フルストーリー
1・・・契約と代償
2・・・経営と苦悩
3・・・開発と兄弟
4・・・解約と死神
5・・・死神の小話
『グラトニー・ブル』1
・契約と代償
その料理家は悩んでいた。もっと多くの料理を作りたいと思っていた。しかし世界には料理が無限にある。どれかに絞らなければならない。定食屋という道もあるが、世界中の料理を、全て最上級の品質で提供する事が出来ないかと考えていた。
そんなある日、実家に帰って自分の料理を両親と就職活動中の弟に食べさせようとしていた。その日はフランス料理、中華料理、和食、インド料理等、様々な料理を振る舞ったが、両親と弟からは「どれも中途半端」「どれか一つに絞ったら良いと思う」とやはり言われてしまった。だけど自分は世界中の料理を極めたいと思っていた。
実家で蔵の掃除をしていると、代々受け継がれて来たと言う一冊の書物を見付けた。それには「牡牛座の悪魔」という題名の書物だった。その中身を読むと、どうやらありとあらゆる物の味が明確に分かり、どんな料理も作れると書いてあった。
「これは良い物だ」
そう思ったが、父に聞いてみると「それは禁断の書物と言われている。絶対に使うんじゃないぞ」と言われてしまい、取り上げられた。
「じゃあ何で取ってあるんだ?」
と思ったが「もしこの呪いを他にも与えられた人が居たらその人を助ける為に取っておいたものだ」と言われた。しかし一目見て中身が非常に気になり、実家にいる間はかなり悩んだ。代償はあるのか、副作用は何なのか。その書物の言いたい内容は頭に入った。だが世界的な料理人になる為には、これは必要な能力だと思った。
彼は父親が外出中にこっそりと書物を盗み出し、中を読んだ。副作用的な物は特に書いてなかった。
「じゃあ良いじゃん」
そう思い、中身をスマートフォンで写真に残し、東京に戻り、早速やってみる事にした。
まず部屋を暗くし、床に一メートル四方の魔法陣を書く。その魔法陣は牡牛座の星座に則った形にし、周りに古代ギリシャ文字を書く。そして自分の血を一リットル抜き取り、それを小瓶に分けて牡牛座の星座の星の位置に置き、最後に古代ギリシャ語で呪文を唱える。この時の血はその日の内にじゃなくても良いのか分からなかったが、元々が駄目元なので、数週間に分けて少しずつ抜き取り、やってみた。すると突如、目の前が光に包まれ、魔法陣から牛の顔と尻尾を備えた体は人間の姿をした化け物が現れた。
「私と契約したいのは君か?」
「は、はい」
「では舌を出せ」
彼は舌を出した。すると牡牛座の悪魔は彼の舌を手で掴み引き抜いた。あまりの激痛と出血に悶え苦しんでいると、牡牛座の悪魔は彼の舌に何やら刻印を付け、倒れている彼の口に押し込んだ。血は止まり、痛みだけが残った。牡牛座の悪魔は言った。
「これで君はありとあらゆる物の味の神髄が分かるようになった。きっと最高の料理だけを作れるようになるだろう」
「ほ、本、当、です、か……!?」
「但し、この契約を交わした者は一切の食物の味を楽しめなくなる」
「な、何、だって……!?」
「味だけが分かる。それだけで十分だろう?」
「そんな……!だって俺は、ただ、世界中の料理を、最高の形で、皆に食べてもらいたかっただけなのに……!」
「これは私と契約した者に私の口からしか聞けない情報だよ。ま、精々人間達の為に最高の料理を作ると良い。尤も、お前自身は二度と味わえないがな」
そう言い残して牡牛座の悪魔は消えた。
彼はすぐに自分の料理を食べた。味は分かる。だがそれが美味いのか不味いのかが分からない。正解が無くなってしまった彼は父親に言いに行った。
「父さん……!俺、悪魔契約しちゃった……!」
「何っ!?若丸!あれはするなと言っただろう!?」
「ごめん……でも料理の為だから……!」
「副作用とかは無かったか!?代償は!?」
「味が楽しめなくなるって言われた……!」
「何だと!?」
父親は昨日若丸が作った料理を若丸に食べさせた。
「味は分かるか!?」
「味は分かる……でも、美味いかどうかは分からない……!」
「すぐに悪魔契約の解除方法をしよう!」
父親は悪魔契約の書物を読んだ。しかし肝心の解約方法だけが虫食いが酷く、読めなかった。
