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 どうして、こうなってしまったのだろう。


 いや、どうしたら、こうならなかったのか。


『あの女が私を裏切ったんだ! 親友だと思ってたのに!』


 言い分を理解する価値は、きっと無かった。少なからず、唯さんにそんなつもりがあったはずないし、そもそも元の世界から消えてしまった僕らに、彼女らの選択を説得することもできない。僕らは、尊重することしかもはやできないのに。


 それに憤って『殺してやる』と本気で宣って暴れていた彼女を止めて、噛みつかれた右手がまだじんじんと痛む。ライブハウスは、美生さんが投げたりした瓶やら缶のせいでぐちゃぐちゃだ。棚からボトルが落ちてそれが割れたりもしているから、掃除するのも大変だ。……このまま放置して帰るか。


 美生さんはどこかへ去ってしまった。スマホで連絡しても返信は来ない。けど、別にいいやって気もする。僕も感情的になっているのだろう。少なからず、平常心ではない。あの状態の美生さんが傍に居ないのに、どこか白けた気持ちでいる。


 僕はさっき美生さんと見た、真夜中のブルースカイのツイッターを見る。メンバーそれぞれの感謝の言葉。


 美生さんを激高させたのは、彼女の親友『だった』大町唯のコメントだった。


『まず、応援してくださった皆さん、今まで真夜中のブルースカイを見守ってくれて本当にありがとうございます。そして、武道館という目標があった中、それを成し遂げられずこのような形になってしまったこと、本当に申し訳なく思っています。


 でも、メンバー、スタッフ、そしてファンの皆さんと駆け抜けたこの二年間は、私、いや私たちにとって本当に掛け替えのない時間でした。私なんて、当時高校を中退したばかりで本当に人生が行き詰っていた中、偶然町中で声を掛けていただき、アイドルとして皆の前でステージに立てたのは、本当に僥倖だったと思います。ありがとうございました』


『それでも、皆さんにはもう一つ謝らないといけないことがあります。実は、真夜中のブルースカイの脱退を申し出たのは私で、それがきっかけで皆と話し合い、解散することになってしまいました。脱退を申し出た理由は、これからずっとやっていきたいことがアイドルなのか、疑問に思ってしまったからです』


『私は、ずっと何かになりたかったんだと思います。中学校の頃も不登校で、高校も馴染めずに中退して……。私は、自分という存在を一生肯定できないと思い込んでいた。だから、言葉に縋っていました。小説とか、文学。あとは、好きなバンドの歌詞とか。


 それでも、アイドルとして活動して、その最中、私のことを応援してくれる人なんかも増えて、小説感想アカウントと化している私のツイッターにも、たくさんの人がフォローしてくれていて』


『なら、こんな私でも誰かに何かを届けられるんじゃないか。私がいつか、言葉で救われたように、私の言葉でいつか誰かを支えることができるんじゃないかと、それこそが私の目指したいものなのだと思いました』


『そのため、他のメンバーのように、これからもアイドルとしてステージに立つことはもうないと思います。それでも、私は私で夢を叶えるために頑張っていくことを誓います。なので時々でいいので、私のことを思い出してくれたら、応援してくれたらこれ以上に光栄なことはありません。本当に二年間、ありがとうございました!!』


 解散時のコメントとしてはずいぶん長いなとも思ったのだけど、これが彼女が抱えていた真夜中のブルースカイへの気持ちだったのだろう。正直、ちょっとうるっときた。会ったこともない人のコメントなのに……。


 だけど、このコメントが美生さんに響くことはなかったらしい。


『真夜中のブルースカイを続ける事より、私の居場所を無くさないことより、自分の下らない夢が大切だってこと? それに(ほだ)されるメンバーもメンバーだけど』


『小説なんて、別にアイドル続けながらでも書けるでしょ? 勉強だってアイドル続けながら出来たんだからさ。それって綺麗事言って、結局アイドル辞めたかったってことでしょ?』


『武道館に立つまで誰一人辞めないって言ってたあの言葉は、完全に嘘だったんだ。私一人だけが信じていたんだ。ふざけんな』


 その後、噓つきは死ね、殺してやると喚き散らして、僕が止めて、今に至る。


 ため息なんかでは、心のもやもやは一切消え去らない。美生さんを探しに行かなければならない。気が重いけれど、だって想像力を働かせてみたら。


 普段手首だけで済んでいるリストカットが首元まで伸びて、大量出血しているかもしれない。


 精神薬の過剰摂取で混乱したまま車を運転して、事故を起こしてしまうかもしれない。


 ……冷や汗が出る。全て最悪な妄想でしかないけれど、起こりうる。もし仮にそれが現実に起こったら……。


 僕はさっきまでの白けた気持ちが嘘みたいな焦燥を抱えて、ライブハウスの階段を登った。結局、心配は杞憂だった。


 美生さんは、ライブハウスの入り口のすぐ近くの車道で、身体を丸めて泣いていた。街灯に照らされたカッターナイフが転がっている。きっと、刃先には彼女の血液がこびりついている。


「美生さん、大丈夫ですか?」


「私、私、とんでもないことを言っちゃった。唯や皆に死ねだなんて……。一番死んだ方が良いのは私なのに、それすら上手くやることが出来なかった。勇気が出なかった」


「美生さん……」


 そう背中を擦ろうとする手を、左手で払われた。


「ごめん、今は触らないでほしい……。あなたが悪いとかじゃ無くて、温もりが怖いの。温もりは、私に相応しくないから」


「いや、気にしすぎ……」


「だって、私また、ママみたいなことを言った! 私、ママなんか死ねばいいって、ずっと思ってた。なのに、私自身がママみたいだなんて……耐えられない」


「……」


「ねぇ、葡萄。私、どう生きたらこうならずに済んだんだろう……」


「……そんな」


「気持ちが二つあるんだ。唯たちのこと、皆の将来を応援したい気持ちと、真夜中のブルースカイを解散させたことが許せない気持ちが。なのに、許せない気持ちばかりが心に募ってくの」


「……」


「それで暴れて自己嫌悪に浸って、こんな風に迷惑を掛けて……。私だってこんな風になりたくないのに、どうしても気持ちが抑えられない。なら、死んだ方が良い。こんな人間は死んだ方が良いはずなのに、自殺する勇気はない。そう、勇気がないんだ。葡萄のため、葡萄をこの世界に一人きりにしないため、とかじゃなくてさ」


「美生さん……」


「ねぇ、手首なんか切ったって、何の意味があるんだろう」


 そう、心を抜き出しにしたような、泣きじゃくった顔で彼女は僕を見つめる。返せる言葉が見当たらない。僕の矮小な人生経験では。


 だから、とりあえず抱きしめてみた。最初は彼女も嫌がるようなそぶりも見せたけど、段々と抵抗しなくなり、ただ嗚咽だけが響いた。音のしない町に、彼女の泣き声だけが止まない。


 彼女の心臓の鼓動を確かに感じる。彼女はこれを、止めてしまいたいのだろうか。本心から、死にたいと思っているのだろうか。それだけは、と思う。それだけは、止めないとならない。自殺なんて、絶対にダメだ。どんなに辛くても、生き抜くことが大事なのだ。


 でも、その根拠は一体、どこを探せば見つかるのだろう。


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