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こいつに触るのも久々だなと思いながら、アコースティックギターのチューニングを行う。ペグを回しながら弦を鳴らして、こんなもんかと勘で音を合わせる。いや、普通にチューナー使うべきか……。
まぁ、どうせ今日の観客は美生さんしかいないし、そんなに拘る意味もないのかもしれない。どうせ音あってるか外してるかの判断も付かないだろうし。
「おお、なんか本格的」
「まぁ、元軽音部なんで」
「葡萄はライブハウスで演奏とかしたことあるの?」
「一回だけ……」
きらきらとした目でそう尋ねてくるけど、あれは完璧な黒歴史なのであんまり掘り起こさないでほしい。
これで、ギターの微調整は完了。試し弾きと自慢を兼ねてアルペジオを披露する。美生さんが「おおっ~」なんて声を上げるけど、ギターがちょっと弾ければ難易度的には大したことはない。知識が無い相手だと、簡単に感嘆させられてとてもいいですね。
……そろそろちゃんと弾くかと、僕はスマホを操作して今日のセトリの一巡目から曲を流す。それに合わせて、僕もギターを弾き始める。すべてカバー曲。自分で作曲なんか出来ないのだから仕方ない。
だけど、文化祭でもやった有名曲のカバーばかりだからか、美生さんからのウケは良かった。歌詞も所々飛んで、ギターもミスりまくったけど、案の体美生さんは全く気にした様子もなく、身体を揺らしている。久々のライブで練習もろくにしてなかったけど、素人が相手で良かった……。
「葡萄、お疲れ……。凄かったよ」
美生さんがそう言って、タオルを渡してくれた。「ありがとうございます」と返事をして、額の汗を拭う。
「でもほんとプロみたいだったよ。ちゃんとギター弾いてるの始めてみたけど、本当に上手かったんだね」
「いや、それほどでも……」本当にそれほどでもない。楽器をやってる人から見たら、大分ボロボロな演奏だったはずだ。
「謙遜しないでよ。私も自分のダンスや歌は謙遜してないし。また葡萄の素敵なとこ、見つけちゃったな」
謙遜でもなんでもないのだけど、そこまで言われたら悪い気はしない。というか、普通に鏡見たら鼻の下を伸ばしていると思う。ここまで感動させられたなら、近いうちにまたやってもいい、かな?
「美生さんは踊らなくていいんですか? 久々に、美生さんが踊っているところ、僕見たいですけど」
「私はいいよ、完全になまっちゃってるし。最後に踊るのは、あの子たちだけでいい」
「解散ライブ、どんな感じですかね」
「どうだろうね……。チケットも売り切れには程遠いし……。良くも悪くも、私たちの最後のライブって感じだったんじゃないかな。というか、解散ライブって言ってもワンマンじゃないし」
今日は九月一日。夏休み明け、二学期最初の登校日と共に、真夜中のブルースカイの解散日だ。今の時刻は夜の二十時を少し過ぎた辺りで、タイムスケジュール的にあっちではおそらく彼女たちのラストライブが終わった頃だろう。
そんな日に、どうして僕がわざわざギターを披露することになったというと、単純に美生さんが聞きたがったからだ。それなら別に家でもいいだろとは思うけど、美生さん曰く『そういうものじゃない』らしい。
「でも、憧れるよね。ギター弾けるのって」
そう言って、美生さんが僕のギターをペタペタ触る。「教えましょうか?」と尋ねると、「いいの!?」と彼女は目を輝かせて言った。ギターに興味があったなんて意外だ。もしくは、僕の演奏を見て興味を持ってくれたのか。いや、それは自惚れすぎだろうか。
「そういえば、今ライブハウスだし、ビール飲み放題だね」
「まぁ、そうですけど……。美生さん、ビール飲めないじゃないですか」
「葡萄だって普段飲まないじゃん」
「だって、薬品臭くて……。味だって美味しくないですし……」
けれども。美生さんがちら、とビールサーバーを見つめる。
「ちょっと、飲んでみようか」
「まぁ、いいですけど。どうしたんですか?」
「だって、今日は特別な日じゃん。こういう時は、私たちも特別なことをしないと」
そう言って、美生さんはバーカウンターの中に入りコップに生ビールを注いだ。……冷静に考えたら、僕ら帰り車では?
と言っても、すでにノリノリな美生さんにそう声を掛けるのも憚られ、僕も酒を呷ることにする。なんとも言えない苦みが口内に染み渡って、普通においしくない。どんな訓練を積んだら、これを美味しいと思えるのだろう。
それでも吐き出すレベルではない。コップに入ったビールをステージに置いて、ひとまずチューナーで音合わせから始める。そして、コードの弾き方を教えた。
それから一時間ほどが経ち。
「なんか、つまみがほしいよね」
「コンビニで買ってきますか」
そんな会話をして、生ビールを片手に僕らはライブハウスを出る。まだ二杯程度しか飲んでいないのに、美生さんはちょっとふらふらしている。大丈夫だろうか……。
「ちょうど今頃じゃないかな」
「何がですか?」
「向こうの世界で、ライブが終わる時間。多分、今から最後の交流会だと思う」
「あー……」
「一体どんな感じなんだろうね。グループの中にはアイドルをやめる子もいて、一般人に戻る子もいる。つまり、もう二度と会えない関係性もあるってことだから」
「言われてみれば……」
「一体どんな気持ちになるんだろうね。きっと、最後になるお別れって」
「……卒業式とかと一緒なんじゃないですか?」
なんて、経験もしたことがないのに答えてみる。美生さんは口元に手を置いて「どうなんだろうね……」なんて呟いて。
「どのみち、私達にはもう関係ないか」
そう、美生さんはどこか哀愁を帯びた、それでも何かを受け入れたような表情で笑いかける。その瞳の奥の暗さを見て、僕は気付く。
彼女はもう、とっくに元の世界に戻ることを諦めているのだ。
この生活を続けて、およそ四ヶ月。その間、結局僕らは問題の解決の糸口すら見つけられなかった。その生活の中で、僕はその逃避先に神様を選んだ。
だけど、どうして神様が必要だったのだろう。
僕も同じように諦めていたからだと思う。僕も心のうちでは気付いていた。気付かないふりをし続けていた。
僕らはきっと、死ぬまでこの世界で二人きり。家族にも友達にも△△にももう会えはしない。その現実に、目線を合わせて生きていくのが辛かった。
例え、まやかしの光でも、光だった。でもそれを、今の僕はまだ信じられる?
「なんか、悲しい顔してるね」
「……そうですか?」
「私の胸元でなら、いつでも泣いていいよ」
「大丈夫ですよ、男の子なので」
「だとしても、もうそんなに強くならなくていいよ。男の子だからなんて、私は言わないし」
そう優しい笑みを向けられて、胸が締め付けられる感覚がする。精神的に不安定になる美生さんを見て、僕がしっかりしなければなんて思ったりもしていた。けれども。
どうせもう、二人きりの世界なのだ。空に浮かぶ三日月が僕らを見下ろす。きっと、僕らが何十年も大人になれば、月面旅行だって出来る日が来るのかもしれない。
僕らにはきっともう、関係ないのだけど。
これから先どうなるんだろう。そう思って、ビールを口に付ける。苦いなと、それを飲み込んだ。




