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リビングのテレビでは、『地球誕生の秘密』という内容の番組が流れている。美生さんは猛暑日にも関わらずジムでトレーニングに向かったから、ソファーには今一人きりだ。僕は以前神について考察を書いたノートを広げながら、その番組の続きを聞く。
『ワシたちが暮らす、地球。それは四十六億年前に出来たと言われているが、その根拠とは実は隕石なのじゃ。地球に存在する最も古い物質は飛来してきた隕石とされており、その隕石が四十六億年前のものと解明されているため……』
ほへぇ、と思いながら僕はメモを取る。要するに、本当に四十六億年前に地球が誕生したのかどうかの確証はないということらしい。上野博物館では堂々と地球の誕生は四十六億年前! と述べられていたのに……。
ただ、それぐらい地球の起源についてはよく分かっていないのだろう。地動説や重力のように、全てが暴かれた現象とは全く別なのだ。二千年以上の歴史が人間にはあるのに、解明されずにいるものはまだ沢山ある。深海とか、暗黒物質とか。
……まぁ、とにかく地球は誕生して、今も僕らを抱えながら回っている。番組は続き、次は水についての解説に入った。スノーライン、太陽系には火星と木星の間に境界があり、その外側(木星側)には氷が山ほど存在する。しかし、スノーラインの内側には氷は作られない。地球はスノーラインの内側に存在する。つまり、本来地球には水が存在しなかったらしい。
『なのに、どうして地球に水が存在するのか……。それはスノーラインの外側から飛ばされた小惑星が、地球に取り込まれたからなのじゃ!』
『どういう意味ですか、博士!』
『すごいざっくり言うと、水分を含んだ隕石が地球に取り込まれた結果、というわけじゃ』
『なるほど……』
『というのが、今多くの科学者が考えてる説じゃな』
要するにこれも確証はないらしい……。地球についてはまだまだ不思議いっぱいだ。
『でも博士、多くの小惑星が衝突したのって地球だけなんですか? 例えば、近くにある火星とか他の惑星だって……』
『とってもいい質問じゃ! 例えば、スノーラインの内側にある金星も火星も同じ。なのに、どうして地球だけに海が出来たのか。その理由はマグマ・オーシャンがどれぐらいゆっくり冷えて固まったかによるのじゃよ』
『まぐま、おーしゃん?』と少年が尋ねる。僕も同じ気持ちだった。
『説明してなかったか。マグマ・オーシャンとは、原始惑星同士が衝突した際の莫大な熱エネルギー、それと原始大気の温室効果により出来上がったものじゃ。まぁ、地球の円形が全てマグマで覆いつくされているところを想像したら分かりやすい。マグマの海が地球を覆い尽くして、それが冷えて固まった。それが地球の最初の姿なのじゃな』
つまり、博士曰く今の地球の地面はマグマが固まってできたもの、ということらしい……。時々番組を止めながら、メモを整理してノートに書き込む。
『金星で海が出来なかったのに、地球には海が出来た理由、そこで重要視されるのは距離じゃ。太陽との距離が近かった金星は表面のマグマが固まる時間が長かったのじゃ。その間、大気中の水蒸気が少しずつ失われていって、海が出来る前にからからになってしまったということじゃな』
……なるほど。多分だいたい理解できた。なお、番組の尺か火星に海が存在しない理由は説明してくれなかった。おい、と言いたい。
その後はプレートとかどうのこうのの説明が始まり、興味も無かったのであまりちゃんと見なかった。そして最後、博士がまとめを話し出す。
『どうだったかの、少年。地球はまだ分からないことが数多くある。それはつまりまだ世の中にはたくさんの神秘が残されてるということなのじゃ』
『僕も将来、そういうのを調べる職業に就くのも面白いかも!』
『そう言ってくれると嬉しいのう。最後に一つ、地球という惑星が生またこと、そして生物が住める環境になったことは、太陽との距離など様々な偶然な要因によってなのじゃ。少年がワシと一緒にこうやって地球について学んでいることも、少年に偶然にも科学に興味があった、そういう教育や環境を授かってきたから故なのじゃ。偶然に地球と太陽の距離がもっと離れていたら、少年が科学に興味が無かったら、我々が出会うことも無かったのじゃ。
少年、地球は『奇跡の星』とも呼ばれておる。それは、様々な奇跡とも評せる偶然の積み重ねによって、地球が出来上がり、我々人類が住める環境になったからなのじゃ』
様々な偶然……ねぇ。その偶然の積み重ねが、本当に奇跡の積み重ねなのか、四十六億年という途方もない、永遠にも似た月日の連続からしてみたら十分あり得ることだったのか、けれども。
果たして、それは奇跡で済ませて良い代物なのだろうか。
美生さんは言う。『神様なんていないよ』と。けれど、この地球が作られた経緯も、僕らが今巻き込まれている現象も、この星にある重力も、食物が腐らないようになっているこの世界の仕組みも。
きっと、奇跡で済ませていい代物なんかではない。誰かが見守ってくださってる。なら、誰が?
そう、思わず考え込んでしまった。気づいたら番組が終わっていて、僕は気を紛らわせるために時計の針を見る。もうすぐ十七時半になろうとしている。
……美生さん、少し遅いな。いつもなら、とっくに帰っている時間である。もしや事故った? それとも熱中症?
……まぁ、心配しすぎでも仕方がない。先に料理でも作って待っているかと、落ち着かない心のまま立ち上がる。すると、外から車のエンジン音が聞こえてきた。最近は美生さんも運転を覚えて、色々な所に乗り回しているのだ。
どうやら心配は杞憂だったらしい。僕はほっとしながら玄関の方へ向かう。お帰りのハグをしないと機嫌が悪くなるのは、ちょっと面倒くさい。
だけど、家の中に入ってきた美生さんの表情はどこか浮かなかった。
「なんか、真夜中のブルースカイ公式がさ、『ファンの皆様へ、十九時に大切なお知らせがあります』ってツイートしてて、それが気になっちゃってさ」
「新規ライブのお知らせじゃないですか?」
「いや、ただのライブのお知らせでそんなの出さないよ」
「じゃあ、ツアーとか。あとはまたワンマンが決まったとか」
「いや、ツアーはないかなぁ。一月前のワンマンだって、新アルバムのツアーの最終公演だし」
「……まぁ、気にしすぎても仕方ありませんよ。風呂、沸かしたので入ったらどうですか? 僕、その間ご飯でも作ってますので」
「……分かった、ありがとう。葡萄」
そう浮かない顔のまま、美生さんは着替えを取りに二階へ上がっていった。
そして、十九時。真夜中のブルースカイ公式アカウントに一件のツイートが投稿された。
タイトルには、大切なお知らせとある。美生さんが真っ青な顔になって、スマホの画面を僕に見せつけてくる。何も言えなかった。言うべき台詞も、浮かばなかった。
『メンバー間で協議を重ねたものの、真夜中のブルースカイとして表現したいことはやりつくしたという結論に至り、真夜中のブルースカイは九月一日のライブをもって解散することになりました』
そして、美生さんは食べていた夕食を吐いた。




