雨の日、春の日
桜の花びらが舞う校庭。卒業式の朝、僕はまさかの大雨に見舞われた。
「やっぱり俺、雨男だったのか…!」
友達が叫ぶ。帽子は飛び、ネクタイはぐちゃぐちゃ、スーツもびしょ濡れ。
その様子を見て、もう一人の友達が無邪気に笑った。
「おい、見ろよ! ○○、完全に漫画のキャラみたいになってるぞ!」
「やめろ! 恥ずかしいだろ!」
僕たちは笑いながら、ずぶ濡れのまま校庭に並ぶ。
まるでギャグ漫画の一コマのようで、思わず肩を震わせた。
でも、式が進むにつれ、笑い声は次第に消えていった。
壇上で一人一人名前を呼ばれ、卒業証書を受け取る。
手が震え、心臓がどきどきする。
そして無事に式が終わった。
最後の放課後、君がやってきた。
僕は思わず息を呑んだ。濡れた髪が頬にかかり、制服のリボンが揺れる。
「おめでとう……」
君は僕を見つめ、ちょっと赤くなった顔で笑った。
「ありがとう……○○くんも、卒業おめでとう」
「〇〇、今日もすごく綺麗だよ」
「そ、そんなこと……照れるじゃない……」
その声が、雨に混ざって胸の奥にじんわりと染みた。
式が終わり、放課後の校庭の端。
雨はまだ降っている。
僕たちは並んで立ち、沈黙の中で桜の花びらと水滴が揺れていた。
「ねえ、覚えてる? 入学式の日、私が傘持ってなくて、びしょ濡れだったでしょ?」
「もちろん覚えてるさ。あのとき、僕、どうしていいかわかんなくて……」
「ふふ、あのとき○○くん、必死だったよね」
君はクスクス笑い、僕の袖に手を当ててきた。
小さな温もりが、胸の奥にふわっと広がった。
「ねえ……そのとき、手を……」
君の視線が少し揺れた。
僕は一歩近づき、そっと君の手を包む。
濡れた手と手が触れ合い、雨の冷たさが不思議と温かさに変わった。
「……あったかい」
「ふふ、あのときも、こうして手を握ってくれたんだね……」
二人の呼吸が重なり、甘酸っぱくて切ない瞬間が、校庭の雨音に溶けていった。
「ねえ、卒業しても、ずっと友達だよね?」
「もちろんだよ。絶対だ」
「……でも、友達以上にもなれたらいいなって思ってる」
「僕も、ずっと……君のそばにいたい」
雨粒が頬を伝い、僕らの目も自然に潤んだ。
その後、校庭には誰もいなくなった。雨はまだ止まない。
桜の花びらが水滴に濡れ、地面に淡く映る。
ふと、君の声が聞こえた気がした。
『なに、まだ残ってるの?』
「え?」
振り返ると、そこにはもう誰もいない。
でも、確かに君がそこにいたんだ――
教室の窓越し、笑顔で手を振る姿が、雨の中で光って見えてしまった。
「……」
桜も雨も光に変わり、君の姿は現実と記憶の間で踊った。
手を伸ばす。届きそうで、届かない。
指先に触れた光の粒が、ゆっくりと崩れ、空気に溶けていった。
校庭は静かになった。雨はまだ降り続ける。
僕だけがそこに残り、桜の花びらが水面に浮かぶように、君の残像を胸に抱いた。
――そして、未来。
僕たちは小さなリビングで笑っていた。
窓の外には雨と、桜の枝が揺れている。
子どもたちが走り回り、猫が丸くなって寝ている。
湯気の立つマグカップが、二人の手の間に温かくある。
「ねえ、覚えてる?」
君が小さく笑いながら聞く。
「卒業式の雨、桜、手を握ったこと、全部覚えてるよ」
「ふふ、覚えててくれたんだ…嬉しい」
「もちろんだ。だから、ずっと一緒にいられたんだ」
君の手を握る。
君は少し照れたように笑い、肩を寄せてきた。
窓の外の雨粒が光を受けて揺れるたび、桜の花びらがふわりと舞う。
子どもたちの笑い声と猫の寝息、カップの湯気が、すべて柔らかい時間に溶けていく。
僕はそっと君の髪を撫でながら、小さな声で呟いた。
「ありがとう……君と、こうしていられる毎日が、ずっと続けばいいのに」
「私も……ずっと、こうしていたい」
君は微笑み、子どもたちの笑い声を耳に流しながら僕の手を握り返す。
桜の花びらが光を透かし、柔らかく舞う。
過ぎ去った時間も、降り続ける雨も、すべてが今の幸せを照らす光になった。