「これからどうする?お前はもう、一人では料理人を続けられなくなった」
「店を畳むしかないんだろうか……?」
「でも、お前は味は分かるんだろう?だから、今後は味見は父さんと母さん、そして慶がやる」
「それで良いの……?」
「だが俺達の意見が絶対ではないぞ?」
「……それでも居ないよりはマシだ。お願いだ!俺の下で働いてくれないか!?」
「……お前の為なら一肌脱ごう。母さんと慶とも話し合って、そっちに引っ越すから、少し時間をくれ」
「分かった。ごめんなさい」
「契約してしまったものは仕方ない。だが忘れるな?俺達は必ず先に逝く。その日までに、お前の舌の代わりになってくれる人間を見付けろ。それか契約解除の方法を探し出せ」
「分かった……」
そして若丸は一度東京に戻った。
この契約はやはり悪魔との契約だったのだと心の底から思った。
後日、弟の慶だけが上京し、両親は実家の農家を続けながら食材は自分達の物を使えと言われ、慶を味見役兼経理として雇う事に決めたのだった。
若丸は店でも食事を作ってみた。慶からは「美味い」と言われた。若丸は目の前のスープからは、塩味も甘味も香辛料の香りも完璧に読み取れる。それなのに、ただ一つだけ分からない。
―――『美味い』
その感覚だけが、永遠に失われてしまった。
『グラトニー・ブル』2
・経営と苦悩
若丸は「美味い」と「不味い」が分からなくなった。しかしこれからは弟の慶が味見をする事で経営をしていくと決めた。慶としても身内で気が楽で、わざわざ就職活動をしなくて済むならこんな美味しい話は無かった。一緒に住むのは面倒だからという理由でそれぞれ別のアパートで暮らす事になった。
ふとある時、慶が聞いて来た。
「兄貴」
「何だ?慶」
「本当に味が分からないのか?」
「味は分かる。だけどそれが美味いかどうかが分からないんだ」
「それは『味が分からない』って言うんじゃないか?」
「いや、味覚はあるんだよ。しょっぱいとか甘いとか……」
「だからそれは『味が分からない』って言うんだよ。『美味い』『不味い』が分からないのはとても苦しいだろ?」
「……まぁ、そうだな」
「早くその呪いから解放されると良いな」
「呪い……呪いかぁ……」
若丸は思った。自分で選んだ事だから「呪い」ではなく「罰」ではないかと。自分としては夢は叶った。だが代償がデカ過ぎた。それだけの事である。「それだけ」とは言ってもとても重大な事であるが。
若丸はまだ店を持つ前だった為、慶にいつものように味見をさせていた。慶は最初の頃は単純に「味が濃い」「味が薄い」くらいしか言わず、具体的なアドバイスは出来ていなかった。これに対して若丸はやや苛立っていた。もっとちゃんとしたアドバイスが欲しいと思っていた。しかし味見をしてもらっている手前、それは言えずにいた。それに気付いたのか、慶は徐々に「胡椒が強い」「醤油の方が合うかも」と具体的に一生懸命伝えてくるようになった。
そして慶からのGOサインが出て、とあるイベントでキッチンカーを出す事にした。名前は「牛島くンち」。何を売るかというと、牛ステーキと沢庵とアジフライだった。農家の実家から送られてきた牛肉と大根を、親戚の漁師が取って来てくれた鯵を使用していた。
そこではそこそこの売り上げを出したが、利益にはならなかった。翌日もそのイベントがあった為、出店すると、昨日の若丸の評判を聞いてやって来た客が大勢いた。客が客を呼び、作れば作る程客がやって来るという事態になり、牛島くンちはすぐに在庫切れになってしまった。
そこへ一人の男性がやって来た。
「すみませーん」
外の幟を片付けていた慶が対応した。
「あ、すみません。ウチはもう在庫切れでして……」
「あ、違います、違います。私はこういう者でして」
男性は名刺を差し出した。それを受け取ると慶は大慌てした。そこには「株式会社豚とこトン!」という名前の横に「開発部責任者 庭取要」という名前が書かれていたからだ。
「と、豚とこトン!って、あの超大手食品会社ですか!?」
「超大手と言われると恥ずかしいですが……まぁ、そうですね」
「な、何か御用でしょうか……?」
