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2.攻略対象

「なぁ、シロ」


 ハイネが俺を見つめる。輝かしい、なんというか犬っぽい目だ。そんな目をしても俺はジャーキーなんて持っていない。


「私を乗せてくれ!」

『嫌だ』

「そうか! ありがとう!」


 やっぱり言葉が通じないというのはかなり不便だ。片方が一方通行なだけでこれ程面倒になるなんて……。

 とにかく、俺は背中によじ登ろうとする相棒を振り落とす事に専念しよう。

 ドラゴンと人間の力関係ははっきりしているので、なるべく相棒に怪我をさせない様に、勢いを付けずに落とす。振り落とす、というよりも滑り落とすという方が正しいのだろうか。


「のあっ」

『おっと』


 尻尾でハイネの腹を支えて俺は溜め息を吐く。ハイネは不満顔である。


「乗せてくれると言ったではないか!」

『言ってねぇよ』

「そうやってはぐらかすな!」


 はぐらしてもねぇよ。なんて口にした所コイツには通じない。それはわかっている。

 俺は溜め息を分かる様に吐いて尻尾からハイネを降ろす。相棒は草地に仁王立ち。そんな様子に余計に溜め息が溢れてきた。


 こうして竜騎士契約を交わした俺達の訓練のようなものは進んでいく。

 竜騎士契約というのはちょっとした見合いだ、と終わってから気づいた。こうして何度も対話を繰り返して親密度を上げていく。

 こうして考えると俺は攻略対象なのか。どこの恋愛アドベンチャーだよ。ドラゴンが攻略対象って……。


「おい、シロ! 聞いているのか?!」

『はいはい』

「む、聞いているならいい……」


 こうして極稀に言葉を理解してくれるハイネを見ていると俺は着々と攻略されているのだろう。なんとも複雑な気分である。

 そうして考えを煮詰めれば、ハイネは「ぐるる」だの、「きゅるる」だの、鳴き声しか分からない状態の相手を攻略しているのか。レベル高いな、おい。


 そんなフザけた事を思っているとハイネに影が掛かった。ハイネもソレに気づいた様で空を見上げる。

 太陽を覆い隠す様に翼を大きく広げた影。ドラゴンである。そのドラゴンは羽ばたきの度に草を舞い上げ、地面へと着陸を遂げた。

 色は【緑葉】。真緑、というには少し薄い色素をしているドラゴン。


「あら? まだドラゴンに乗れないでいるの?」


 そんなドラゴンの背中から声が聞こえた。金色の髪がふわりと揺れてドラゴンから地面へと降りた。それなりに装飾もある鎧に剣。

 そんな人間に向かってハイネは肩を竦めてみせた。


「むぅ……そう言ってくれるなよ、リタ」


 肩を竦めてからそのまま落としたハイネは恨めしくコッチを見た。俺は当然無視。


『こ、こんにちは……【色無し】』

『こんにちは、【緑葉】』


 目の前にいる彼女への挨拶が先である。特有の高くオドオドしている鳴き声の【緑葉】。唯一、俺を呼ぶときに躊躇して【色無し】と呼ぶ。

 彼女から降りた、ハイネにリタよ呼ばれた人間は俺に向いてニッコリ笑う。


「はじめまして、って竜舎でも会ってるんだけど……私はヴェリタ・スペルビア。このドラゴン、ブレッザの竜騎士をしているわ」


 ヴェリタは以後よろしく、とニッコリ笑っている。【緑葉】、いや、ブレッザはどこか恥ずかし気に首を反らしている。

 流れからして、こちらも名前を呼ばれなくてはいけない。自己紹介というのはそういうモノである。残念な事に。


「私はハイネだ。そしてコッチが私のドラゴンである、シロだ」

『シロ……ちゃん』

『ちゃん付けはやめろ』

『ご、ごめんね、シロちゃん』


 もういい。諦めた。ブレッザがこうなると頑固なのは知っている。悪気は無い。悪気は無いはずなんだ。でもちゃん付けはやめてほしい。

 溜め息を吐いてしまった俺をケラケラと笑って見ているヴェリタ。俺の言葉は理解していないだろうけど、ブレッザの言葉は理解しているのだろうか。


「シロって安直すぎるでしょ、フフ」

「むぅ……」


 ケラケラはいつの間にかゲラゲラに変わって、お腹を抱えて笑い出すヴェリタ。そして神妙そうに言葉を零したハイネ。不貞腐れたいのはコッチである。

