たくましいオネエの脱皮!(前篇)
※
翌朝。
結局、夜中に帰ってきた兄貴と、兄貴が連れてきた客人のせいで、半分以上詰め込んだ内容がぶっ飛んだ俺は、徹夜で今日の試験科目、英語と日本史を頭の中に詰め込んだ。
もうこれ以上、海馬に蓄積出来ねぇってくらい、詰めて爆ぜそうだ。
そろそろ兄貴の弁当と、三人分の朝ごはん準備しねぇとなぁ…って、六時くらいに制服に着替えた。
うわぁー、スカートにあわねぇ…
鏡見ながら思う毎日が、早二年以上過ぎた。
あと半年で、この羞恥プレイの様なセーラーの制服ともおさらばだ。うん。我慢だ。我慢。
さっさと兄貴叩き起こして、風呂に叩きこんで、食事の準備をして、ミドリさん起こすか…タイムスケジュールを組みながら、部屋を出て、リビング見たら既に布団がたたまれて、ミドリさんの姿がない。
あれっと思ってキッチンを見ると、見慣れない長身男の後ろ姿がある。
兄貴のYシャツとスラックスを着ている黒髪の男は、キッチンでリズミカルに包丁の音を刻んでいる。
「…誰だ、あんた」
思わず呟いたら、相手が振り返る。
振り返った相手を見た瞬間、俺、自分の顔があり得ない程、歪んだのが分かった。
うげっ、なんだこの美中年…朝から俺の眼を潰す気か!?
兄貴と同い年くらいのその男は、人生で出会った男の中で一番のイケメンだった。何処のテレビから抜け出してきたんだよ…。
兄貴は見てくれだけは、精悍でワイルド系イケメンなんだけどさ。目の前の男は、宗教画に出て来る天使みたいな精緻な美貌って言うのか…
どっかで見た感じなんだけどな…いつ見たんだろ。
朝一だと言うのに既に髭も剃って、身なりも整った小ざっぱりした爽やかな姿で相手は笑う。それだけで、絵になる。
寝ぐせだらけの頭と、無精ひげの顔で、パンツ一丁で歩き回る我が家のだらしないゴリ…もとい、兄貴とは大違いだ。
粗暴・粗雑が標準装備の我が家に、何でこんな小奇麗なおっさんが紛れ込んでるんだ!?
「おはよう、レン…あぁ、俺、普通の格好だからわからないよな」
あ、この無駄に低音で良い声は!
「…ミドリ…さん?」
格好どころか、口調も普通の男の人になってるから、ほぼ別人だ。
恐る恐る近付けば、男姿のミドリさんはてきぱきと三人分のみそ汁作りながら、野菜切って、フライパンで目玉焼き作っていた。
何て主婦力だ!俺より段取り良いし、手慣れている。
「勝手に冷蔵庫のモノ使って朝飯作ってるけど、良かったかな」
「あ、うん。…器用だなー」
「一人暮らしが長いから。泊まった礼に、朝飯ぐらい作っても罰は当たらないだろ」
兄貴なんて、目玉焼き焼こうとして、卵握りつぶして粉々の殻入れるわ、卵潰れて目玉になってないわ、最終的には、消し炭のような無残な姿かえてフライパンまで再起不能にする破壊者。
このミドリさんの女性的な気配りと手際良さ、同じ男でも違い過ぎだろ…まあ、ミドリさんは身体男で心は女なんだから、比べるのもおかしいんだけど。この容姿の『男』にされると、女は速攻で落ちるんだろうな。
俺?飯作らなくてラッキーって思ってる程度。兄貴を間近で見て育った俺に、男へのトキメキなんてもんはない。
「…ありがとう」
「勉強、朝までやってただろう?大丈夫か?」
「まあ、詰めるだけ詰めた感じです」
「その制服、東陽高校だろ?勉強大変じゃないか?」
「まあ、それなりに…っていうか、制服マニア!?」
驚いた顔したミドリさんは、苦笑いした。
「オカマで制服マニアって…レンの中で俺、どんな人間?…東陽は俺の母校だから制服に見覚えあるだけ」
「え?マジで?兄貴と同級生じゃないの?」
「リンと一緒だったのは、中学。高校大学は別。社会人になって、仕事関係でまた再会してたまに会うんだ」
びっくりした。一応、県下でも有名な公立の進学校だから、朝言った事も忘れる様な兄貴じゃ、まず入学すら無理なんだよ。
兄貴の友達って言うから、てっきり高校の時の友達かと思ってたけど、中学の頃か。
俺、生まれてるか産まれてないかじゃね?
「…すんません。兄貴が迷惑かけて」
「そうでもないよ?レンに出逢えただけで、お釣りがくる」
器用に料理したまま俺と会話していたミドリさんが、何かタラシな台詞吐いたーっ!
駄目だ、俺、そう言うのすっげぇ苦手!
甘い台詞とか、気障な台詞とか、そう言う手合いの行動とか、鳥肌出るか大爆笑のツボにはまる!