「昨日と今日、ここのステーキを食べさせてもらったんですが、是非とも商品化をして頂けないかと思いまして」
「しょ、少々お待ち下さい!?」
「はい」
「兄貴!兄貴!?」
「何だよ?まさか食中毒か!?」
「違う!豚とこトンさんからオファーだよ!」
「は?何だそのくだらない嘘は。後片付けを手伝え」
「これ!これ見て!?」
慶は名刺を若丸に見せた。若丸は心の底から驚いた様子でキッチンカーから出てきた。
「お待たしました!オーナーの牛島若丸と申します!」
「初めまして。豚とこトンの開発部責任者の庭取要と申します」
「えっと……オファーをして下さったという事で……?」
「そうですね。是非このステーキと沢庵とアジフライを我が社で扱わせて頂けませんか?」
「はい!是……!」
若丸は「是非お願いします!」と言うのを躊躇った。
「……一度持ち帰っても良いですか?」
「はい」
「ちなみに何故私の商品を扱おうと思ったのですか?」
「昨日から社内でここのステーキやアジフライが美味しいと評判でして。部長と社長もいらしたんです。それで私も昨日すぐにここに来て、今日も来て食べて、これは是が非でも、と思いました」
「そうでしたか。では電話番号を聞いても宜しいですか?」
「私の仕事用のスマートフォンの電話番号と会社の電話番号はこの名刺の裏に書いてありますので、お返事をお待ちしております」
「はい」
「良いお返事をお待ちしております。それでは」
そう言って庭取は帰っていった。
慶が「何で引き受けなかったんだよ?」と若丸に聞くと「嘘かもしれない」と若丸は答えた。実際のところ、このレシピはあの売り上げ的にかなり自信がある。だから個人情報を抜き取る詐欺かもしれないと若丸は考えていた。若丸は家に一度帰り、豚とこトンのホームページを確認し、会社の電話番号と名刺に書いてある会社の電話番号が合ってるかどうかを確認した。結果、合っていた。更に翌日、若丸と慶は直接会社に足を運び、「庭取要」という会社員はいるかどうかを確認した。受付嬢から「おります。お呼び致しましょうか?」と聞かれ、呼んでもらう事にした。すると会社の応接室に通された。その後、昨日の庭取が書類とボールペンを持って現れた。
「お待たせしました。昨日のお返事をしに来た。そうですね?」
「いえ。まだです」
「ちょっ。兄貴っ」
「ではどういったご用件で?」
「具体的なプランを聞きに、ですね」
「成程……良いでしょう。お話しします」
庭取は具体的なプランを語った。展開方法、予算、人員の数、等々……それらを聞いて若丸は決心した。
「分かりました。その件、引き受けます」
「ありがとうございます!ではこちらの用紙にサインを……」
庭取が書類とボールペンを差し出したその時、若丸が遮った。
「但し、条件があります」
「条件?何でしょうか?」
「弟、つまりコイツ、牛島慶も一緒に雇用して頂けると言うなら、この件は引き受けます。もし無理ならこの話は無かった事にして下さい」
「何言ってんだよ!?兄貴!?」
「理由をお聞かせして頂いても宜しいですか?」
「私があの味を出せたのは、他ならぬ慶のお陰なんです。慶が味見役をしてくれないなら、私はあの味をもう一度再現するのは難しいんです」
庭取は右のこめかみを右手の人差し指でコリコリと掻いて少し悩んだ。
「んー……成程……逆に今度はこちらが一度持ち帰っても宜しいですか?」
「構いません」
「では後日、改めてお電話させて頂きます。あ、えーっと……今更で申し訳ないのですが、電話番号をお聞きしても宜しいですか?」
「名刺があります」
若丸は名刺を取り出し、庭取に渡した。
「あ、これはこれはご丁寧に……では後日、改めてご連絡させて頂きます」
そうして若丸と慶は帰っていった。帰り道に慶は若丸に聞いた。
「なぁ兄貴?何で俺をあそこで働かせようだなんて言ったんだ?」
「俺の店だけで働くのは勿体無い。お前の将来を狭めてしまうからな」
「そうか……」
そう話しながら若丸と慶はそれぞれのアパートに帰った。
翌々日、庭取から連絡が入り、慶と共に雇用が決定した。
『グラトニー・ブル』3
・開発と兄弟
