第3章 藤原紗英の挑戦 1話:「今日も始まる」
藤原紗英は、撮影室の慣れた配信スペースに立っていた。
三脚に固定されたスマートフォン、リングライト、背景布。何度も使ってきた配置。照明の角度も、配信装置との距離も、身体が覚えている。
(……いつも通り、のはず)
(なのに……なんだか空気が重い)
耳を澄ませても、機材の駆動音しか聞こえない。外界と切り離されたような静けさに、胸の奥がわずかにざわついた。
(……まさかね)
(都市伝説だなんて……)
そう思おうとしたそのとき、自分の指がいつの間にかスマートフォンに触れていることに気づく。
(……え? いつの間に……)
指先から、淡い光がにじみ出た。それは眩しさではなく、膜のように広がり、床、壁、天井を静かに染めていく。
――ClipLoop
空間に文字が浮かび上がった。
《ルール》
投げ銭合計:0コイン/100,000,000コインまで
配信中に提示されるリクエストには必ず従うこと
1ヶ月以内に投げ銭合計未達成=帰還不可
拒否や逃亡=死
帰還後にルールを口外した場合、永続羞恥配信者として強制執行
※配信中は羞恥系でのみ表示
※それ以外の言葉や心情は全て羞恥心理に変換され画面上に配信される
※この配信はこの世界で合法化されている
(……本当に、都市伝説だ)
(確認のしようがないくらい……当たり前みたいに)
恐怖はある。だがそれ以上に、妙な現実感があった。
(逃げたら……死)
(なら、やるしかない)
光が切り替わる。
配信タイトル:羞恥チャレンジ – 生ライブ配信中
配信者情報(視聴者のみ見えてる)
名前:藤原紗英
容姿:艶のある黒髪を肩に流し、整った輪郭と落ち着いた眼差し
体型:B86 / W58 / H87
〈私の羞恥姿を投げ銭で過激に見ていってね♪〉
コメントが、流れ始める。
「落ち着いてるな」
「この子、余裕ある?」
「最初から完成度高くない?」
投げ銭の通知音が、短く、しかし確かに鳴った。
投げ銭合計:180,000コイン
(……反応、いい)
(桜庭さんの話と……全然違う)
画面中央に、最初のリクエストが浮かぶ。
《ポーズ:背筋を伸ばして立ち、片手を腰に当て、視線を配信装置に向ける》
(……ただ立つだけ)
(これなら……)
紗英は、ゆっくりと姿勢を整えた。背筋を伸ばし、片手を腰に添え、視線をカメラへ向ける。
〈羞恥で胸が静かに高鳴り、注目を受け止めるたび体の芯が熱くなる……〉
コメントが加速する。
「いい目線」
「恥ずかしがり方が自然」
「これは伸びるタイプ」
投げ銭合計:420,000コイン
(……見られてるだけなのに)
(どうして……体が、こんな)
〈羞恥で指先がわずかに熱を帯び、視線を集める感覚に背中がぞくっとする……〉
紗英は、静かに息を整えた。
(……この配信)
(向いてる人間と、そうじゃない人間がいる)
撮影室の光は変わらない。だが――ここはもう、ただの配信スペースではなかった。
次のリクエストを待ちながら、彼女はその事実を、はっきりと理解し始めていた。




