夫婦喧嘩は犬も食わない(4)
「だって、家族のことを考えているから、一緒に居る時間をまず大事にしたいんでしょ?旦那さんも、きっとそうだと思うよ?蓮が仕事をしているから、家事よりも子供との時間をまず優先してほしいから、家事をさせないんじゃない?」
「…そうなのかな?」
「そうよ、きっと。だから、今度から旦那さんに言えば良いのよ。二人の方が早く片付くから、一緒にやらせてって。子供と過ごすなら、四人の方がもっと楽しいって…そうすれば、きっと家事だってさせてくれるし、家族の時間を楽しめると思うよ?」
こんな空気読まねえ、夜遅くに来た俺に嫌な顔もせず、愚痴聞いても文句も言わずに聞いて、俺一人なら絶対考えつかない様なアイディアを、あげははくれる。
だから、甘えて度々、夫婦喧嘩すると来ちまうんだけどな…。
「…あげはってさ、何かいいよな」
「?」
「あげはが独りってのは、もったいねぇなって話」
良く分からないと、小首を傾げたあげはに、俺は笑みで返した。
「そういえば、今日はこのまま泊まっていく?」
「…今日は子供連れて来なかったしな…もう少ししたら帰る」
流石に、娘の言葉に端を発した喧嘩の愚痴を、此処に一緒に連れて来てする訳にもいかなかったから、連れてはこなかったけど、心配ではある。
アキラが子供を放置して、俺を探しに来るとは思わねえ。娘たちは明日、学校があるから寝かしつけるだろうから、その辺は心配じゃねえけど。
子供が傍にいないと不安なんだよな。俺が。
アキラはいつもの流れで、子供寝かしつけながら寝るだろうから、見計らって帰ろう。
起きているアキラに、さっきの今で会うのはバツが悪いし。
あげはは何を思ったのか、おもむろに、机の上に置いてあった携帯電話を手にとって、そのまま耳にあてた。
「そう言う訳なので、お迎えお願いしますね」
「あげは!?」
あげははにこりと笑ったまま、俺にその携帯電話を差し出す。
俺が恐る恐る耳にあてると、聞き慣れた声が聞こえる。
『俺の大事な家出妻、今から迎えに行くから逃げずに、吉良さんの家で待ってろよ』
含み笑いをしながらそう言った男に、俺は恥ずかしくて顔から火を噴きそうだった。
「あ、あんた、き、きききき聞いてたのか!?」
『ああ。蓮の気持ちは分かったから、ゆっくり話し合おう?』
そう言って電話を切った相手に、俺は慌ててあげはに携帯電話を返す。
「お、俺をはめたな!?」
「ごめんね。旦那さんに、今回は蓮を怒らせた理由が分からなくて困ってるから、助けてほしいって言われて」
申し訳なさそうに謝ったあげはに、俺はうなだれる。
「だ、だからって…いや、こうしちゃいられない!俺逃げるからっ!じゃあなっ!今度、ケーキ作って持ってくっから!」
この際、あげはへの文句は後だ。とりあえず逃げねえと!
鞄持って玄関に来た俺は、大慌て手で靴をはきながら玄関を開けて飛び出した。
「うぷっ!」
瞬間、何かにぶつかったと思ったら、それに押しつぶされそうになった。
何事かと思えば、あげはの声がする。
「あら、早かったんですね?」
「妻がお世話になりました。いつもすみませんね、吉良さん」
「いいえ。蓮のこと、よろしくお願いしますね」
俺を無視して、二人で話を進めるなーっ!
文句を言いたいけれど、アキラの抱擁がきつ過ぎで、声が出ない。
「何回、家出したら気が済むのかしらね、この子ってば」
あげはの家の玄関が閉じられた音がして、腕が緩んで顔を上げれば、アキラがじとっと、俺を見下ろしていた。
感情的になると、アキラはカマ口調になる。…あれ…なんか…珍しく怒ってる?
「ああいう可愛いことは、ちゃんとアタシの目の前で行って御覧なさい。家に帰ったら、一言一句余さず、全部、アタシの前で言いなさい。良いわね?」
「うぇっ、嘘だろ…」
そして俺の人生至上、最短の…家出になるのかさえ分からねえプチ家出は、速攻で終了した。
あれよと言う間に、車に乗せられ家に連れ戻された…。
言えるかよ!当人の前で、そんなクソ恥ずかしいことっ!