翌週から若丸と慶は豚とこトンで働く事となった。
すぐにステーキ、沢庵、アジフライ、他にも様々な食品を作ろうとしていたが、予算の都合上、そんなにトントン拍子ではいかなかった。
「味は分かる兄」と「美味いかどうかを判断する弟」の図は崩れず、一切妥協しない慶に開発陣はやや困惑気味だった。正直「そこまで拘る必要があるか……?」という社員が居たのも少なくはなかった。しかし庭取は「彼らの好きなようにさせてみよう」と言って暫く流していた。
そして味の安定化が済み、いざ商品化、というところで庭取が待ったを掛けた。「これでは予算が大幅にオーバーしてしまう」と。すると慶は言った。「肉、魚、野菜は全て親族から相場より安い値で買える」と言って早急に親族に電話を掛け、現地に赴いて契約を結んでいった。この間約半年掛かった。
庭取とも信頼関係が結び始め、プライベートでも仲良くなった。しかし庭取は一つ疑問に思った。「何故若丸は味に敏感なのに美味しそうに食べないのだろう?」と。商品化をすべく、事を進めていると庭取が若丸に話し掛けてきた。
「牛島さん」
「若丸で良いですよ。弟とゴッチャになるんで」
「そうですか。では若丸さん。一つ宜しいですか?」
「何でしょう?」
「味見役の社員は沢山います。なのにどうして慶さんの意見を第一に考えるんですか?」
「……あまり答えたくない事情があるんです」
「どういう事ですか?あ、でも言いたくないんですよね。失礼しました」
「いや、庭取さんには言っておこうと思います。但し、他の社員には内密に……」
「?分かりました」
二人は応接室に向かい、事のあらましを説明した。牡牛座の悪魔との契約を。最初こそ信じられなかった庭取だったが、真に迫る若丸の表情と口調に少しだけ信じられるようになった。
「牡牛座の悪魔……そういえば、私の実家にもあったな……」
「庭取さんの家にも?」
「えぇ。ただ、契約の仕方は書いてなくて、解除方法しか載っていませんでしたが……」
「本当ですか!?」
「え、えぇ……でももう捨てられてしまったかもしれません。あったのは実家でしたから」
「すぐに探しましょう!捨てられたりする前に!」
「は、はい……?」
庭取はその場で実家に電話し、牡牛座の悪魔の書物があるかどうかを母親に聞いた。「ちょっと調べてみる」と言われ、一旦待ちという形になった。
その後、様々な商品を作っていった。最初こそ味が滅茶苦茶で悪戦苦闘したが、慶と味見係の社員達のお陰で何とか商品を売り出していった。これが大好評となり、やがて「自分の店を持ちたい」と思った若丸は庭取に相談した。
「あの、私、自分の店を持ちたいのですが……」
「それは良いですね。ですが、もう少し待っていただけませんか?まだ商品を作っている最中ですし」
「分かりました」
時期を見計らい、暫くして若丸は店を持った。慶と味見役兼ホールスタッフを何人か雇って。
基本的に厨房は若丸一人で、後は経理の慶とホールスタッフ数人の小規模の店だった。
商売は難しく、今まで出した商品に新たに「牛島くンち監修」と書いてもらったが、なかなか客は来なかった。そこへ庭取がやって来た。
「こんにちはー」
「あ、庭取さん。お疲れ様です」
「お疲れ様です。若丸さん。どうですか?その後、お店の方は」
「まぁ、あんまり芳しくないですね」
「そうですか……じゃあ折角ですし、今度ウチの部署の忘年会を若丸さんにお願いしましょうか?」
「え。でもこのお店じゃ小さくてとてもじゃないですけどそちらの社員の皆さんを呼ぶ事は出来ませんよ?」
「いやいや。出張ですよ。ウチで持ってるホテルを借りて、そこの厨房を担当してもらいたいんです」
「宜しいんですか!?じゃあ、是非!」
そして忘年会。若丸と慶は出張でホテルに向かった。そこで料理を作った。美味しいかどうかは未だ分からないが、前に食べた時と同じ味になってる事は分かった。ベーコンとほうれん草のパスタを慶に味見させると「今は冬だからもう少し薄味で良いかも」と言われた。何故かカチンときて若丸は「お前がこの味が良いって言ったんだろ」と言ってしまった。それにまた逆にカチンときた慶も「味見させておいてその言い方は無いだろ」と言って口論になってしまった。最終的に「もう好きにしろ」と慶は厨房を出ていった。味見役が居なくなった事で若丸の料理はもう滅茶苦茶の味になってしまった。これで信用を落としてしまった若丸は庭取から「暫く休んで下さい。きっと疲れてるんですよ」と言われ、暫く休業する事にした。
