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 翌日。


 僕は美生さんを呼び出して、このノートを見せた。ペラペラと中を見た彼女は戸惑った声で。


「いや、なにこれ……。地球がどうやって出来たか……とか書いてあるけど」


「僕の、神論です。僕が信じている神様について、書いたものです」


 その僕の言葉に、彼女は呆然としていた。目をぱちぱちして、「そ、そう」と返事をした後、頭痛でもするかのように頭を抱えて。


「いや、ちょっと待って」


「どうしました?」


「あのさ。私、神様のことを信じてないって言ったよね。その理由もちゃんと話した。なのに、なんでこんなの見せてきたの? 嫌がらせ? それとも私のこと、馬鹿にしてるの?」


「馬鹿になんてしてないです」


「じゃあ、何で!」


「美生さんを、救いたいから……」


 嘘交じりの無い言葉だった。なのに、美生さんは絶句をして、信じられないとでも言うような目を向けてくる。


「お願いですから、僕の話を少しでもいいので聞いてくれませんか」


「ええ、いや……」


「本当にお願いします。僕は、あなたに光を与えたいんです」


 そう言って、僕は頭を下げる。美生さんはしばらく無言でいたかと思うと、諦めたようにため息をついて。


「じゃあ、ちょっとだけね」


 と言ってくれた。話す前に拒絶されるかもしれないと思ったけど、一番懸念していたことを乗り越えてほっとする。


 とにかく、これで準備は全て整った。


 そして、僕は美生さんに淡々と『この世界』について解説をしていく。


『まず、宇宙の始まりについて。宇宙は約百三十七億年前のビッグバンで誕生したと考えられている。ビッグバンとは超高温、超高密度の状態で始まった大爆発のことで、これが原因で宇宙が誕生した。現代でも宇宙はビッグバンが起きていて、膨張を続けている』


『そして、この地球は四十六億年前に誕生し、生物が住める環境になった。詳細は別記』


『初めの生物が誕生した場所は、現代では海底だとされている。彼らの主な栄養素は水素や二酸化炭素だと言われており、冥王代の熱水噴出孔には彼らの主食となる水素がたくさん含まれていた。なお、生物学において、地球上の全ての生物の共通祖先のことをLukaという』


『ファイン・チューニング現象という言葉がある。これは、宇宙の物理法則や基本的な定数が、生命が存在できるような絶秒なバランスで設定されているように見えるという現象のことである』


『例えば、重力。重力が強すぎたら、宇宙はすぐ潰れる。が、弱すぎたら、星や銀河がそもそも形成されない』


『例えば、電磁力。電子と陽子の間の力がちょっとでもズレたら、原子が安定しない。そしたら、化学反応も生命もない』


『例えば、宇宙膨張率。ビッグバン直後の膨張スピードが速すぎたら、物質がバラバラになって星が出来ない。遅すぎたら、すぐ重力で縮む』


『物理学者の計算だと、これらの定数が「生命に優しい値」になる確率は宝くじを百回連続で当てるレベルで低い。故にこんな生命が生きやすい環境が出来上がるのは偶然じゃ無理、設計者が居るに違いないという考えがファイン・チューニング現象の核心』


『マルチバース仮説、というものがある。宇宙が一つではなく、無数に存在するという考え方で、たまたまこの宇宙が生命にぴったりな設定だったというもの。この理屈なら、ファイン・チューニング現象の理屈をひっくり返せる。まぁ、実験で確かめるのは不可能なので、信じるか信じないか見たいな話になるが……』


『次に、目的論的議論というものがある。自然界の秩序、複雑さ、目的らしさを観察し、これらが偶然ではなく知的な設計によるものだという主張である。実証ができないため、信仰や推測に依存することしかないのが、この論の弱い所である』


