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話したいことを全て言い終えた美生さんは、すやすやとまるで全ての不安を忘れたみたいに眠っている。穏やかな寝顔だ。きっと、今だけは心の中の激情も、息を潜めているに違いない。
それから僕はベッドから立ち上がり、自室で好きな音楽をかける。そして、椅子にもたれ掛かりながら、さっき話していた彼女の半生を思い出してみる。壮絶、とまでは言わない。それでも同情はしてしまう。僕の家庭はとても恵まれているんだと実感するぐらいには。
彼女のことを、神様で救うのは無理かもしれない。
思わず、そんな風に弱気にさせられる。思い返してみても、美生さんは神様にどこか否定的だった。その理由が母親にあったことはさすがに予想外だったけど……。
……まさか、美生さんの家に訪れた時に渡された水が、宗教団体のものだったなんて。
父親が浮気をして家を出ていって、母親は荒れて鬱病になって、変な宗教にのめり込むようになり……。ドラマや映画ではよくある不幸、なのかもしれない。だけど、当時中学生でそんな経験をして、自分なら歪まないかと言われたら、そんな自信はない。
だけどそんな彼女を、真夜中のブルースカイという存在は救っていた。
『アイドルは、凄いんだよ。こんな私のことでも、たくさんのファンが応援してくれる。私は可愛いけど、それ以外なんにもない。そんな私にも、希望を与えてくれる』
『アイドルは、演じることが何よりも大事だから。自分という存在を、魅力的な自分の理想に投射するみたいな』
『どんな人間になれば愛されるに相応しいか、どんな人間になれば頭を撫でられるに相応しいか。アイドルだった頃は、アイドルとしてそれを演じれば良かった。私生活でも、私はそれを演じていた』
『つまり、私は本来の私を消し去りたかったんだ。アイドルとしての私だけが在れば良かった。アイドルの時、私は私とは違う人間になれた』
『だってさ、本来の私は母親にすら必要とされなかったんだ。あの人にとって、私は宗教以下の下らない何かだった。実在しない神様に負けるぐらい、価値のない何か。でも、アイドルの私は紛れもなく必要とされていた。愛されていた』
『だから、リストカットだって我慢してたんだ。気持ちがぐちゃぐちゃになる夜なんて、いくつもあった。でもアイドルの手首がぐちゃぐちゃなんて、相応しくないから』
『だけど、真夜中のブルースカイはもうすぐ解散する。残ったのは、ママのお腹から生まれた、ママと血が繋がった、ママに似た私』
どうすれば、そんな彼女を僕は救えるのだろう。彼女はきっと痛みを求めている。そこに自己の価値を投影しているから。
なら、どうしたらその価値観を崩せるのだろう。
自分がもっと彼女を愛してあげたらいいのか。でも、愛せたとして、どうやってそれを受け入れさせればいい?
『そんなの、答えなんて決まってるじゃん』
また、声がする。△△の、落ち着いた優しい声。
『君は今まで誰に救われてきたの? 何を信仰しているおかげで、正気を保てているの?』
つまり、それは美生さんにも神を信仰させろと言っているのだろうか。だけど、あの美生さんが神様なんて信じるか……?
その考えを嘲笑うように、△△は続ける。
『ねぇ、葡萄。葡萄が考えた神様は、あの馬鹿な母親が信じてた神様と同じぐらいのレベルのものなの?』
『違うよね。だって、葡萄は実際に今、神の意志によってそれを体験しているんだから』
『君は、真摯にこの世界について調べて、この世界が誰によって作られたかを考察した。ノートを手に取ってごらんよ。君の努力の証を』
『これを読んで、美生さんが神様を信じないと思う?』
そんなわけがない。何を馬鹿なことを僕は今まで考えていたのだろう。美生さんの母親が信仰していたものと、僕が今緻密に描いている神論は全く出来が違う。
なら、大丈夫だ。明日、美生さんにこのノートを見せて、彼女の新しい信仰の礎にしよう。
僕は誓う。もうすぐ僕が、あなたの祖になる。そして、絶望の淵から、救い出してあげる。