「何が間違っていたんだろう」
そう若丸は思っていた。味見役が居なくなった事で、自分の店はもうやっていけないと思った。そこへ庭取がやって来た。
「こんにちは。若丸さん」
「あぁ、庭取さん。こんにちは。どうされました?」
「いや、その後どうかなと思いまして」
「相変わらず、美味いかどうかが分かりません。慶に逃げられたので……」
「喧嘩でもなさったんですか?」
「あの忘年会の日にちょっと、ね……」
「そうですか……」
「あ、そうだ。折角ですし何か食べていって下さい」
「じゃあベーコンとほうれん草のクリームパスタを」
「畏まりました」
若丸はササッとパスタを作り、庭取に提供した。
「どうぞ」
「頂きます」
庭取はパスタを食べた。最初は「美味しいです!」と言っていた庭取だったが、食べ進めていく内に眉間に皺を寄せ始めた。
「あれ、不味かったですか……?」
「あ、いや……」
「正直に仰って下さい。別に怒ったりしませんから」
「そうですね……一口目は非常に美味しかったんですが、食べ進めていく内にベーコンの塩気がやや強く感じ始めまして……」
若丸はふと思い「ちょっと宜しいですか?」とフォークを取り出してパスタを食べた。
「成程。この後味が残るしょっぱさが『不味い』のか」
そう思った。「もう少しだけ待ってて下さい!」と言って庭取を引き止め、改めて作り直した。そして出来上がった物をもう一度庭取に食べさせた。すると今度は「とっても美味しいです!後味もスッキリで、飽きないです!」と好評だった。
「成程。これが世間で言うところの『美味い』なのか」
若丸はこの味を脳みそにインプットした。お代を払おうとした庭取に若丸は「味見をして頂いただけですからお代は結構です」と言って庭取を見送ろうとした。するとふと思い出したかのように庭取は振り返って言った。
「そうそう。この前の『牡牛座の悪魔』の件ですが、母に確認したところ、あったそうですので、後日持ってきますね」
「本当ですか!?ありがとうございます!宜しくお願いします!」
庭取は帰っていった。
その後、若丸は慶のアパートに行った。
「……何だよ。兄貴?」
若丸はその場で土下座謝罪した。
「ちょっ!?どうしたんだよ!?兄貴!」
「俺が間違ってた!すまない!また俺の為に味見役になってくれないか!?」
「ちょちょちょ!せめて話は中で聞かせてくれ!」
慶は若丸を中に招き入れ、茶を出した。
「で、何だって?」
「俺が間違ってた……自分の事は自分が一番分かってるって驕ってた!でも違った!俺は、お前が居ないと駄目だ!頼む!また相方として俺と一緒に働いてくれ!」
「でも味見役のスタッフはいるだろう?何も俺じゃなくても……」
「スタッフの意見も参考にはなるが、最後に信じられるのはお前だけなんだ!お前だけがちゃんとした批評をしてくれるんだ!」
「……そうか」
慶は茶をズズッと飲んだ。
「分かった。戻るよ。俺」
「本当か!?」
「但し、条件がある」
「条件?何だ?」
「喧嘩しても、必ず仲直りする為に俺と一緒に料理を作ってくれ」
「……は?」
「仲直りだよ。仲直り。またこの前のパスタ、作ってくれよ」
「わ、分かった……」
若丸はさっき庭取に作った味のパスタを作って慶に食べさせた。
「そうそう!これだよ、これ!この味だよ!」
「そうか……!やっぱりこれが『美味い』なのか……!」
「夏だったらこの前のでも良いと思う。汗が出るからね。でも冬は少し控えめにした方が絶対ではないけど、良いと思う」
「成程……じゃあこれからも宜しく頼む!慶!」
「あぁ!兄貴!」
二人は握手して仲直りした。
『グラトニー・ブル』4
・解約と死神
庭取は後日、再開した若丸の店に訪れた。そこでは普通に昼食を取り、帰り際に「これが母から送られてきた『牡牛座の悪魔』に関する書物です」と一冊の書物を渡された。若丸は「ありがとうございます!」と言ってその日は早めに店を閉め、書物を読んだ。
