1.いろなし
開いていただき感謝を。
以前同じタイトルで投稿していたのですが、手違いで削除してしまいました。
故に加筆と修正を加えて、新しく開始させていただきます。
鋭い爪、尖った牙、刃物を通さない頑丈な鱗、人の三倍もあろう巨躯と広げれば空を覆うほどの翼。口からは炎を吹く伝説の生物。
ドラゴン。
今、俺の目の前にはその伝説の生物とやらがいる。それも複数だ。緑色もいれば、赤色もいる。紫なんて毒々しいモノもいれば、漆黒なんてモノもいたりする。
そんなカラフルな生物たちがいる小屋、というには少々大きすぎる木造の建物、通称【竜舎】に俺は居た。
っていうか、ドラゴンだった。
自分の色が真っ白だから頭が真っ白になった訳じゃなく、生まれたのが爬虫類的な何か、つまりドラゴンだったことに真っ白になったのが数年前。
今となっては見事なドラゴンライフ(笑)を満喫しているのだ。そう思っていたい。そう思わないとやっていけない。
『よぉ! 色無し!』
そんな千回以上はしている素晴らしい現実逃避は一人、いいや一匹のドラゴンの声によって遮られる。色は赤銅。名前は無い。名前が無いのは、この世界のドラゴン共通の事で、名前が付けられているのは精々人に知られているドラゴンか相棒を持つドラゴンの二つだけ。色無し、と呼ばれた事から分かる通り、ドラゴン内ではこうして色による呼びかけになる。
ついでに言えば、色とはドラゴンの強さでもある。色無し、と言うのはドラゴン的には最大の屈辱でもあるのだけれど、実際弱いのだから仕方ない。
色の濃さ、おそらく明暗で判断されているであろう外見的な強さと元人間である事を含めて、俺はこの竜舎にいるどのドラゴン寄りも劣っているという自覚も自信もある。
俺は溜め息を吐いて喉を震わせる。
『なんだ、赤銅』
『ハンッ! お前の下になる竜騎士を見てやろうと思ってな』
可笑しそうにケタケタと不愉快な笑いを出しながら【赤銅】はそう言った。
こうして竜舎に集められているのには理由がある。それは竜騎士に選ばれる為だったりする。俗に竜騎士契約とか言われる契約。一人一竜での契約で内容は様々。人間側と竜側で納得さえすればそれでよかったりする穴だらけの契約だ。なんとも言えない契約だが、両者の血を使った真っ当な契約らしく、契約を反故にすることは出来ないらしい。そしてその契約はこの竜舎で行われ、選ばれたドラゴンから相棒である竜騎士と共にこの竜舎から立ち去るのだ。
さて、ここで一つ問題がある。人間も色による判断は知っているらしく、所謂【色無し】である俺を誰が選ぶのだろうか。答えは選ばない。よっぽどの奇抜な人間ぐらいしか選ばないだろう。もしくは、人間でも余り物だ。
つまり、ちゃんとした【色】を持ち合わせているこの【赤銅】は確実に俺よりも先に選ばれるのだ。
『お前は俺より先に選ばれるだろうが……』
『あん? そうか? カッカッカッ』
こうして【赤銅】に言ったところでコイツは聞きもしない。なんせ、馬鹿だから。そう、馬鹿なのだ。ドラゴンでありながらも鳥頭というとても素晴らしい竜種なのだ。外見はしっかりとドラゴンなのに。
まだ見ぬコイツを相棒にする竜騎士に同情しつつ、俺は溜め息を吐きだした。
「さぁ! お前たち!! こいつらが相棒になるかもしれないドラゴンたちだ!!」
一人の男の声が響き竜舎の扉が開く。おそらく声を出しただろう男の後ろには複数の人間が居て俺たちを見上げている。
屈強な男もいれば、痩せている男もいる。さらに言えば女も居た。
『おいおい、随分と若い人間共じゃねぇか』
