逞しいオネエさんは好きですか?(前篇)
作者が見た夢を元に作成した小説です。
勢いと、口の悪さと些か下ネタ乱舞のツッコミ漫才的がベースなお話です。
一部、BL…と云うか薔薇くさい個所がありますが、♂×♀のラブコメです。
サックリ、お暇つぶしにどうぞ。全五話です。
※
とある初秋の深夜、同居している兄貴が、ガタイの良い女を連れて帰って来た。
「レ~ンちゃ~んっ、今けーったぞぉ~。ほら、お前も上がれ~」
俺の事をちゃん付けで呼んだ時点で、泥酔確定。
げらげら笑い声を上げ、玄関の扉やら壁に激突しながら入って来る音がして、俺は自分の部屋で手に持っていたシャープペンをへし折った。
「あの野郎っ…」
明日からの中間試験に備えて勉強してるから、酒飲んでも大きな音たてて帰ってくんなって言って、朝、家から叩きだしたのをもう忘れたか、あの鳥頭兄貴!
ノートの上に散らばったシャープペンシルのプラスティックの残骸を投げ捨て、俺は立ち上がると、襖を勢いよく開け放ち、リビングに入って来た酔っ払い兄貴に飛び蹴りを食らわせた。
「ちゃん付けで呼ぶなっつってんだろ、クソ兄貴がっ!」
が、いかんせん、ゴリマッチョな相手には華奢な俺の全力攻撃なんて効きもしない。
むしろ攻撃した俺の方がよろめいて尻もちをつく。
「あれぇー?なんで、お前、そんなとこ座ってんだぁ?」
「黙れ酔っ払いっ!俺は明日から中間試験だから静かにしてろって、言ったじゃねえかっ」
睨む俺の両脇にでかい手を突っ込んで、子供みたいにひょいと抱え上げて立たせるこの無駄な筋肉への養分、少しは脳みそに回せっ。
身長一九〇センチ越えの馬鹿兄貴は、頸を捻って俺の言葉を考える。
「そうだっけかぁ?」
マジで、忘れてやがったーーーーっ!!
俺、兄貴の記憶力を侮ってた。
筋肉に全栄養持って行かれて、脳味噌カッスカスの馬鹿兄貴!顔と筋肉だけで世の中を渡ってきた三十歳、独身。
女に不自由しないけど、一月持たずに何時も振られる駄目男がぁ!
そんな記憶力だから、彼女の誕生日もアニバーサリーも、デートの約束も忘れて振られるんだよっ!
「相変わらず縦も横もちっせぇなぁ…しっかり食ってんのかぁ?」
「お前と同じもん食べとるわっ!しかも、身長一七四センチ捕まえて小さいとはなんだっ!世の中の小さい生き物、敵に回す気か!」
「嫌だーっ!俺は淋しがり屋なんだぞっ!レンちゃん居ないと、俺死んじゃうんだからなーっ!」
この俺が小さい確定か!喧嘩売ってんのか、馬鹿兄貴っ!
「彬之介ぇ!何その、可愛い男の子っ!紹介しなさいよーっ!」
「なっ…」
なんだ、今のこの裏返っても野太い、黄色い声…女言葉は幻聴か?
ものすげぇ、嫌な予感がして、兄貴の後ろ、玄関方面に視線を向けた瞬間、俺はこの世の終わりを見た。
兄貴ほど露骨なマッチョではないけれど、兄貴に近い身長で、一目で男だって分かる体格の良い体を、女性の服で身を包んだ、ばっちりメイクの新世界のお姉さんがいた!
しかも、顔だけはすっげぇ美人!もう麗人!がっちり体型なのが残念だ!
人形だけじゃ飽き足らず、ついに人間連れ帰ってきやがった!
しかもこの人、俺を見て顔の間で両手を組んで恍惚のオトメ顔してるんだけどっ!!
脚の先から頭のてっぺんまで這い上がる様に寒気が走って、全身に鳥肌が立った!
捕食される!絶対何か、変な目で見られてるっ!
「あー、ミドリ、わりぃ~。お前の全存在、今、忘れてた」
完全泥酔の馬鹿兄貴は、げらげら笑いながら、俺の身体を床に下ろした。
「あんた、ほんっとに残念な記憶力ね、昔からだけど」
「褒めるな、照れるだろ」
「褒めてねえだろが、阿保リンが」
低い男の声で唸ったオカ…いや、オネエサン、むっちゃ低くて響く良い声でビビった。
兄貴は相変わらずげらげら笑っている。
俺は、兄貴が『リン』と呼ばれて拳が飛ばない相手を初めて見た。
何時もなら、「女みたいな呼びかたすんじゃねぇ!」って、鉄拳制裁だもんな。
兄貴、酒に酔ってるとアホ丸出しだけど、素面の時と、リン呼びされた時は鬼畜生だからな。
もっとも、鳥頭だから、ボッコボコに殴った後でキレた理由忘れて、ケロッと「ごめーん」の一言で済ませる…我が兄ながら、ほんと危ない人種なんだよ。
…ってことは、あれか。名前呼び許すこの人…兄貴の彼女か…彼女ぉぉぉぉっ!?
「あ、兄貴…女に振られまくったから、ついに男の姉さんに手ぇ出したのかっ!」
「違うのよー、弟君!この莫迦ったら、ノーマルで紅顔の美少年だったアタシの後ろの乙女を強引に奪ったケダモノなのよ、ケダモノ!そのせいでアタシ、こっちの道に来ちゃったんだからーっ!」
「え…マジかよ、兄貴…」
真実なら、尚悪いだろ。どん引きだ、どん引き!こんなガタイの良い人、オカマに変え…じゃない、人の人生狂わせて!
「んだよー。昔の話持ち出すなよなぁー」
ってことは、なにか?兄貴がガチホモ!?否、女もいけるから…えっと、なんだっけ…そうだ、バイだ!バイセクシャル!
最初からそっち方面が好きな人だったのかっ!?
つうか、何だこの節操なし!マジで獣じゃねえかっ!
「馬鹿兄貴ぃ!合意ならまだしも、非合意だとっ!そんな穢れたモンぶらさげんなーっ!腐れ落ちろーっ!誠意、見せて責任とれ―っ」
「もっと言ってやってっ!アタシの人生、責任とりなさいよね!」
この際、操舵不能の兄貴を調教してくれる猛獣使いなら、誰だっていい!
男の様な女でも、女の格好した男でも!人外でも構わないっ!
悦んで熨し付けて押し付けてやる!
「やる!あんたにこの馬鹿兄貴やるから、持って帰って煮るなり焼くなり、掘るなりしてくれっ!」
「あ?」
「はっ?」
「もういっそ、兄貴と結婚してよろしくやってくれっ」
兄貴と、ミドリと呼ばれたガタイの良いお姉さんが同時に顔を見合わせた後、兄貴の豪快な笑い声と、上品だけど野太い男の笑い声が部屋に響き渡る。
「ミドリが俺の女とか、あり得んっ。俺はケツがムチプリンの、くびれ腰女じゃないと、女とは認めんっ!」
「それはこっちの台詞よーっ!アタシだって、線の細い美少年風でちょっと口の悪い小生意気な猫みたいな子が好きなのにーっ」
「お前等の趣味など聞いとらんわっ!」