「蓮はこのまま大学進学するのか?」
「んー、たぶん。ホントは菓子作るの好きだから、製菓の学校行ってパティシエになりたいんだけどさ」
「製菓用の調理器具が多いのは、蓮が菓子を作っているから?」
「…んだよ。似合わねえって思ってんのか?」
なんか意外だ―みたいな顔して、ミドリさんが俺をじっと見ていたけど、不意に俺の製菓の料理本や調味料が置いてある棚を指差した。
「器具も調味料も料理本も製菓関係の物が多いから、本格的にやってるんだと思って」
「まあね。中学からの友達に料理好きがいて、一緒に高校に上がって料理クラブ起こすくらいには」
「それなら尚の事、そっちの道の方が良いんじゃないのか?」
「…親としては、俺に公務員とか堅い仕事に就いてもらいたいみたいで」
「それは御両親が言ったのか?」
「なれとは言わないけど、たまにぼそっと呟くんだよ。兄貴はあんな性格だから、何時会社で首飛んでもおかしくないし、俺で保険かけたいんじゃねえの?」
「そうか…」
それからミドリさんは難しい顔で、しばらく無言だった。
なんだろ、自分の意思がねぇって呆れてるのか?
「はい。朝ごはん。パン派ならパン焼くけど?」
無言で作業していたミドリさんが差し出した白い皿には、目玉焼きとベーコンと、サラダが添えられている。盛り付けもどっかのカフェモーニングみたいだ。
「俺、朝は米派」
「ご飯はもうすぐ炊きあがるかな。みそ汁よそうから、テーブルに座って」
「兄貴はパン派だけど、ミドリさんは?」
「俺も米」
促されるまま、テーブルに皿を置いて、二人分の茶碗と、三人分の端を用意して並べる。
「…あ、兄貴起こすの忘れてた」
「今日は有給とって休みって言ってたから、寝かせておいてやればいいよ」
クソ兄貴…ミドリさん居なかったら、弁当作る手間が無駄になってたじゃねえか。
椅子に腰を下ろし、みそ汁を盛り付けているミドリさんの後ろ姿を見ながら、俺は自分の疑問をぶつけてみる事にした。
「…そう言えばミドリさん、何で今日は男口調?」
「ん?だって、この恰好で女口調だと不自然で気持ち悪いでしょう?」
昨日の口調でちょっと裏返った声で喋られると、気持ち悪いというか残念だ。イケメンな容姿なだけに残念度が凄まじい。
「いや、別に気持ち悪くないけど」
「ありがとう。嘘でもそう言ってくれると、気が楽になるよ」
「俺もこんなだし…別に喋りやすい方で良いと思う。人は人、俺は俺だし、ミドリさんはミドリさんだろ?」
盆の上にみそ汁茶碗を乗せて、俺の前に一つ机に椀を置いたミドリさんが笑った。
穏やか…と言うか、凄い色っぽい笑い方してんのはなんで?!
ちょっと眼が潤んで熱っぽいし、ほんのり頬が赤いのは何でだ!?
この人、ニューハーフだよな?恋愛対象、男だよな?まさかのバイじゃないよな!?
「レンが、ますます俺の好みで困るよ」
「え…み、ミドリさん女もいける?」
「何て言うのかな、レンは俺の好きなネコに似てる」
「ね、猫?」
「そ。レンを押し倒して体中、撫でまわしてみたい」
「俺はペットじゃねーっ!っつうか、押し倒すって、撫でまわすって何だよっ!」
「そのままの意味。だから困ってる」
こっちは毛を逆立てて威嚇する猫みたいになってるのに、ミドリさんは苦微笑してのんびりと低い声で呟く。
全然、困っている様子もなくて、なんかもう変な色気交じりの発言に、俺の方は鳥肌が止まんない。
今、頭の中の英単語がずるずる抜けてる。
ヤバい。俺、いろんな意味でヤバい気がする。
この試験落としたら、大学の推薦入試枠を落とすっ!それだけはまず死守だ!
「み、ミドリさん。やっぱ、女口調で喋って。俺、そっちの方が好きかも」
「あらそぉ?じゃあ、戻しちゃうわね」
あっさり言葉を変えたミドリさんは、炊飯器のご飯が炊きあがる音を聞くと、ご飯をよそって差し出してくれる。
で、二人で何だかんだ他愛もない事を喋りながら朝ごはんを食べたが、めっちゃ、料理が美味かった。俺が作るより断然美味しくて、女子力の違いを思い知ったね。
巧いみそ汁の作り方を聞いたのは、大きな収穫。今度、実践しよう。
それに、初めて一緒に食事したのに、長い間一緒に暮らしてるみたいなそんな感じで、ミドリさんと二人っきりがしっくりきたんだよ。変だよな。
相変わらずアフォな感じですが、お読みいただきありがとうございます。
お気に入り登録・評価ありがとうございます。