『あたしと話の合う人間はいるかしら?』
『私は……その、えっと』
人間達の登場でドラゴンたちは騒ぎ出す。こうして言葉を理解することは出来るけれど、人間たちにはグルル、だのキュルル、とかにしか聞こえていないらしく、こちらの意図はわからないだろう。
『……黙れ』
そんな騒がしい鳴き声の中、低い声が耳に入った。同時に全ドラゴンが黙る。ドラゴンの色は【漆黒】。つまり最も濃い色を保有しているドラゴンであり、本能的に逆らってはいけないと思っているのだ。勿論、俺だって例外では無い。怖い。怖いけれど、ただ怖いという訳ではなくて理由付きで怖いと判断している。
よくよく考えてほしい。ドラゴン、つまり西洋竜にあたる生物が自身の目の前にいるのだ。見慣れたからと言って怖く無くなる訳がない。幸い、色が白である俺が怯えていたところで他人、いや他ドラゴンから見ればそれは普通の事なのだから大した疑問もなかったようだ。
低い唸り声とソレと同時に黙ったドラゴン達。人間達も何かを察したと思う。発したのは最強と言われる【漆黒】。
静かな空間に地面を踏む音が聞こえた。ジャリジャリと土と小石を蹴り、ガチャガチャと簡素ながら輝いている鎧も鳴る。その鎧を着ているのは男だ。筋肉の付いた太い腕。短く整えられた黒髪。鋭く尖った金色の瞳。元住んでいた世界で言うならスポーツマン系のイケメンだ。きっとヤツは体育会系だな、と当たりをつけてその動きを注視する。
男は【漆黒】の前で止まり、見上げる。【漆黒】は男を見下して鼻をフンッと鳴らした。その行為に男は何を思ったのか口角を上げてニヤリと歯を見せた。
「気に入った」
男の声が静まり返った竜舎へと響いた。それほど大きい声ではなかったというのに、男の声はおそらくこの竜舎にいたどのドラゴンにも、どの人間にも聞こえただろう。
「俺はフェル・グライス・ペルファット。今回の竜騎士試験で一番の男であり、お前の駆り手となるべき男だ」
そう自信ありげに喋る男、フェル・グライス・ペルファット。【漆黒】はそんな男を相変わらす見下してフンッと鼻息を出した。
「――俺に乗られろよ」
『……ハッ』
そんな自分勝手な主張に【漆黒】は笑う。愉快なのだろう。クツクツと喉を震わして顔を男へと近づける。俺だったら絶対に粗相しそうな程恐ろしい状態である。けれども体育会系男は震えずに相変わらず不敵な笑いを顔に浮かべている。
『……いいぜ、乗せてやる』
そう【漆黒】が唸る。何かが気に入ったのか、それとも他の人間達が気に食わなかったのか。理由はともあれ、こうして一組目の契約が交わされる。
当然の事だったけれど、こうして俺一匹が竜舎へと残っているのは中々に悲しい事だ。ドラゴンでありながら溜め息を吐いてしまう。炎は吐かないようにする。
そんな俺の前に一人の女が立っている。最後の騎士である。そして俺は最後のドラゴンである。勿論、折り合いがつかなければ断る事の出来る契約だ。いっその事、次に回すべきか、いや次でも売れ残りそうなんだよな。
「お前が残っていてよかったと心底安心しているよ」
何言ってんだ、コイツ。バカか、バカだな。バカじゃなけりゃ阿呆かドラゴンの事をファッションにでも思ってるのかのどちらかだ。絶対そうに違いない。
心のどこかで次に期待する事を決意して、俺は溜め息を吐き出して女を視界から外した。
「先に言っておこう。私は平民上がりだ」
フンスと鼻息が聞こえた。チラリと見れば革製の胸鎧を張って、飾り気の一つもない剣を腰に差している。