それを読むと、どうやら悪魔を召喚する時と同じ方法で呼び出せば悪魔契約は解除されるらしい。ただ、一つ疑問があった。
「今度もまた何か失うんじゃないか……?」
若丸は疑心暗鬼になっていた。悪魔が「はい、そうですか」と二つ返事で契約を解除させてくれるのだろうかと。
若丸は書物を読み進めていった。しかし代償は何も書かれていなかった。それでも信用出来ず、若丸は慶に相談した。
「慶。ちょっと良いか?」
「何?兄貴」
「悪魔契約の解除方法なんだけど……」
「何か分かったのか?」
「庭取さんが持って来てくれた書物に書かれてた」
「じゃあやったら良いじゃないか」
「だが……」
「だが?何だよ?」
「本当に代償が無いのか分からないんだ」
「代償?」
「そう。俺は味覚と嗅覚が研ぎ澄まされる代わりに食べ物の楽しみを失った。今度はどうなるか……」
「解除されるんだから元に戻るのが普通じゃないのか?」
「だと思うんだが、どこか気になるんだ……」
「考え過ぎじゃないか?」
「そうかなぁ……?」
「まぁそこは兄貴に任せるよ。俺は今まで通り味目役兼経理を担当するからさ」
「そうだな。もう少し調べてみる」
それから何度も何度も実家に会った牡牛座の悪魔と庭取の持ってきた牡牛座の悪魔の書物を深く読んでみた。どれだけ読んでも副作用は書かれていない。本当にタダで元に戻るのだろうか。しかしどこか釈然としない。「取り敢えず呼ぶだけ呼んで話を聞くのもアリか?」「だけどそれは失礼にあたるんじゃないか?」とも思った。堂々巡りで頭を悩ませていると、いつの間にか深夜になっていた。翌日の仕込みをしようと厨房に降りて料理を作っていると、一組の男女が店に現れた。少年と少女だった。
「ごめん下さい」
「あ、すみません。今日はもう閉店でして……」
「最後のご飯くらい食べさせてくれても良いじゃないか」
「最後……?どういう意味ですか?」
「君の家族はもうすぐ死ぬ。親族も含めてだ」
「は?いきなり失礼な人ですね。出て行って下さい」
「3……2……1……はい。君のお父さんは死んだよ。確認してご覧?」
「父さんが死んだ?何を馬鹿な事を……」
そこへ慶が慌ててホールにやって来た。
「兄貴!」
「どうした?慶」
「父さんが死んだって!」
「何だって!?何で死んだ!?」
少年と慶は口を揃えて「心臓麻痺」と言った。若丸は「えっ……!?」と驚いた。慶もまた驚いた。
「君の家はもう農家としてはやっていけない。同時に、明後日からは漁師の親族が続々と死ぬ。だから最後の料理を楽しませてもらおうと思ってね」
「貴方達は一体何者なんですか!?」
「死神だよ」
「死神?」
「そう。今日はたまたま休日でね。彼女と一緒にデートしに来たんだ」
「そうそうぅ~。ここのお店はとぉっても美味しいって評判だから来てみたのよぉ!早く食べさせてぇ!?」
「時間的に新幹線も走って無ければ飛行機も飛んでない。結局明日になるだろうし、今日は食べさせてくれないかな?」
「……そうですね」
「兄貴!?」
「最後の飯が、こんな形になるとはな……」
「じゃあ食べさせてもらうよ。僕はステーキ百五十g。君は?」
「私はねぇ……ここのメニュー全部ぅ!」
「は!?ここのメニューは百種類はあるんだぞ!?」
「全部食べまぁすぅ!」
「えぇ!?もし残したら罰金ですよ!?」
「ドンと来ぉいぃ!」
「本当に後悔しませんね!?」
「テイクアウトとかもありますけど……」
「いや、彼女は食べ得ると言ったらこの場で全部食べる。可能な限り出してくれ給え」
「は、はぁ……?じゃ、じゃあ作りますけど……」
若丸は料理をした。和食、洋食、中華、等々……計百三十二種類の料理を出した。少年は早々に食べ終わり、食後の珈琲を飲んでまったりしていた。一時間後、その女性は本当に全て平らげた。
「す、凄ぇ……」
「本当に食べた……」
「ご馳走様でしたぁ!」
「ご馳走様でした」
少年は札束を三つ置いて去ろうとした。
「ちょ、ちょっと!?お会計……!」
「だからそこに置いただろう?」
