は、必ず泣きたくなるほどの快晴だったのである。


松田町原っぱから山王公園まで、歩くと小一時間かかる。途中で一箇所、旧鹿児島本線の踏切を渡らなければならない。ワルガキどもは入れ食いになるであろうザリガニ釣りを想像し、だらしなくニタつきながら、公園へと急いだ。

踏み切りに近づいてきた。

「あのくさ、手裏剣の作り方、知っとうね?」

突然、キンゾーが皆を見渡して聞いた。ワルガキたちは口を揃えて、ん、なんな、そげなた知らんばい、と答えた。

「なら、教えちゃろう。これはくさ、ウドン屋の兄ちゃんに教えてもろうたったい。んー、まだ汽車は来よらんね。したらたい、その辺の地べたに釘の落ちとろうけん、そればみんな拾うてきないな」

キンゾーを含め、ワルガキ四人組は腰をかがめて釘を探しにかかった。

断じて行えば鬼神もこれを避くの喩え通り、長短、錆の多少はあるが、全員が釘を拾った。

「よかな。よーと聞きないや。作り方はものすご簡単たい。この釘ばくさ、レールの上に置いとくと。してから、汽車の通るとば待ちゃよかと」

「どげんなると?」

タンチャンが錆まみれの釘を、ためつすがめつ眺めながら不思議そうに聞いた。

「まあ、任せんな。細工は流々、仕上げはごろうじろ、ってこったい。レールに耳ば当てといたらくさ、汽車の近づくのが分かるけん、そん時に置きゃよか」

キンゾーが先頭をきってレールを耳にあてると、ワルガキ全員がそれにつづいた。

ほどなくレールを伝わって、汽車の走るゴンゴンという規則的な音が聞こえてきた。

「来たごたぁね」

ケンボーが上気した顔でいった。

「そうやね。ならみんな、適当に釘ば置きない。見つかったらがらるう(=怒られる)けん、隠れとこう」

ワルガキどもは少し離れた田んぼの陰に隠れた。田んぼの稲はすっかり頭を垂れ、秋が濃密に漂っていた。ワルガキどもは声を潜めて汽車の通過を待った。

遠くでカーブした軌道の向こうに、蒸気機関車の煙が見えてきた。その煙をかきわけて黒く巨大な鉄塊がゴウゴウと唸りをあげて近づいてくる。

剛力と不遜のシンボル。断固、敢然のメタファー。

ピュー、という警笛とともに、機関車は巨大な動輪の両側に思い切り蒸気を吐き出した。

石炭と加圧された蒸気の酸っぱい匂いが充満した。

「やっぱい、近くで見るとすごかね」

ハッチャンが轟音に負けじと叫んだ。

機関車に続き、何台かの客車が通過した。線路の上の釘を、しっかりペシャンコに踏みつけていった。轟音は低く、そうして小さくなり、ドップラー効果そのままに、静寂が訪れた。

「さーて、どげんなっとうかいな」

ワルガキどもは田んぼの陰から飛び出した。レール上の釘に最初に近づいたのはケンボーだった。

「オーッ!こら、すごか!」

ケンボーの声に弾かれ、ワルガキどもがそれぞれの釘に飛びついた。

「オ、オ、オ、オ、オッ!」

「アラーッ、こらどうかいな」

「ヘーッ、こげんなると!」

キンゾーは得意げに、精一杯の厳かさを含めて宣言した。

「どげんな?いわせんめぇが」

釘は見事にペチャンコになり、ちょうど銅矛を薄く、犀利にした形になっていた。錆の部分は鉄の本体に吸収され、いかにも刃物といった鈍い光を放っている。

「この先ばくさ、コンクリにこすり付けて刃ば立てるとたい。見よってん(=見てなさい)」

少年キンゾーは線路脇のコンクリート部分に、銅矛形の釘を押し付けると、キュッキュッと磨きにかかった。先端はますます薄く、さらに光を増した。それはいかにもテレビ放映されている「忍者部隊月光」で使われる手裏剣そっくりだった。

キンゾーは得意満面で手裏剣をヒラヒラさせた。

「見てんない。ツヤかろうが。オレもうどん屋の兄ちゃんに教えてもろうた時、たまがったもん」

ケンボーもタンチャンもハッチャンも、飛びつくようにコンクリート部分に駆け寄り、せっせと刃を立て始めた。わずかの時間でワルガキどもの手裏剣の刃がたった。熱意がことを成し遂げたのである。

「へへー、こらよか」

「明日、学校で見せびらかせないかんね」

「これで釘打ちばしたら、絶対、負けんばい」

ワルガキどものボンクラ頭からザリガニつりのことが、雲散霧消していた。


「まだあるとぜ」

キンゾーは昂然と言い放った。

「度胸試しばせんや?」

「なん、それ?」

「これもうどん屋の兄ちゃんに聞いたったい。男ば見せなつぁーらん(=いけない)とぜ。ま、ゆうたら、なんやね、一番山の鼻取り(=一番山笠の先頭役)のごたるとたい」

「どげんするとね?」

「やるこたぁ簡単たい。この線路に立っとったら汽車の来うが。それで両手ば広げて、誰が最期まで我慢しきいか、競争するったい。最後まで立っときったヤツが、いっちゃん度胸のあるとたい。気易かろ?」

