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「……久しぶりにスーパーのお寿司を食べたけど、普通に寿司屋で食べるぐらい美味しいね」
「魚介専門のスーパーとかだともっとおいしいですよ」
「そうなんだ。さすが、お父さんがスーパーで働いてただけあるね。物知りだ」
そうスーパーのイートインコーナーにて二人で舌鼓を打つ。本マグロの中トロ、赤身に、ブリにサーモン等々……。うになんて、中々食べる機会なんてないからとこの際に味わっておく。……この何とも言えない旨味が口内を抜けていく感じ、たまらない。
「でも、いいのかな……。勝手に布団と枕を持ってきて占領みたいなことしちゃって。しかもこの布団とか、買ってないし……」
そう、美生さんはイートインスペースに堂々と敷かれている布団を見て、眉を顰める。
「……まぁ、さすがに地べたのまま寝るというのもキツイですし」
「それはそうだけど……」
そう彼女はまだ納得し切れないみたいに相槌を打って、レジに通していない寿司をまた一つ口に入れる。どうせ今日が消費期限で食べないと駄目になってしまうのだ。寿司なんて贅沢だけど、廃棄になってしまうぐらいなら食べた方が良い。
「でも、葡萄くんもよく考えたよね。スーパーで一晩過ごせば、消費期限の謎が解けるかもなんて」
「まぁ、やってること単なる見張りですけどね」
昼時、あちらこちらのスーパー全部に新しい商品や今日作られたと思われる商品が置かれていることに気づいた僕らは、考えた。誰も居ないこの状況で誰がこれらの商品を作ったのか。
その答えは、はっきり言って全く分からない。だけど、新しい商品が置かれ、消費期限が切れた商品が無くなっているということは、誰かがどこかのタイミングでその商品たちを動かしている、ということだ。
そこで、僕は考えた。いつ、その商品たちは移動しているのだろう、と。
さらに、僕は考えた。誰も居ないのに、どうして店が開いているのだろう、と。
いや、それについては管理する人が居なくなって電気がつけっぱなしなだけ……とも思った。思ったけど、美生さんの行きつけのカフェは木曜日が定休らしい。
で、今日は金曜日。なのに、店は開いていた。
つまり、店は通常通り営業している。なら、営業時間が終われば、僕ら以外誰も居ないこの状況でも店は閉まるのか?
それを確かめるため、僕等は近くにあるイオンまでまた自転車を漕ぎ、寝具店で布団やら枕やらを取ってきて、一階のスーパーに持ってきて今に至るというわけだ。要するに、ここで一晩過ごしてこれらの真相を明らかにする。それだけのこと。
それから寿司も食べ終え、トイレで歯磨きなども済ませた。銭湯にはさきほど行ったから、まだ二十時前だけどもうやることはない。美生さんはすでに寝間着姿で、だらだらだとスマホをいじっている。
「ねぇ、大変だよ。品川駅で火事だって」
「え、本当だ。大騒ぎですね」
「まぁ、私達には関係ないんだけど」
そう残念そうにつぶやいて、美生さんは隣に敷かれている布団の上でため息をつく。
「でも、今日は疲れたね。ずっと自転車漕いでたから、足がパンパン……」
「僕も明日の筋肉痛が怖いです」
「そういえば、部活とかはやってないの?」
「軽音部です。なので、運動は特に……。中学の頃はサッカーやってましたけど」
「軽音ってことは、音楽弾けるんだ。すごいね。なにやってるの?」
「一応、ボーカルとギターを担当しています」
「えー、そうなんだ。すごいね」
そう素直に感嘆されると、悪い気はしない。しないけど、アイドルだし握手会とかで慣れてるんだろうな……なんて考えるのは野暮だろうか。
「ライブの映像とか、ないの?」
「……見るに堪えないんで消しちゃいました。そういう美生さんは、何か部活をしたりとかは?」
「してないしてない。だって私、アイドルだもん。お金ないからアルバイトはしてるけど」
「それもそうか……。でも、アイドルってことはやっぱり毎日運動しているんですか?」
そんな、他愛のない話を僕らはずっと続けた。この状況にずっと慌てふためいていたから、こうやってお互いのことを話したり知る機会なんて殆どなかったなと思う。