「いや、こんなには要りませんよ!?」
「営業時間外。それに最後の食事、香典。それらを含めてこの金額だと思った。要らないなら全部持って帰るけど?」
「あ、いや……じゃ、じゃあ、有り難く頂きます……」
「あ、忘れてた。領収書お願い出来るかな?」
「あ、はい。お名前は?」
「上様で」
「畏まりました……」
慶は領収書を書き、少年に渡した。
「じゃあまた食べられる事を期待しているよ」
「またあの世でねぇ!バイバァイィ!」
二人は突如大きな鎌を取り出し、一振りして姿を消した。
「な、何だったんだ?今の……?」
「手品……?マジック……?」
混乱する二人だったが、翌朝、朝一で飛行機に乗って父親の葬儀に向かい、そのままの足で翌日の親戚の死に立ち会った。
後日、やはりこのままではいけないと思い、再び悪魔を召喚した。牡牛座の悪魔は「また君か」と言った。
「何用だ?」
「悪魔契約を解約したいです」
「分かった。良いだろう。舌を出せ」
「その前に一つ、お聞きしたい事があります」
「何だ?」
「貴方と契約を解約した場合、私はどうなりますか?」
「どうなる、とは?」
「副作用や後遺症、代償はあるんですか?」
「それは解約した者にしか言えない決まりなんでね。それは言えない」
「そうですか……」
「で?どうする?ただ私を呼び出して帰れ、というのは許されないぞ?」
「……少しお時間を頂いても宜しいですか?」
「五分だけだぞ」
若丸はスマートフォンを取り出してまず慶に相談した。
「もしもし?慶?」
「どうした?兄貴」
「悪魔契約を解約するんだけど、どうも代償があるらしい」
「どういう?」
「分からない」
「そうか……じゃあ、そこは兄貴に任せるしかないよ。最後に道を決めるのは、兄貴だ」
「……分かった」
若丸は今度は庭取に電話を掛けた。
「もしもし?庭取さん?」
「どうされました?」
「悪魔契約を解約する事にしました」
「そう……ですか……本当だったんですね?あの悪魔は」
「はい。今目の前にいます」
「……じゃあ味覚は……?」
「元に戻りますが、微調整が出来なくなるので、今までのような仕事はもう出来ません」
「……私は止めません。若丸さんの人生です。好きなように生きるのが、若丸さんにとっての幸せだと思います」
「……そうですか。今までお世話になりました」
「いえ。これからも宜しくお願い致します」
若丸は電話を切った。
「……お願いします」
若丸は舌を突き出した。
「良かろう」
牡牛座の悪魔は若丸の舌を引き抜き、刻印を消した。今度は痛みは無く、血も出なかった。そして舌を若丸に返した。
「これで君は絶対音感ならぬ絶対味覚が無くなった。代わりに、味を楽しむ事が出来る」
「よ、良かった……!」
「だが代償として。永遠に満腹感を得られぬ体になってもらう」
「満腹感を得られない……?そういえば、腹が、減った……!」
「これからは人々の為に物を食べるんだね。じゃあね」
そう言って牡牛座の悪魔は消えた。
それから若丸は永遠に空腹感を感じたままの生活を送った。暴食し、みるみるうちに太っていき、糖尿病と痛風を併発した。医者に止められても食べ続けた。入院しても尚、抜け出して目の前にある物を食べ続けた。やがて胃が破裂してもがき苦しんだ。しかし満たされぬ空腹感を我慢出来ず、それでも食べ続けて内臓破裂で死亡した。
彼は最期まで、食に対して貪欲だった。
『グラトニー・ブル』5(最終話)
・死神の小話
若丸は目を覚ました。そこは暗い場所で、辺りには何も無く、先も見えない。だが地面はあるという不思議な場所だった。ボーッとする頭を抑えながら立ち上がると、自分にスポットライトが当たるように光が差し込んだ。そして向こう側にもスポットライトが差し込み、そこには大きな鎌を持ち、黒いフードを被った少年が立っていた。
「やぁ、君を迎えに来たよ」
「君は……あの時の、えーっと……死神?」
「覚えてくれていたんだね。そう。死神だよ」
「ここは一体……?」
「ここは現世とあの世の境界。つまり君達で言うところの三途の川って所だね」
「そうか……俺は死んだのか……」
「そう。死んだ」
「俺が逝くのは天国と地獄どっちだ?」
