夫婦喧嘩は犬も食わない(2)
「ママが痛いのは駄目っ!」
「血がいっぱいもダメ―っ!」
娘たちは、行動は荒っぽいが、小さな怪我でもギャン泣きするぐらい、痛みにも血にも弱い。既に話だけで涙ぐんでいる。
「「我慢するー」」
「…そうか。じゃあ、別の欲しい物を考えて来い」
「「はーい」」
娘の頭を撫でた後で、目尻に溜まった涙を拭いてやり、部屋に戻るよう促した。
娘たちは手を握って素直に部屋に向かって言った。
「で、なにが何とかするって、旦那さまよ?」
笑顔で娘を見送った後、俺はアキラを睨みつけた。
「居ても良いだろ、三人目」
「…だから最近、あんた、やたらとゴムつけたがらねえのか」
うわっ、すっげえ良い笑顔で肯定しやがった…。
「俺は嫌だからな」
「蓮、まだ出産の時のこと怒ってるのか?」
双子だから、帝王切開を勧められたんだけど、俺の腹に傷がつくのは駄目だとかアキラがゴネて、自然分娩でする事になったんだ。最初は。
初産だから長時間の陣痛は仕方ないとか、軽く言われたんだけどな…波みたいに襲ってくる痛みをずっと我慢すんのは、すっげぇ苦しかった。
で、結局、子宮の収縮が上手くいかないとかで、薬も使ったけど、それでも駄目で、結局、緊急で帝王切開になった。
まあ、それは仕方ないし、苦しかった分、娘がちゃんと無事に産まれてくれたって、麻酔が切れかけた意識の中で、すっげえ感動したのは覚えてる。
だから、別に、それはどうでも良い。
俺は、産むより陣痛の方がしんどかったけど、問題はそこじゃない。
ほぼ一日、痛みと格闘して悶えている横で、俺の姿におろおろする役に立たないが旦那と兄貴が傍に居てみろ。挙句に、俺の陣痛のことで二人して喧嘩はじめて騒いでみろ。
体格が良過ぎる二人だけに、隣の部屋とかにいる入院している妊婦さんに迷惑かけるわ、悪目立ちするわ、煩いわで、目障りでしょうがなかった。
腹立って、『喧嘩すんなら表でやれっ!子供が生まれるまでツラ見せんじゃねぇっ!』って、野郎どもを病室から叩き出した。
その後で、廊下に出たアキラと兄貴は、二人して婦長さんにこってりお説教食らっていたらしいが。
それを思い出したのか、アキラも流石に複雑な顔をした。
「それは反省しているし、もうしないと約束しただろ」
あんな苦しい思いをしている時に、二度も三度も同じことをしてもらっては困る。
相乗効果で苛々して人に八つ当たりするのも、二度とごめんだ。
アキラも兄貴と絡む時だけは、小学生の餓鬼みたいにムキになるから、二人を隔離するしかねえよな。
…じゃ、なくてだな。別にそれが嫌でごねてる訳じゃない。
「そういう問題じゃない」
「蓮が産休になったとしても、俺の収入もあるからどうにかなるだろ?優奈も紗奈も大きくなったから、昔ほど手もかからないし」
「だから…」
「仕事か?それなら…」
「だから、何でそうやって勝手に計画立てるんだよ!そもそも、俺は産まねえって言ってんだろ!」
あぁもう、なんでアキラは、いつも人の意見聞かずに勝手に決めるんだよ。
「蓮、何を怒ってるんだ」
「怒るに決まってんだろっ」
意味が解らないとばかりに、何時もの癇癪だくらいにしか思っていないアキラに、さらにイラッとする。
「駄目なもんは駄目だっ!あんたが諦めるまで、ベッドは別々だからなっ!」
「ちょ、何言ってんのよ、あんたはっ!そんなのアタシ認めないわよっ!」
慌ててカマ口調になったアキラは、俺の両肩を掴んで鬼気迫った顔で俺を見る。
「何でもかんでも、あんたの思い通りにしようとするなっ!子供作るって言うなら、離婚だからなっ!」
「ちょ、何で!?」
「俺は要らねえって言ってんだよ!」
「…わ、分かった!分かったから、そんなに怒んないでよっ」
「じゃあなんで俺が、怒ってるのか分かってるのか?」
「それは…産みたくないから?」
見当違いの答えを導き出したアキラの足を、思いっきり踏みつけてやった。
「ってぇ…蓮、どこ行くんだ」
「どこだって良いだろうがっ!ほっとけっ!」
アキラの手を振り払って、俺は鞄一つで家を飛び出した。