「だけど、僕等はすでに特別な経験をしている。二人きりの世界に閉じ込められて、なのにスーパーやコンビニで商品は切り替わったりして……生活は困ることが無いように仕組まれている。これって誰の仕業なんだと考えたら、もうそんなの神様や僕らより賢い上位存在に違いない。つまり、これは壮大な実験なんです。きっと、神様がこれからの地球をより良くするための実験。この広大な地球に二人きりにしたとき、人類はどんな行動を取るのかという。いや、こうなってほしいという意思のある実験なのかもしれない。僕ら二人だけでも生活を継続させることが出来るという。そして、子孫を繁栄させて、未来を切り開いて行け……」


 この時の自分は、まるで身体の中にイエスを宿したように言葉を使えた。言うべき言葉、届けるべき言葉がすらすらと脳内をなぞって口から飛び出すように。彼女にも、信仰を届けさせるための言葉。彼女がこれから、希望を持って生きていける為の言葉。


 なのに、彼女は苦み切った顔で「あのさ!」と突然話を遮ってきた。


「この話、なんなの?」


「えっ……神様が今僕らを見て下さっているという話ですけど」


「阿保くさい」


「えっ……」


「阿保くさいって言ってるの。始めから何言ってるのかよく分からなかったし。目をキラキラ輝かせて、ママみたいだったよ。後半なんて、全部葡萄の推測でしか無いし」


「ちゃんと聞いてないからそんな反応になるんです。じゃあ、もう一度説明しなおしますね。まず、宇宙の誕生は……」


「いや、本当にもうお腹いっぱいだから……。というかさ、こんな話を聞いて何になるの? 葡萄にお父さんみたいな小説家としての才能があることは分かったよ。でもさ、こんなの全部葡萄の空想でしかないよね?」


「でも、根拠が……」


「……じゃあ、神様が私たちを閉じ込めたってことでもいいよ。でも、これが実験で私たちがそれに付き合わされたとして、だから何?」


「だから何って。神様が望んでいることをすれば、この実験から解放されるかも」


「本当に何言ってるの? じゃあ、葡萄が言う神様の求めていることって何?」


「こんな世界でもちゃんと生活していけるって証明すること。そして、男女二人でこの世界に来たってことは、きっと繁殖も……」


「きも……」


「えっ……」


「あのさ、本当に目を覚まして。ゲームみたいに目的がどこかに書いてあるわけじゃないんだよ? 確かに、今私達の身に起こっていることは摩訶不思議だけど、それを全部神様のせいにしたって、そんなの現実逃避してるだけじゃん!」


「なに、いつもみたいにヒステリー起こしてるんですか。理性的に話しましょうよ」


「……もう、やだ」


「え?」


「……」


「話を続けますね」


「……もうやめて」


「なんでですか。僕は美生さんの幸せの為にやっているのに」


「自分が信じたいこと、押し付けてるだけでしょ」


「正しいことを美生さんにも理解して、希望を持ってほしいだけです」


「……希望って何? 葡萄もママも、大して変わらなかったってこと?」


「あんな馬鹿と一緒にしないでください! 僕が説いているのは、あんな都合の良い神様なんかじゃない! もっと精巧で信じる価値のあるような……」


「一緒だよ。どっちも、自分が正しいと思いたいばかりで、私の気持ちなんて一ミリも考えていない」


「そんなわけ……」


「ねぇ、葡萄。さっきまで気持ちよかったでしょ。まるで、教祖みたいに自分の思想をぶちまけて、よがって。そういう時って、みんな同じ顔するんだよ。目をキラキラ輝かせて、エクスタシーに酔ってるみたいなさ。


 というか、会ったこともないママのこと、馬鹿にするのはやめて」


「……」


「あのね。神様なんて、信仰なんて、所詮趣味だよ。だから、私は信じたいなら信じればいいと思う。私は宗教を否定なんかしない。事実、今の葡萄みたいに、それに救われる人も居るだろうからね。

 だけど、私にとって宗教は、普通の何倍もする水や変なお札買ったり、施設に連れ回して強引にお祈りさせたり、神様を否定したら虐待されたりすることなの。そんなもの、信じる自由があるなら、信じない自由もあると思わない?」


「それは……」


「ねぇ、お願いだから、どうかこれ以上ママみたいなこと、言わないで」


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