キンゾー、川を確かめる
初秋。
ピーカン、絶好のワルガキ日和。
松田町の原っぱに、いつものワルガキ連中が集まっていた。
テシギメのパッチン(=メンコ遊びの一つ)でタッチャンがブッチギリ、大勢も決まってなんとはない索漠感。
「あー、なんかタッチャンにやられっしもうたね」
「うん、今日のタッチャンは強かー」
「オレ、もうパッチンののうなっしもうた(=なくなった)」
「へへぇ、こげな時もなからな、つまらんめぇもん。いままで、たいがい取られとったっちゃけん、たまにゃよかやなかか」
「ま、よか。次は取り返すけんね」
「おぉ、いつでんかかってきない」
気が付くと、もう薄暗くなりはじめていた。
「そろそろ帰らんといけんね」
「そうやね」
「明日、どうする。土曜やけん、半ドンばい」とケンチャン。
(多分、半ドンは死語であろう。半ドンとは、週休2日制が導入される前、土曜は官庁、企業、無論学校も半日就業であり、午後が休みだったのである)
「どうする、て、なんかあると?」と少年キンゾー。
「それたい。あのくさ、往還通りの前に川のあろうが。あれ、名前があるて、知っとうや?」
「すらごと(=ウソ)言うたらいかんばい。あらぁドブの側溝たい」
「それが違うと。隣のコンニャク屋の爺さんの言いよんなったもん。この川は鉢の底川て言うとぜ、て。今でこそチャッチャクチャラ(=滅茶苦茶の意)ばってん、松下の工場が前はメリヤス工場でから、そこの排水が流れてきてから、さっぱりになっしもうたげな。オイサンのこまかった時にゃ、そらキレイかったげなばい。泳ぎよったとぜ、て」
「ふーん、ほんなことな」
「それでたい、オレはあの川が何処さい行っとうかが知りたいとたい」
「そら海に決まっとろうもん」
「そら最後はそうやろう。ばってん築港にそのまま出るとな?」
「そうやない?」
「オレ、兄ちゃんに聞いたったい。そしたら大きい兄ちゃんは、築港に決まっとるくさ、て言いんしゃったい。ばってん、真ん中の兄ちゃんは、あれは中州んとこで那珂川に流れ込んどうて。で、小ちゃい兄ちゃんはたい、緑橋んとこでつながっとうと、て教えんしゃっちゃん」
「ふ〜ん」
「だけんたい、明日、学校終わってから、みんなで確かめに行かん?」
確かめる!
この冒険の閃きは、少年たち、とりわけ少年キンゾーの体を一気通貫し、ガーンと高揚したのである。
翌日、土曜の午後。
冷や飯にナスの味噌汁をブッかけて流し込み、すっ飛ぶように松田町の原っぱに集合した。
ハッチャン、ケンボー、タッチャン、そしてオイラ=キンゾーの四人。
「お、タッチャン、自転車やない。今日は使えたと?」とオイラ。
「ウン、父ちゃんが今日は仕事で使いんしゃれんけん、借りてきた」
その頃、オイラの周りに、子供用自転車を持ってるやつなんかいなかった。いや、そもそも子供用自転車を売っていたかどうか、記憶にない。みな、オヤジや兄の無骨な商用自転車に三角乗りだった。三角乗りとは、フレームの間に右足を突っ込み、サドルに跨らず両ペダルで体を支えて進むという、子供が必要にかられて編み出した、実に曲芸的な乗り方だ。
「ばってが誰も乗って来とらんけん、押して歩かなたい。タッチャンだけ先に行くわけにもいかんめぇ」
「ま、よかやない、なんかあったときの早か足たい」とケンボー。
とにかく、松田町原っぱ探検隊はワルガキ4名と、貴重な足=自転車一台の大デレゲーションで結成されたのである。
空は呆れるほど青く、ポケットには最後の武器、肥後の守(=小型折り畳みナイフ。これが使えないと正しいワルガキにはなれない)も呑んでいる。
「よーし、行ってんのう」
「おう、行ってみろうえ」
ワルガキの気宇はいよいよ壮大である。
オレたち以外に、かつてこのような冒険を行ったものが、小学校にいるだろうか!それ以上膨らみようがないくらい、前途は茫洋と広がるのである。
「明治町との境に川のあるけん、そこから辿って行こうかね」
「往還通り沿いやね」
「あれに沿って行ったら、渕上んとこに出るっちゃろ?」
「そこまでは、誰でん知っとったい。そっから先たい」
ワルガキ探検隊は足取りも軽やかに進む。
