逞しいオネエさんは好きですか?(後編)
頭痛くてがっくりうなだれれば、ガタイの良い姉さんが、兄貴を押し退けて俺の前に来ると、俺の手をきつく握り締める。
「初めまして。アタシ、ミドリ。あなた、アタシのチョー好みなのっ!一目惚れよぉぉっ。だから、お姉さんに食べられてみない?」
遅い自己紹介だな…ってか、やっぱ捕食対象にされてるっ!俺、マジでピンチ!
「いや、結構です!俺、こんな成りして口悪いけど、正真正銘、女なんで!」
そう。俺、保田蓮は正真正銘、身体も戸籍上も女なんだよ。髪も短いし、胸も尻もささやかな程度で、口汚いけどさ。
おまけに、普段着からして男ものを良く着るから間違えられる。
最も、口が悪いのは親父と兄貴のせいだ。
兄貴と親父、完全コピーかってくらい行動が一緒で、病弱な母さんの代わりにいっつも怒鳴って殴り飛ばしていたら、すっかり口汚くなっちまってさ。
おまけに、親父と兄貴は酒癖悪い所も体格もそっくりで、俺の口と拳は日々鍛えられて、女らしさの欠片もねえんだわ。
あ、ちなみに今、親父とお袋はラブラブ長期湯治旅行中で不在。
「あら、そうなの?」
「そうだぞー。乳ない、くびれない、尻ないの三重苦だけど、蓮は俺の可愛い妹だぞー」
「己は一言も二事も余計じゃ!ケツ至上主義男がっ!しかも、俺の身体をいつ覗いた、ド変態っ!」
兄貴の脚を何度も踏みつけてやったけど、兄貴は、へらへらしている。俺がむかっとした瞬間、スットッキングを履いた立派な脚が兄貴を一蹴りして、兄貴が盛大に床に転がる。
「そうよ。乙女にその台詞、許せないわね。床に這いつくばって反省しなさい」
「ってぇ…」
すげぇ。さっきまで狙われてた気がしたけど、意外にもこの人、俺の味方か!?
「アタシ、あなたのお兄さんの学生の頃の同級生なの。今日は、同窓会の二次会でうちのお店に来てくれたんだけど、御覧の通り泥酔でしょ?側溝にはまったり、カーネルさん連れて帰ったりしないか、心配で送って来たのよ」
「それはご丁寧にどうも…愚兄が迷惑かけました」
そうなんだよ。兄貴、酔っぱらうと道端のモンを拾って帰って来る癖があるんだよ。
ある時は、薬局前の蛙のオブジェを、「新しいペット拾ったーっ!」とか意気揚々と帰ってきた。
悪いが、俺は蛙が大嫌いだし、兄貴と言う手間のかかる生き物の世話で手いっぱいだ。
またある時は、某菓子屋のかわいい看板娘を、「生き別れた妹を見付けたんだよ~」って、泣いて連れ帰ってきた。
ちなみに我が家に生き別れた身内など存在しない。俺に妹などいない。
女の子の人形を抱きかかえて帰って来た瞬間、犯罪臭がぷんぷんして、俺の中で兄貴の評価は底辺を這った。
トドメに、某揚げ鶏の店に立っている米国紳士を「中学の頃、留学で来てたケヴィンが偶然いたんだよーっ!」とかいって、俵の様に肩に担ぎあげて玄関破損して帰って来た日には、俺も流石に警察に通報しようかと思ったね。
ってか、ケヴィン老け過ぎだろっ!