「天国でもあり、地獄でもある」
「どういう事だ?」
「まぁそれは逝ってからのお楽しみって事で」
「そうか」
「さて、ここからは僕の仕事をさせてもらおうかな」
「仕事?」
「そう。仕事。ここでは君の願いを一つだけ叶えてあげる事が出来る」
「願いを、叶える……?」
「そう。生き返らせてくれ、なんてのは無理だけど、可能な範囲でなら何でも叶えてあげるよ」
「そうか。じゃあ、慶と庭取さんの様子を見せてくれ」
「良いとも」
死神は鎌を一振りすると光の球が出現した。
「うおっ。吃驚した」
「ここを見てみると良い」
死神は光の球をスワイプした。そこには閉店作業をする慶と、それを手伝う庭取の姿があった。
「そうか……店を畳むのか……」
「君が死んだからね」
「レシピの一つでも残しておけば良かったな……」
「じゃあ残すかい?」
「え?良いのか?だってもう願いは聞いてもらったじゃないか」
「こんなの願いの内に入らないよ。で?どうする?レシピ本でも残すかい?」
「……あぁ、頼む」
「分かった」
死神は鎌を一振りすると若丸の脳からレシピの情報をコピーし、数十冊の本にした。
「わぉ。こんなにあるんだねぇ」
「それしかない。って方が俺には合ってる」
「そうかい。じゃあこれを君の弟さんの家に置いておこう」
死神は鎌を一振りし、本を慶の住むアパートに郵便の置き配で送った。アパートに帰って来た慶はその本を読んで驚いた。それは若丸の作ったレシピそのままだったからだ。
「兄貴の奴。こんなの書いてたなら素直に渡せよな……」
そう言って涙を流し、庭取に報告した。すぐに出版しようと持ち掛けたのだ。
数年後、本はベストセラーとなり、慶は印税生活で母親と後に妻になる女性と子供と一緒に幸せに暮らしたのだった。
それを見て若丸はポツリと呟いた。
「最後に料理、したかったなぁ……」
「さて、あの世に逝ってもらおうか」
「あぁ。でもどうやって?」
「あ、その前に今度は僕の願いも聞いてほしいな」
「何だ?」
「もう一度、君の料理を食べさせてほしい」
「良いのか?そんな事で」
「駄目かい?」
「いや、俺は良いけど……それだと俺の願いが二つになっちゃうから……」
「言ったろう?僕の願いを聞いてほしいって。これは僕の我が儘だよ」
「そう、か?じゃ、じゃあ作ろう」
「ちょっと待ってて?」
死神は鎌を一振りし、小さな光の球を出して何やらボソボソと会話していた。すると突如空間が裂け、そこからあの時の少女が現れた。
「お待たせぇ」
「よし。じゃあ後はキッチンとテーブルと椅子だな」
死神は鎌をもう一振りし、キッチン、テーブル、椅子、材料、キッチン用具を用意した。
「じゃあ作ってもらおう。僕はカレーライスを」
「私はねぇ……貴方が考えた料理全部ぅ!」
「えぇ!?この前のだってほぼ全部だったんだぞ!?」
「『ほぼ』でしょぉ?細かい変化も含めてゼェンブよぉ!」
「く、喰えるのか……?だって下手したら千種類以上あるぞ……?」
「この世界ではいくらでもご飯を食べられる体になっているんだ。何故なら魂だけの存在だからね」
「そ、そうか?じゃあ作るぞ」
「なる早でぇ」
若丸は自分の考えた料理を全て作った。それらを全て女性死神は食べた。
「ふぅ。美味で御座いましたぁ」
「ありがとうございます」
「ご馳走様ぁ。じゃあ私、先に帰ってるねぇ」
「はいよ」
そう言って女性死神は避けた空間に帰っていき、空間は閉じた。
「さぁ、君の願いは叶えた。あの世に逝ってもらうよ」
死神は鎌を一振りすると、光の階段と光の扉を出現させた。
「あの扉をくぐれば、あの世に逝けるよ」
「何から何までありがとな」
「半分は僕の我が儘だ。気にしなくて良い」
「ははっ。そうだな」
若丸は光の階段を上っていった。
「なぁ、向こうにも、飯屋はあるのか?」
「あるとも」
「そうか。じゃあ向こうでも料理して待ってるから、いつでも来てくれよな。死神さん」
「たまに寄らせてもらうよ」
「待ってるぜ」
若丸は光の扉をくぐり、消滅した。
「……あんにゃろ、バカスカ食べやがって……また自腹だよ……」
死神は鎌を一振りし、その場から消えた。