明治町のはずれ、国鉄(=JRのこと)の踏切にやってきた。この踏切を渡れば、もう隣の校区だ。小学校低学年にとって、他校区とは、すなわち人外魔境であり、物の怪、妖怪が跋扈する異形の世界である。
「ここから先が分からんっちゃん」
ケンボーの声は少し震えている。
「しょんなかやん。この川に沿うて行ったら、ここに来たっちゃけん、もう後戻りはでけんばい」
「ホントに行くと?えずう(=怖く)なか?」
少し気の弱いハッチャンが言った。
「行かなこて(=行くに決まっている)。行かな、なんもわからん」
キンゾーもほんとはビビッていたが、ここが博多ん男の示しどころ、後には引けん。
明治町の踏切を越えると、川は西側に流れを変えていた。
「おりょりょ、曲がっとうばい」
ハッチャンが叫んだ。
「そーやね、曲がっとうね」
「こら、緑橋と反対の方向ばい。あらぁ、千代町の方やけん」
成績のいいタッチャンが相槌を打った。
「こら、築港に行くか、那珂川に行くか、どっちかやね」とケンボー。
「これから先の道は知っとうと?」
「知らんばい。誰か知っとう?」
「うんにゃ」
「オレも知らん」
「よか。日本やろ、どこだっちゃ。日本語は通じるっちゃけん、なんとかなる」
少年キンゾーの見境のない脳天気は、このころから発露されていた。
ここまで道草をくいながら、小一時間。
「たしかこの辺は、瓦町っていいよんしゃった。うん、間違いなか、コンニャク屋のオイサンはそげん言いよんしゃった」
「ふーん、瓦町て言うとな」
川はさらに西方向に蛇行し始めた。道は川沿いから少し離れ、低い家並み越えに見えるようになってきた。道が川に交差して、小さな橋を渡る。
途端、プーンといい匂いがしてきた。
「お、テンプラ屋のある」
博多でいうテンプラとは、薩摩揚げのことである。普通の衣をつけたテンプラもテンプラだ。区別は、そーだなー、出てきたときに見分けるしかない。
魚のすり身が油で香ばしくあがる匂いは、いやがうえにもワルガキどもの胃袋を刺激する。
そうなんだ!腹が減ったんだ!
「誰か、金持っとう?」
ゴクリと唾をのみこみつつ、少年キンゾーが言う。
「あ、オレ、三十円持っとうばい」
「お、そらぁ豪気やな。テンプラが一枚五円たい。タッチャン、おごららんな」
「よかよ。そんかわり、自転車ば誰か押しちゃらん。きつかと」
そうであった。
タンチャンが三角乗りでやってきた自転車があったんだ。明治町の坂も、ずっと押してたんだ。
「そら、早よ、言わな。テンプラばおごって貰うっちゃけん、お安い御用たい」
「なら、かったりごうたい(=交替で)押そうかね」とハッチャン。
「早よ、テンプラば食おうや、美味そうばい」とケンボー。
「お、そやね。もーし、テンプラばお願いしまーす」
はーい、とテンプラ屋のごりょんさん(=奥さん)が現れた。
「いらっしゃい…。あら、ここら辺じゃ、見らん顔やね。あんたたち、どっから来たとね?」
「人参町やら東領やらです」
「そげんね。そらちょっと遠かね。お使いね?」
「うんにゃ、探検です」
「探検?探検ちゃなんね?」
面倒なので「なんかなし(=なんとはなし)です」と答えた。
「えーと、テンプラば四枚つかぁさい」
「4枚ね、揚げたてのあるけん、ちょっと待っとき」
ごりょんさんが奥に引き返し、今度は湯気のホンワカ立ち上るテンプラを手に戻ってきた。
「はい、テンプラ四枚。二十円ね。揚げたてやけん、美味しかよ」
ごりょんさんがテンプラを各自に新聞紙でくるみ、手渡してくれた。それはじっとりと新聞紙を油でしめらせ、艶かしくツヤツヤと光っている。
ハガッとかぶりつく。
テンプラの跳ね返るような弾力感がうまい。ムッチリと張り詰めた魚肉がブチブチ切れていく瞬間がうまい。
「うまかー」
誰いうとなく、皆が唱和した。
「あんたたち、天気のよかけん、喉も渇いとろうもん。オバチャンが水ば持ってきちゃろうか」
確かに喉も渇いていた。
あの頃、自販なんてないのだ。仮にあったとしても、貧乏ワルガキにはジュースを買う金なんかない。
「あ、すんません。お願いします」
