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そうして、弱っている間に光を与えようとも思っていた。
だけど、美生さんは強かった。僕が思っていた何倍も。
だって、三日経ったらベッドから起き上がって、リビングで朝食を作っていたのだから。
「おはよ、葡萄」
「……おはようございます、美生さん。料理、変わりますよ。まだ、体調良くないでしょ」
「もう大丈夫だよ。十分寝たし。それより、色々迷惑かけてごめんね」
「いや全然……」
「もう少しで出来上がるから、顔洗ってきなよ」
そうクマのできた目で、美生さんは作り笑いを浮かべる。だから、ひとまず「……はい」と頷いて洗面所に向かいながら、その強がりにどう対応すれば良いか迷っていた。
そして、顔を洗ってリビングに戻ると、すでに朝食がテーブルの上に置かれていた。スクランブルエッグとトーストに珈琲。トーストにはピーナッツバターが塗られている。僕のお気に入りのジャム。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます」
丁度いい焼き加減のトーストに、味付けのしっかりしたスクランブルエッグ。初めての頃からすると、大分上達したなんて上から目線で思いながら。
「美味しいです」
「それは良かった。ちょっと塩入れすぎたかなとも思ったけど」
「ちょうどいいです」
「そっか、ならよかった」
そう美生さんはまた、曖昧に笑みを作成する。職業柄、彼女はきっとそれに慣れている。
だけど、たった三日間で平然と振舞えるぐらいには精神も回復したのだ。もしかしたら、彼女には光なんて無くても大丈夫なのかもしれない。それなら、別にそれでいい。信仰は決して、押し付けるものではない。
それから、数秒の間が開いた。キッチンの換気扇の音だけが、リビングを包む。美生さんは何も言わず、もぐもぐとトーストを食べている。何か言葉を掛けるべきか、少し悩む。
「今日は、走りに行ったりしますか?」
「……んー、どうしようか。三日間動いてなかったから、ちょっと鈍ってそうでやだな」
「外、暑いですしね」
「うん。それに、もう頑張る意味も無いし」
「……それは」
「でも、走れば気分転換になるかもしれないし、ジムには行こうかな。葡萄も来る?」
「うーん……」
「一人だと、壊れてしまいそうと言ったら?」
「行きます」
「おっけ。じゃあ、後で車出して」
どんな誘い文句だ。だけど、今の状態が一過性の躁状態で動けてるだけだとしたら、とてもじゃないけど一人にはできない。食事を食べ終えた彼女が、錠剤を取り出してそれを飲み込む。だから、向かうのは午後だろう。錠剤を飲んだ後は、副作用でぼんやりするらしいから。
それから、うとうとし始めた美生さんを横目に、僕は真夜中のブルースカイについて色々調べた。解散ツイートの返信は出来ないようにされており、ファンの声は引用リツイートやアイドルグループ名で探すしかない。調べてみると、色々なファンの悲しみの声があった。推しのアイドルの今後を心配する声もあった。所属しているアイドルのSNSも眺めてみる。
『グループの皆とは離れ離れになっちゃうけど、これからも私は夢に向かって羽ばたいていきますので応援よろしくお願いします!! お別れライブ、是非とも来てください!』
『最初に、かなしいお知らせをしてしまいごめんなさい。それでも、みんなで決めた前向きな決断です! 言いたいこといっぱいある! だから最後、会いに来てね!』
等々……。美生さんの親友の大町唯だけは『言いたいことは色々ありますが(勿論いい意味で)それは最終日まで取っておきたいと思います』とだけ書いていた。でも、彼女たちの言葉にネガティブなものは一つとして無く、前向きな決断という体で発信をしていた。見た感じ、メンバー内で亀裂だとか、裏で誰かがやからしたとかが無くて安心する。まぁ、僕が見ているのは表面だけで、実際がどうかなんて分からないが。
そして、ジムで汗を流したあと、美生さんにタオルを渡したついでに尋ねてみた。
「心、少しは落ち着きましたか?」
美生さんは宝石のように綺麗な瞳をパチパチとさせ、フフッと笑った。
「まぁ、多少はね。身体を動かすと、余計なことを考えないでいいから」
「真夜中のブルースカイのことは、大丈夫ですか?」
「……まぁ、本音を言えば今でも思うところはあるよ。私が帰ってくるまでグループを守ってくれると信じてたし、言ってたことと違うじゃん!って裏切られた気持ちもある」
「……」
「だけど、あの子達の人生は、私のものではない。それに、もはや私は、あの子達にとっての何者でもない。観客にしかなれないんだ、映画と一緒で。
だから、あの子達がその選択を後悔してなければいい。これからも後悔しなければ良いなって」
「……大人ですね」
「愛しているんだよ、みんなのこと。だから、皆がその決断を選んだんなら、私もそれを尊重したいなって」
そして、美生さんの瞳から、涙がぽろぽろとこぼれる。それを押さえ込もうと右手でごしごしと目を擦るものだから、更にアイシャドウが滲んでいた。
だけど、美しいなと思った。ぼろぼろの心で、嗚咽を漏らしながら泣く彼女を見て、綺麗だなんておかしいだろうか。それでも、あの言葉達は彼女が名前通りの人生を送ってきたから、出てきた言葉だと思った。
この神様の試練が、彼女と共にで良かった。美しい心を持って生まれた、彼女と一緒で。




