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「……あのさ」
「なんですか?」
「一応聞くけども、葡萄くんの家って他の家よりも大分お金持ち?」
「……まぁ、他の家よりは裕福かもしれませんね」
その謙遜に、「いや、絶対そうじゃん」と美生さんがしらーっとした目つきを向けてくる。……まぁ、産まれてきてからお金に困ったことはないし、最悪僕がニートになっても養い続けるぐらいの余裕はあるだろう。養い続けてくれるかどうかは別として。
「あと、さっきお風呂沸かしたので、先入っちゃってください。ずっと自転車漕ぎっぱなしで疲れたと思うので」
「え、いいよ先入りなよ。葡萄くんの家なんだから」
「いや、僕はちょっと家の様子とか見たいので」
「そっか。そういうことなら、お言葉に甘えて……」
「あ、風呂場あっちです。バスタオルは洗面所の中のタンスの一番上にあるので好きなの使ってください。シャンプーとかリンスも母さんの使っていいんで」
「分かった。ありがと」
「あと、洗濯機の上に入浴剤あるんで、適当なの選んでください」
「……何から何まで、ありがとう」
そう美生さんは礼を言うと、お着替えセットを持って風呂場がある方へ向かった。僕は自宅のリビングで、ふかふかのソファーに横たわる。そして、壁に貼り付くように設置されているテレビの電源を付ける。昼時のバラエティ番組では、好きなお笑い芸人が出ていてつい見入りそうになる。
家に帰るのは、二日ぶり。なのに、ずっと長旅でもしていたような気分になって、ついぼーっとした。それだけ精神が疲弊してたという事なのだろうか。家族は居ないけど、外と比べたらまだ代わり映えしないから、ついほっとする。
だけど、グダグダしている場合ではない。僕は意を決して立ち上がると冷蔵庫を開ける。作り置きの食べ物は無くてよかったと思うのと同時に、少し寂しくなった。野菜室も見る。探すと粘々になっているなめこがあった。これはもう食べられないな……。
それから気づいて、僕は生ごみ入れを見る。僕が居ない間、母さんはゴミを捨てていなかったのか、三角コーナーからは饐えたにおいがした。僕は顔をしかめながら、ごみ入れに水切りネットを捨てる。
それから、三角コーナーをスポンジで洗った。……新しい水切りネットはどこだろう。キッチンなんて時々しか使わないから、どこに何があるかはちゃんと分かっていない。
普段触っていないと家のことすら分からない。そういうキッチン事情に色々と苦難しながら、僕は料理を始める。と言っても、適当に麺と豚肉と野菜を炒めて、蒸らしてあげたら料理は完成だ。あとは付属品のソースの粉と合わせて、混ぜ合わせてやれば。
焼きそばの完成である。十五分ぐらいで出来てしまったから、美生さんはまだ風呂に入ったままである。まぁ、そのうち出てくるだろ……。
それから、僕は家の中を見渡していく。父さんの部屋に母さんの部屋に、自室。……特に変わっている様子はない。美生さんの話していた通りだ。さっき向かった美生さんのアイドル事務所では彼女の私物や書類はすべて消えていたのに、自分の家には一切異変がない。
愛用のギターを持ち上げて、弦を鳴らしてみる。ちょっと音がずれているから感覚で直し、もう一度。ペチンペチンと弾いているうちに、没頭しそうになっている自分に気づき、ギターを置いた。後でじっくり弾こう。
そして、傍に置かれている自分の胸元ぐらいのサイズの本棚を見る。その上には、写真立てに入れられている一枚の写真がある。母さんがわざわざ現像した、高校入学のお祝いで行ったヨーロッパ旅行の写真。
家族と僕が笑顔で映っている、旅行の写真。
それを見て思わず、手を取ってしまった。まだ、この生活になって三日しか経っていないのに、懐かしさみたいなものを覚える。そして、胸が締め付けられる。
その時、「葡萄くん、どこ?」と一階から声が聞こえてきた。どうやら、美生さんが風呂から上がったらしい。返事をして、一つ深呼吸をしてから一階に降りる。風呂上がりで、その身体は火照っている。絹のような黒髪も、しっとりと濡れていた。
「今上がったよ、お風呂、ごちそうさまでした」
「……お風呂って、ごちそうさまでしたって言うんですか?」
「……言わない、かな?」
「どうなんでしょうね、あ、昼食作りましたよ。焼きそばです」
「えっ、ほんと! お腹減ってたんだよね、ありがと。……あと、ごめん、ドライヤー使っていい?」
「どうぞどうぞ。僕は焼きそばを温めなおしますんで」
そう告げて、僕はさっきの感傷を忘れようとそこを離れる。……ひとまず、今はしっかりご飯を食べて、その後にこの状況からの解決策を考えよう。
もう一度、大好きな家族と一緒に暮らす為にも。
明日、友達に助けてっていったら一緒に飲むことになりました、酒を……。
命、感謝……。