ごりょんさんは再び奥に引き返していった。奥の闇に、ごりょんさんの白の長靴が、テンプラの油で光っていた。
破れ茶碗に注がれた水は、福岡市水道局のそれだが、たまらない甘露だった。探検隊は、水を二度お代わりした。
さよう、探検隊には、水と食料が欠かせないのである。
さーて、鉢の底川は緑橋方向には行っていない、ということだけはわかった。
されば、だ。
果たして鉢の底川は築港へいっているのか、それとも中洲で那珂川に合流しているのか。
選択肢は絞られた。
ワルガキ探検隊の歩は、テンプラエネルギーでもって、いやが上にも進むのである。
川は西に蛇行したまま流れている。
「あら?ここはカネボウんとこやない?」
タッチャンがボソッと言う。
「ん?なんで知っとうと?」
「父ちゃんに連れてきてもろうたことのあるっちゃん。確か、ここのちょっと先に、守衛さんのおんなさる門のあったばい…ほら、やっぱそうやん」
「カネボウやったら、ここら辺はどこね」
「住吉神社から、そげん遠おなかったばい」
「フェ!なんそれ。オレ達ぁ、グルーッと回っとったとかいな」
つまりこういうことだ。
西北方向に行けば、松田町原っぱから住吉神社の参道方向に出るのである。
しかし、川の流れに沿っていく、それしか意識していないワルガキどもは、東北に進み、それから真西に転進し、ちょうど住吉神社の周りをグルリと大回りしていたのである。
「知らんやったねぇ。こっちさい来たら、こげんなっとっちゃね」
「まさかねぇ、住吉神社の先ちゃ思わんかったばい」
「ここはくさ、ドンヅマリになっとうけんやない?道の塞がれとうごたるもん」
「かもしれんねぇ」
「なら、もうすぐ分かるっちゃない、川が何処さい行っとうかどうか」
「おお、そうやね」
「そうたい、急がなつぁーらん(=急がないといけない)ばい」
「おお、行こう、行こう」
ワルガキどもは急かされるように先を急いだ。
あと少しで、鉢の底川の結末が確認できる、それがこのデレゲーションの担務なのだから、自然、足早になる。
ハッチャンも懸命に自転車を押し、汗をかいている。続いてケンボーが交代し、自転車を押す。
うんせ、うんせ、うんせ…。
カネボウの広い工場敷地を過ぎると、突然、川の終わりは、あった。
プツッと切れたように画然と風景が変わった。道が直角に折れ曲がると、唐突に大きな川が現れた。
ワルガキたちは杭になり、呆然と立ち尽くした。
「これ那珂川やろ」
「那珂川ばい」
「こげんなっとたと」
「知らんやったねー」
秋の日は徐々に傾きをまし、ワルガキたちの正面で赤く輝いている。
「中洲じゃなかばってん、その近くで…」
「那珂川に…」
「流れ込んどったたい…」
「築港じゃなかったっちゃね…」
ワルガキたちはそれぞれの感傷に、ふかく酔っていた…と文学的予定調和をいいたいところだが、そりゃあなた、甘いね、甘過ぎ。
残念ながら、ワルガキの感傷時間は極めて短いのである。ワルガキには感傷なんぞクソクラエ、屁の突っ張りにもならねぇのだ。
「お、ドンポ(=ハゼ)のおる」
ケンボーが目ざとく魚を見つけた。
「え、どこ、どこ?」
「ほら、あの川さい降りる階段の際んとこ」
「オーッ、おるおる。ウヒヒヒヒヒ」
「こらぁ、やっぱし」
「捕まえらないかんめぇもん」
近くに転がっていた空き瓶や空き缶を手に、階段を下りて川に入る。ワルガキの正しい魚取りが始まるのだ。
足で積み石の隙間に魚を追い込み、手を突っ込んでフン捕まえる魚は嬲られ、殴られ、投げられ、瀕死状態で川へ戻っていった。
夕日が翳りだすと、お、こらいかん、とワルガキも大慌てで帰りだす。当然、靴もズボンもシャツもびしょ濡れだ。
こけつまろびつ、自転車を押し、濡れた靴をボコボコいわせながら、ヘトヘトでそれぞれの家に帰ったとき、どの家もお母ちゃんが、手を腰に屹然と立って待っていた。
「あらー、こら、またがられる(=怒られる)ばい…」
翌日、日曜日。
松田町の原っぱでは、昨夜、お母ちゃんにこっぴどく叱られ、各々ゲンコでゴンとやられた出来事に、ワルガキども全員の長嘆息が、和音になっていた。
ワルガキとゲンコでゴンは不可分なのである。