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その日、僕は夢を見た。夢だと気づいたのは目が覚めて、スーパーで寝泊まりしたのを思い出した時だった。
いつも早起きだと言う美生さんはすでに目覚めていて、「おはよう」と僕の顔を覗き込んだ時、ぎょっとした様子で。
「どうしたの……?」
なんて言うから、なんでもないですと言おうとした。どうやったって心の中の激情を抑える術を持たない僕は、ただ嗚咽だけを漏れ出す。恥ずかしい情けないその他もろもろの感情に苛まれるまま、僕は美生さんが居ない右側のスペースにゴロンと倒れる。
そして、そのまま泣いた。美生さんはそんな僕の背中をさすって、黙ったまま傍に居てくれた。その手の温みすら、今の僕には罪悪感として心に残った。
それから少し落ち着いて、僕はスマホを見る。針はすでに九時を少し過ぎていて、あと一時間程度でこの場所も開店する。
「あれから、店の様子は何か変わっていましたか?」
「うん。豆腐とか納豆とか、気づいたら補充されてた」
「増えてるんですか?」
「昨日すっからかんだったところに商品があるよ。葡萄くんも見てきたら?」
「分かりました。あと、昨日話したと思うんですけど」
「お魚売り場見張るんでしょ、分かってるって」
「じゃあ、よろしくお願いします。僕も顔とか洗ったら向かうので」
「うん、待ってる。……あと、大丈夫? さっきの」
「……大丈夫です。もう落ち着いたので」
「そっか。じゃあ、いってらっしゃい」
そして、僕は歯磨きを手にしてトイレへ向かった。その途中、美生さんに言われた通り和日配の売り場や惣菜売り場を見てきたら、確かに昨日より商品が積まれていた。一体、どのタイミングで品出しされているんだろう。……防犯カメラは見れないのか? さすがに部外者の僕たちでは無理か……。
いや、それならビデオカメラを売り場に置いて、いつ移動するか確認すればいい。どうして今まで思いつかなかったんだろうと言うぐらい、頭を使えばやりようなんていくらでもある。
そして、僕はトイレに辿り着き、そこで洗顔をした。そういや、タオルを持ってくるのを忘れたなと、僕は仕方なく紙タオルで顔を拭く。
それから、鏡で反射した自分の顔を見つめた。目の周りが赤く腫れていて、思わず自虐がこぼれる。美生さんが打たれ弱いとか内心思っていながら、自分も大概じゃないか。少なからず、自分があんな風に人前を憚らずに泣くなんて思っていなかった。
僕はさっき見た夢を思い出す。それはただ、学校帰りに付き合っていた彼女と通学路の河川敷を一緒に歩いていただけの光景だった。そんなありふれていたはずのことさえ、今ではもう思い出すしかない出来事へと化してしまった。あの子と話したり、一緒に出掛けたりした日々すらも、下手したらもう帰ってこない。
だから、泣いたのか。ただ好きだと言われて、僕はあの子に何か特別な感情を抱いていたわけではないはずだったけど、断る理由も無いからOKした。そうして過ごす中で、何か例えば特別な愛着のようなものを覚えていたのか。
彼女と過ごす日々は、楽しかった。勧めた音楽や映画を観てくれるし、それを好きだと言ってくれた。今思えば、彼女は僕に合わせてくれただけかもしれないけど。
だからきっと、僕は彼女のことがちゃんと好きだった。それに居なくなってから気づく自分の滑稽さに、少し嫌気がさす。お前は大事なものを失ってからでないと気づかないのか、なんて。
こびりついていた目ヤニを洗い流して、歯を磨く。自分に、とにかく解決だと言い聞かす。それが、彼女に会うための最短の道のりなのは間違いないのだから。
それに、ここでうじうじ悩んでいても仕方ない。きっと、遅いななんて思いながら、美生さんが僕を待っているのだろう。僕は筋肉痛になっている両足を軽く揉む。今日もきっと、酷使することになるだろう。