 そんな人の……ではなくドラゴンの名前を笑う無礼なヴェリタ。笑う理由はわかるけれど、できれば俺のいない所で笑ってほしい。さらに言うなら笑ってほしくはない。


「ふぅ、笑った笑った」

「少し失礼ではないか?」

「ごめんね、シロ」


 フンッと鼻を鳴らして返事をする。別に気にしてないですよー。

 ここから先に連続して起こる事を知っただけだ。辛い。そんな俺の態度も笑っているヴェリタ。


「さて、約束は果たしたわよ、ハイネ」

「あぁ。これから先もよろしく頼む」

「それは相棒に言ってあげなさいよ」

「通じないだろう」

「こっちの言葉はわかると思うわよ? ねぇブレッザ」

『うん』


 ブレッザはキュルルと高い声を出してヴェリタに撫でられる。気持ちよさそうに目を細めている。

 対してハイネは腕を組んで俺を見上げる。見上げられた俺はフンと鼻息を吹き出して反応してみせる。


「シロ、乗せてくれ」

『だが断る』

「よし、乗るぞ!」


 よじ登るハイネ。振り落とす俺。

 また草のクッションへダイブを果たしたハイネは恨みがましい目で俺を見上げていた。

 そんなハイネに向かってケラケラと笑うヴェリタ。ブレッザはオロオロと俺とハイネを見ている。


『シロちゃん……やっぱり、飛べないんだね』

『言ってくれるな、ブレッザ』


 俺は思わずため息を吐いた。ブレッザはそんな俺に心配そうな目を向けていた。

 俺は空を飛ぶことができない。いいや、これは正確ではない。俺は空を飛ぶことは出来るし、長距離の移動も出来る。高所恐怖症でした、なんて事実もない。

 人を乗せて飛ぶことが出来ないのだ。というか、人を乗せて飛ぶ自信が全くない。この巨体に比例するような小心者である。


「なぁ、シロ。よく考えてくれ。私は竜騎士でそしてお前はそのドラゴンなんだ。 乗せろ」

『あーはいはい』


 こうして相棒であるハイネを突き落としているのも彼女が理由ではなくて、俺の我侭なのである。

 乗せて、飛んで、落とせば、ハイネは死ぬ。これは確定的であり、俺にはおそらく堪える事は出来ないだろう。


「ふーん……。なるほど、なるほど」


 ヴェリタがそんな俺とハイネを見て呟いた。ジロリとブレッザを見れば首を振られたので恐らく彼女は言っていないらしい。

 ニンマリとネコ科を思わせる笑みを浮かべて口を開いた。


「ハイネ、貴女は頑張らないといけないわね」

「む、リタ。何か気づいたのか?」

「いいえ、まったく、これっぽっちも、何もわかるわけないじゃない」


 ハイネの伸ばした手をヒラリと回避したヴェリタはブレッザの首を撫でる。それでブレッザは首を落とし、ヴェリタはハイネに見せつけるようにしてドラゴンへと跨った。


「それではハイネ。また今度。次に会う時はお互い飛べる事を願うわ」

「む……」


 ブワリとブレッザの翼が風を起こす。突風がハイネに当たらないように翼を広げて壁にしておく。

 浮いたブレッザはさらに翼を動かして天高くへと飛んでいった。力学って言葉は一体どこへ行ったんだろうか。


「…………」


 ハイネはハイネで俺の翼を掴んで空を見上げている。そして、自分の掴んでいる物を見て、俺を改めて見上げる。


「……むぅ」


 翼から手を離して腕を組むハイネ。俺も翼を畳んで体を伏せる。乗ろうとするなら振り落とす。乗られるだけならいいと思うのだけれど、コイツは絶対に乗ると飛ぶまで降りないと思う。

 ハイネは俺に手を伸ばして、首を撫でた。


「……ふむ、少し急かしすぎただろうか」


 何度も首の鱗を撫でて、馬にするように俺を抱きしめる。

 そのままポンポンと人でいうウナジあたりを撫でてそう呟いた。

 急かされた、というよりも、竜騎士の相棒となった俺が悪いのだ。ただ乗られるだけのドラゴンにはなりたくはないが、変な意地も自信の無さも、今は必要ではないのかもしれない。

 特に、今俺を抱きしめているのは相棒である。

 ここから先の話、何度も自身に跨る……いや、変な意味ではない。決して。


「よし、乗せてくれ」

『急かしすぎじゃなかったのかよ……』


 べしり、と尻尾を回してハイネの頭を叩いた。もちろん手加減はしている。

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