第2章 桜庭美雪の挑戦 第1話「これくらいなら、いつも通り」
桜庭美雪は、配信スペースに立っていた。
ワンルームの一角。三脚に固定されたスマートフォン、リングライト、背景布。
何度も配信してきた、慣れた配置――のはずだった。
(……心臓が、やけにうるさい)
(こんなに静かだったっけ……?)
エアコンの音も、外の車の音も、遠い。
まるで部屋そのものが、切り離されたみたいだった。
(まさか……都市伝説……? そんなわけ……)
気づけば、美雪の指はスマートフォンに触れていた。
(いつの間に……)
指先から、淡い光がにじみ出る。
床へ、壁へ、天井へと、薄く広がっていく。
――ClipLoop
空間に文字が浮かんだ。
《ルール》
投げ銭合計:0コイン/100,000,000コインまで
配信中に提示されるリクエストには必ず従うこと
1ヶ月以内に投げ銭合計未達成=帰還不可
拒否や逃亡=死
帰還後にルールを口外した場合、永続羞恥配信者として強制執行
※配信中は羞恥系でのみ表示
※それ以外の言葉や心情は全て羞恥心理に変換され画面上に配信される
※この配信はこの世界で合法化されている
(……冗談、だよね)
(こんなの……配信アプリの演出……)
そう思った瞬間、光が切り替わる。
配信タイトル:羞恥チャレンジ – 生ライブ配信中
配信者情報(視聴者のみ見れてる)
名前:桜庭美雪
容姿:肩まで届く黒髪、伏し目がちな瞳、控えめで大人しい雰囲気
体型:B82 / W56 / H84
〈私の羞恥姿を投げ銭で過激に見ていってね♪〉
(……なに、これ……)
(私……こんなこと、思ってない……!)
自分の意志とは無関係に、画面には〈〉が流れている。
それを――自分自身も、はっきりと見てしまっている。
(見られてる……勝手に……歪められて……)
(やめたい……でも……)
コメントが流れ始めた。
「始まったな」
「ちょっと大人しめ?」
「羞恥好きってわりには控えめじゃない?」
胸の奥が、ひやりと冷える。
(……反応、よくない……?)
(投げ銭……増えなかったら……)
画面中央に、新しい表示が浮かぶ。
《ポーズ:背筋を伸ばして立ち、両手を体の前で軽く重ね、視線をカメラに向ける》
(これ……普通の立ち方……だよね……)
(でも……断れない……)
美雪は言われた通り、姿勢を正す。
指先が触れ合うだけで、妙に意識してしまう。
〈羞恥で胸の奥がじんわり熱くなり、視線を向けるだけで体がこわばる……〉
コメントが続く。
「うーん、まだ弱いかな」
「もっと反応欲しい」
「恥ずかしがってるのは分かるけどさ」
投げ銭合計:100,000コイン
数字は増えた。
でも、期待していたほどではない。
(……やっぱり……)
(私……向いてない……)
〈羞恥で顔が熱くなり、視線を受けて胸がきゅっと締め付けられる……〉
逃げ場は、もうない。
この静かな部屋は、確実に“配信の中”へと沈んでいく。
美雪は、次に表示されるであろうリクエストを、ただ待つしかなかった。




