夫婦喧嘩は犬も食わない(3)
「それで、私の所に逃げてきちゃったのね?」
そう言って、困ったように笑ってお茶を出してくれたのは、俺の数少ない女友達のあげはだ。高校からの友達で、いろいろ事情があって、苗字が真鍋から吉良に変わってる。
「ごめんなー、こんな夜遅くに」
「ううん。大丈夫よ。蓮も疲れてるでしょ?ゆっくりしていってね」
仕事から帰って来て、疲れてるはずなのにそう言って、微笑んで夕食まで出してくれた。
アキラと喧嘩して夕食を喰い損ねて、余計空腹でイライラしてたけど、食事して一通り愚痴を吐きだしたら、少しすっとした。
あげはは、ずっと黙って時々頷きながら話を聞いてくれた。
ホント、昔から変わらねえなぁ、こう言う所。
俺とそう身長変わらねえし、俺とよくつるんでるのに、女の子らしいし、一緒に居て癒される。俺が男なら嫁にしたい。
で、やっぱ昔っからモテる。本人、天然ボケで、全く気付いてねえけど。
そんなあげはが未婚で、俺が既婚の子持ちって…どうよ?いつも疑問だ。
世の男の眼、節穴なんじゃね?
「怒らずに、旦那さんにちゃんと、理由を言ってあげたらいいのに」
「それが出来たら、苦労しないんだけどさぁ…」
感情任せに動くのが悪い癖だってわかってるんだけどさ…アキラの前だと、つい、我慢が効かないって言うか。
「なんか、いっつもアキラは自分で勝手に計画立てて、俺の気持ちとか聞く前に行動起こすからさ…結局、言ったって、俺の意思が通った例なんてねえし…」
結婚するときだって、計画的に子供作るし、俺に隠れて結婚式準備するわで、俺の意志とか全く無視だったし。
けど、俺のやりたかったパティシエになれって、学校行かせてくれたし、仕事することも嫌な顔しないでやらせてくれる。むしろ、応援してくれる。
それにはすっごく感謝してる。
してるんだけどさ…。
「ちゃんとさ、俺の意見も聞いてから考えて欲しんだよ。俺がパティシエになるときだってさ、子供の面倒もずっと見てくれてさ」
「優しいよね、旦那さん」
「優しいのは分かってるよ。俺が勉強できるように色々工夫もしてくれたし、何でもないような顔して笑って子育てするし…だけど、すっげえ疲れた顔して寝てるのを見る度、申し訳ない気持ちになってさ…」
「でも、蓮だって、家事はこなしているんでしょう?」
「極たまに…だよ。しようとすると、俺がやるって、逆に先回りしてあいつがやっちゃうんだよ。そのせいで、あいつのペース乱すから余計疲れさせるみたいで…どこで手を出していいのか分かんねぇ。言っても、子供と遊んでやれって、放り出されるし」
主夫業しながら、時々、料理本出してみたり、テレビに出てみたり…あいつ、ホントに、何時休んでんだろって思う。
もう四十近いんだから、無理利かなくなるだろうし、無理すんなって言うと、体力は有り余ってるとか言って、俺を抱き潰そうとかするし!
何だよ、あの絶倫ぶり!
…じゃねえ。今はそれ関係なかった。
俺はとにかく、あいつにゆっくりして欲しんだよ。
「たまには羽根伸ばしでもすりゃいいのに…そのうち息詰まるんじゃねえかって思って、色々、こっちも気は遣うけど、変に遠慮されるしさ」
「んー。蓮の旦那さん、嫌だったり、休みたかったらちゃんと言うんじゃない?嫌な事を、我慢するって言うタイプでもなさそうだし…」
「たぶん、あいつがキレるより先に、俺がキレてるから、宥める方に回ってるだけかも」
年が一回りも離れているから、端々で子供扱いされるっつうか。
「ねえ蓮。蓮は、子供はもう欲しくないの?」
「別に子供が欲しくないって訳でもないんだけどさ…これまで自分の事ばっか、一生懸命だったから」
仕事もようやく一人前って認められて、少し、自分にも精神的な余裕が出てきたから、そんなだった自分を振り返って、家族の為に時間を使いたいなって思った。
「最近やっと、優奈や紗奈に時間が割けるようになったところだから、もうちょっと遊んでやりたいし、アキラともゆっくりしたいかなぁって…新しく子供作るより、そっちを優先したいんだよ」
そう言った俺に、あげはが嬉しそうに笑う。
「なんだよ」
「蓮は、しっかりお母さんと奥さんしてるんだなぁって。素敵だと思って」
「はっ!?な、何言ってんの!?」
あげはは時々、俺が恥ずかしくなる様な台詞を、ポンと言う。