毎回、返しに行くの大変なんだからな。ホントに。
「出来れば、側溝にはまった所をそのままセメントで固めて埋めてくれると、俺の心労なくなるんですけど」
「やだー。そんな事したら大雨の時に道路が氾濫しちゃって、ご近所にご迷惑よぉ」
「…それもそうか。ちっ…どこかに生モノを引き取ってくれる産廃業者ないかな」
「蓮~っ、俺を捨てないでくれぇ~~っ」
突然、兄貴が膝ついて俺の横っ腹に抱きついた。
その衝撃で、俺の身体は兄貴に抱えられたまま床に転がった。
「ぐえっ…やめんかっ、この馬鹿力っ!」
げしげしと脚で蹴飛ばしてやるが、馬鹿兄貴には痛くも痒くもないらしい。
「その酒癖と鳥頭で毎回、女に振られてんだから、いい加減に酒自重しろっ!」
「やだぁ~、俺の血は酒で出来てるんだぁー、酒とったら干からびるぅー」
「いっそ枯れろ!カラッカラに干からびて、俺に魂ごと砕かれろ!」
「うわぁーん!蓮が苛める~げふっ!」
酒飲んでなくても抑制効かない兄貴の腕で、俺はギリギリと体を締め上げられ、軽く意識が飛びかけた。
「管巻いて、てめぇの妹を絞め殺す気か」
が、突然、男の低い美声が聞こえたと思ったら、兄貴が白目剥いて俺の上に倒れ込んだ。
「あ、兄貴?」
兄貴の後ろから、男の姉さんが額に青筋立ててにっこり笑って立ってた。
あ、手の構えからして、兄貴に手刀食らわせて落としたな…。
「このおバカ寝かせたいんだけど、お部屋どこかしら?」
「あ、その左の部屋…」
にっこりと笑ったその顔は、何と言うか、整ってるせいか結構美人だなぁとか、アホなこと考えて、あっさり兄貴の部屋を暴露した。
ミドリと名乗った男の姉さんは、軽々と兄貴の巨体を引っ張り上げると、ずるずると運んでいく。
男だなぁ、やっぱ。逞し過ぎる腕力だ。
とりあえず、兄貴はミドリさんに委ねて、俺はお茶を用意することにした。
客が来たらもてなさなくては。一応、兄貴が被害を出さずに帰って来たのだから。兄貴を送ってくれた恩人にお礼はしないとな。
とりあえず…まあ、冷蔵庫のペットボトルのお茶しかないけど、いいか。
冷蔵庫から五〇〇mlのペットボトルを出してから、ふと気付く。
…あの人…泊まるよな?
もう終電も出ちまってるし…。
体格男だけど、オカマだから別に女泊める感覚で大丈夫だよな?
「レンちゃん、お兄さん寝かせてきたわよ」
初対面の相手に『ちゃん』付けで呼ばれて、背筋にぞぞ気が走る。
俺、ホント、ちゃん付けで呼ばれるの駄目なんだわ。
「あー。すいません…ありがとうございました」
「リンの事、怒らないであげてね。あれでも、レンちゃんのこと心配して、泥酔してる癖に絶対に家に帰るーって譲らなかったのよ」
まあ、これでも兄貴に、妹として愛されているのは、分かってはいるんだけどね。
彼女の名前を平気で間違えるわ、親の名前どころか顔すら間違えるけど、俺の名前と顔だけは絶対忘れねぇし、何だかんだ言って俺のこと心配しているのは分かる。その表現の仕方がうざいのが難だけど。
「いつもの事なんで、仕方ないって諦めてる」
「ふふっ。レンちゃんもお兄さんの事、好きなのね。羨ましいわ。アタシ一人っ子だから」
好きじゃねえし…兄妹じゃなかったら、兄貴みたいな面倒くさい人種とは絶対関わりたくねえもん、俺。
しかもまたちゃん呼びされて、俺ブルった。
「や、めろっ、そのちゃん呼び!嫌いなんだよ、それ!虫唾走る!呼び捨てにしてくれっ!」
「あらそうなの?御免なさいね…あの、それでね、ぶしつけで申し訳ないんだけど、今晩、泊めてくださる?」
ぶしつけだけど、こっちは予想通りの展開だよ。
「あぁ、リビングなら…布団は出すんでセルフで。風呂も適当にどうぞ。ただ、俺こんなんだからメイク道具ないんでそれでも良ければ」
「あー、それは、リンから服借りて男のまま帰るから平気よー」
あ、その手があるか。
そんな訳で生まれて初めて接触した新世界のオネエサンが、俺の家に泊まる事になった。
ってか、俺、明日試験だった!
甲斐甲斐しく客の布団準備とか、風呂の場所とか教えてバスタオル出してる場合じゃねえよ!