「頭も悪い。この竜騎士試験だってギリギリで合格した」
それは俺を選んでいる事でもうわかったよ。売れ残りだとしても、真っ白である俺を選ぶ価値なんてないのだ。普通ならそこにいる偉いさんに頼むでもして別のドラゴンがいないか聞くか仕方なくという空気を漂わして俺の前に来る筈だ。
そんな中、この女は自信ありげに、何も無い事を主張して曇りもしない大きめな瞳で俺を見ている。白いドラゴンを写し込んでいる。
「家名も無く、私は単なるハイネという人間でしかない。それ以下では絶対にないが、ソレ以上になる事は出来る」
女、ハイネは何か決心をするように瞼を一度落として息を吐き出す。そして瞼を上げて俺へと改めて向いた。
「――私と一緒に飛んでくれないか?」
あの男とは違うけれど、それでも我侭な願いだ。
俺は溜め息を吐き出した。この女はバカである事を再確認した。契約相手に自分の不利になる事を明かしてどうしたい。メリットだけを言えばいい。事実そうした人間もいたのだから。けれど、彼女はデメリットだけを言った。というかメリットが無い事を言ってなお自分の意思を言いやがった。
竜騎士契約は殆んど別の所で行うのだけれど、ここには既に俺とハイネしかいない。
俺はハイネに向けて手を伸ばす。鋭い爪の付いた指をしっかりと上に伸ばしてハイネに触れないようにする。そうすればハイネは何かを察したように神妙な面持ちで剣を抜いた。飾りなんて一切無い、まるで量産品のような両刃の剣。ハイネはその剣をしっかりと片手で握り上に向ける。もう片方の手で剣を撫でて赤い血が刃を伝って鍔に溜まる。俺は握られた剣の先に指を押し当てる。ハイネの顔を見ながら力加減をして、指を少し動かして血を流す。俺の血が剣を汚し、ハイネの血と混ざって鍔から柄へと流れ落ち、そして滴となって地面へと落ちた。
たったこれだけの事だと言うのに、契約は完了する。俺は剣から指を放しハイネを見る。ハイネは神妙な顔で剣を下ろして血を流していく。その血を数秒見た後に剣を鋭く振るい血を飛ばして腰の鞘へと収めた。
そして、ふぅ、と息を吐いて、ハイネは真剣な表情を喜びへと変えてガッツポーズをした。
「よしッ!」
『そこまで嬉しい事かねぇ』
ボソリと呟いた言葉。当然の事ながらハイネにはまだ俺の言葉なんてわからないだろうから、俺がグルルと唸っただけの様に聞こえただろう。
そんな唸り声が聞こえたのかハイネは俺の方を向いて指をビッと指した。
「お前に名前をあげよう! いつまでも皆から色無しとかは言わせないからな!」
『おぉ』
ついに【色無し】から卒業である。何年も言われてきた呼び名はここに捨てて、俺は新しい名前になる。契約前に名前を付けられる事も見ていたので、こう、西洋風なカッコイイ名前が付けられるのも見た。というか、殆んどがそういう名前だ。コレは期待するしかないだろう。
「お前の名前は、
【シロ】だ!!」
ガラガラと俺の中の何かが崩れた。その先に白い綿飴のような犬が「アンッ」と可愛らしい声で鳴いた。俺は泣きそうになった。
『ふっざけんなぁあああああああああ』
「おお! そんなに嬉しいか! ふっふっふっ、これでも名付けの自信はあったのだよ!」
当然、俺の鳴き声の意味はハイネに通じる訳もなく、無駄に胸を反らせて鼻を鳴らす満足ハイネがそこにいるだけなのだ。
登場人物説明
>>シロ
元人間の真っ白いドラゴン。瞳は赤。
姿形は西洋竜であり、翼竜ではない。
>>ハイネ
女騎士。正義感に溢れるこの物語のもう一人の主人公。
竜騎士の中では一番の劣等生である。