僕が何かを話す。彼女がそうなんだなんて、朗らかな笑みを浮かべる。彼女が何かを話す。それに僕は、目を大きく開けて純粋な驚きを持って、そうなんですねと返す。
波長が合うな、と思った。会話して楽しい、とも思った。会話をキャッチボールに例えることはよくあるけど、彼女は僕がグローブを掲げた所に取りやすいボールを優しく投げてくれる。しかも、彼女は飛び切り可愛いうえに、僕とこの世界に閉じ込められていて……。
そこまで考えて、はっと思考を止める。これ以上はいけない。△△にも申し訳が立たないし……。美生さんはそんな僕の様子を訝しんでいるのか、不思議そうに顔を覗き込んでくる。視線を逸らす。
「どうしたの?」
「……いえ、なんでも」
「……そっか。そういえば、葡萄くんのお父さんって小説家なんだっけ」
そして、話は何故か僕の父親のことになった。突然だなと思いながら、「そうです」と答える。
「何作か映画化もしてるんで、界隈ではそこそこ有名ですよ」
「へぇ……ペンネーム、なんて言うの?」
「〇〇〇です」
その名前を出した時、美生さんの目が大きく見開く。
「知ってるんですか??」
「うん。唯……メンバーの一人がその小説家、凄いファンなんだよね。私もその子に勧められて読んだけど面白かったよ。まぁ、めっちゃ悪趣味だけど……」
「昔は悪趣味全開でしたけど、今はそうでもないですよ……?」
「そうなんだ。私、初期の作品しか知らないからなぁ」
なら、仕方ないかもしれない。親父の処女作の帯コメント、『史上最悪の問題作』とか書かれていたぐらいだし、落ち着いた作風になったのは結婚してしばらく経ってからだ。正直、僕はその後期の作品の方が好きだ。初期の方はなんというか、破滅的すぎる。
「どんな人なの、お父さん」
「どんな人って言われても……変人と言うか」
「変人……?」
そう彼女は釈然としないみたいに首をかしげるけど、少なからずあの人は普通ではない。普通の人間は突然サッカーがしたいと思い立って新興宗教のフットサル大会に飛び入り参加しないし、そこでMVPなんか獲ったりしない。
あとは、何を唐突に思い立ったのかは知らないけど、いきなり数十万円分のウイスキーを買い漁って、『これが、ウイスキーバトルロワイヤルだ!』とかほざいてお母さんにバチクソ怒られてたりとか。あの、普段はめちゃくちゃ温厚で自己主張の少ない母さんに……。
と、話したら、美生さんもうちの父親の異常性が分かったのだろう。少し顔を引き攣らせて。
「こ、個性的なお父さんだね」
「いや、悪い人ではないですけどね。ちょっと変わってるだけで。ちょっと……」
「……ちょっと?」
「なんというか、快楽主義者なんですよ。うちの父親。旅行に行きたくなったら突然連れ回してくるし。料理とかも変な創作料理を堂々と食卓に上げてくるし……。なんというか、自分が思いついた面白そうなことは実行しないと気が済まない……みたいな感じですね。楽しむことを大前提で行動しているというか」
「ふーん、面白い人なんだ」
「まぁ、そうですね。女癖悪いとかは全くないんで杉村家は平和ですよ。母さんも静かな人だけど、なんだかんだ父さんの突飛な行動を楽しんでる節があるし……。美生さんのご両親はどんな感じなんですか?」
そう話を振ってみると、美生さんはどこか言いづらそうに口元を歪めた。下手くそな作り笑いを浮かべている。
「うーん、私、実は母子家庭なんだよね」
「えっ、そうなんですか。なんかすいません……」
「何で謝るの……。別にお父さんに愛着も無いから大丈夫だよ」
「……そうなんですね」
興味本位で踏み込んだら、思い切り地雷を踏みぬいたらしい。楽しかった会話のキャッチボールのボールの重みが、一気に増した。
だけど、彼女が母子家庭の子どもというのは、どうにもイメージと合わない。全然粗暴なこともないうえ、彼女の佇まいは何というか気品を感じる。いや、住んでいるアパートを見たせいで納得感もあるけれど。
「じゃあ、お母さん大変ですね……。美生さんを一人で育てて」
「そうだね。それに、私の家族はあの人だけだから……。だから、なんとしてでも早く元の世界に戻らないと……」
そう美生さんはどこか焦点の合わない目で呟いて、僕はやるせない気持ちになる。その言葉からはどこか暗示のような、自分に言い聞かせているような声音があって、ちゃんとは触れられなかった。