「そげなことした先生にがらるう(=怒られる)ばい」

「線路で遊んだら、がらるうだけじゃすまんめぇもん。くらされる(=殴られる)のがオチばい」

「危ないっちゃない」

同道ワルガキの思わぬ反論に、キンゾーはちょっとオタついた。一気に盛り上がって、やろう、となるだろうと予想していたのだ。

「な、な、な、なん。そこば見つからんごと都合ようやるとが、男やろうもん」

キンゾーはヘドモドしながら答えた。

「オレ、せんばい」

「オレも」

「オレもしっきらん」

キンゾー、孤立無援。

しかし、いいだした以上、そこでオレもヤメタ、では格好がつかない。

「よかぜ、せんだっちゃ。弱かね、オマエたちゃ。なら、オレが博多の男ば見せちゃる。よーと見ときないや。ほら、ちょうどよかごと汽車の来よう」

右に顔を振ると、カーブした軌道の向こうに蒸気機関車の煙が見える。確かに汽車が近づいてきている。キンゾーは敢然と踏み切りに仁王立ちになり、精一杯、両手を広げた。

「やめとき」とケンボー。

「危なかて」とハッチャン。

「くらさるうばい」とタンチャン。

ああ、そうやね、危なかけんね、と逃げたんじゃ、男じゃなか。ここは男キンゾーを示さなくてはならぬ。なーに、たいがいのとこでササッと逃げだしゃ、格好はつくやろ。いんや、つかなこて(=つくに決まっている)。

「よーと、見ときない。これが男たいっ!」

広げるだけ広げた両手を誇示し、キンゾーは同道ワルガキどもに叫んだ。

「もう、やめとき」

「男てわかったけん、やめり」

「がらるうばい」

キンゾーは強がりの笑顔を見せたつもりだった。しかしそれは正面から見れば、まごうことなく半ベソ状態の顔のひきつりだった。

蒸気機関車が圧倒的な存在感をもって近づいてきた。キンゾーの膝が震え始めてきた。

(え、え、え、え、えずか〜(=怖い))

キンゾーを認めたのか、蒸気機関車がピーッ、ピーッと鋭い汽笛を断続的に鳴らし始めた。

「キンチャン、はよ戻ってき。危なか!」

「轢かれるばい、死ぬばい!」

その間にも機関車は近づいてくる。キンゾーは逃げ出そうとしていた。しかし、身体が強張ったまま、固まってしまっているのだ。

(なし!なしな(=どうしてだ)!なし、身体の動かんとや!)

キンゾーの顔が歪んできている。涙がでてきているのだ。

「キンチャン、早よ、早よ!」

「危ない!」

涙は出る、膝は震える、しかし逃げ出せずに固まり、両手をひろげたまま、キンゾーのボンクラ頭は恐怖のパニックだけが支配していた。

(お母ちゃん、助けちゃりー、えずかー)

ワルガキどもの悲鳴と、蒸気機関車の警笛は、否が応でも人に異変を気付かさせる。ちょうどその踏み切りに差し掛かったのは、自転車に乗った平田のオイサンだった。

オイサンは一瞬で光景の意味を理解すると、自転車を放り投げキンゾーのところに駆け込んでいった。平田のオイサンは左官仕事で鍛えた分厚い掌と、強靭な腕力を持っている。キンゾーの襟首をむんずと掴むと、エイッとばかりに持ち上げ、そのまま脇に挟む格好でキンゾーを安全な線路脇に投げ捨てた。

直後、ギ、ギ、ギ、ギ、ギと総毛立つようなブレーキ音をたて、踏み切り直前で列車が停止した。


キンゾーは後ろ手をついたまま、呆然としていた。

ツカツカツカと平田のオイサンが近づいてきた。キンゾーは怒りに赤く膨らんだオイサンの顔がわかった。

「またキンゾーかっ!このバカチンが!」

振り下ろされたゲンコはこの上なく痛かった。目から間違いなく星が飛んだと思う。

(あ痛ーっす!)

キンゾーは思わず頭を手で覆った。

平田のオイサンの怒りは凄まじかった。ワルガキ全員が並ばせられ、順番にごついゲンコがお見舞いされた。

蒸気機関車の運転士も降りてきた。ほどなく、どこから聞きつけたのか、駐在のオマワリさんまでやってきた。名前は知らないけれど、近所のオバサンもぞろぞろ現れた。

ワルガキどもは運転士さんからゴンとやられ、駐在さんからこっぴどくしかられ、とりあえず帰宅させられた。


それからは…仕方ない、事実だけ書こう。

平田のオイサンに連れられて帰宅し、まずお母ちゃんからゲンコ。ばあちゃんからキセル。夕方、帰宅したお父ちゃんとお母ちゃんが駅に呼ばれ、厳重説諭。帰宅後、左人差し指にでかいお灸をすえられた。

翌朝、小学校にも連絡があったらしく、ワルガキ全員、校長室でこってりしぼられた。

あの二日間、イヤというくらいゲンコをいただき、キンゾーは頭の形が変わったかと思った。

その効果はけっこうあり、半月間はさしものワルガキども、とりわけキンゾーは静かにしていた。


キンチャン、身体の具合の悪かと?と女生徒がキンゾーに不審そうに尋ねていた。


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