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 それから、美術館巡りを一通り終えて、ご飯を適当に食べて宿に着いた。


 そして、僕は今温泉に入ってる。


 硫黄の香りが少しする、水色のような湯。自然に囲まれた景色を眺めながら、僕は湯気が立っているその湯船に浸かる。瞬間、疲れが舌に入れた飴玉のように溶けていった。気持ちよさで思わず弛緩してしまう。これを独り占めなんて許されていいのか……?


 至福の時間だと、肩まで浸かりながら湯船を堪能する。あとでサウナにも入るか……などと極限まで風呂を堪能して部屋に戻ると。


 すでに戻っていた美生さんが「ずいぶん長かったね」と棘のある口調で言ってきた。


「サウナとか入ってたもんで」


「だとしても長いよ」


「すいません……」


「まぁいいや。それよりも早くケーキ食べようよ。私、ずっと待っていたんだから」


 そう言いながら彼女は、すでに冷蔵庫までハイハイをしながら近づいていた。さすが女子、甘いものに目が無い。


 そして、わざわざ家から持ってきた皿の上にそれを載せて(そうしないと写真映えしないと美生さんが喚いた)、テーブルの上に置く。


「……これ、全部食べられます?」


「まぁ、食べ切れなかったら明日だね」


 目の前に置かれているのはずいぶんと立派なホールケーキ。そのデカさはなんと六号。さっき調べたら五・六人で食べるぐらいの大きさらしい。アホなの? 僕は止めたよ?


「というか、デカすぎて皿からはみ出てるんですけど……」


「それもまぁ、味だよね」


 んなわけあるか。


 そして、蝋燭を刺しライターで火をつける。そして、電気を消した。蠟燭の明かりだけが部屋の周りを照らす。


「……じゃあ、始めるね。ハッピーバースデートゥーユー……」


 そして、異常なほどに歌唱力のあるハッピーバースデ―の曲が響き渡る。歌い終わった後に拍手が聞こえて、それを合図に僕は蝋燭に息を吹きかける。


 部屋に暗闇が訪れた。そして、美生さんが明かりをつける。


「誕生日おめでとう、葡萄」


「ありがとうございます。本当は元の世界で誕生日迎えたかったんですけど」


「それは言わない約束だよ。ついに、私と同い年だね」


「ですね……」


「とりあえず、食べよ。私よそってあげる」


 そう言って、美生さんは包丁を手にしてそれを切り分けていく。


「はい。本当は、チョコに名前とか入れてほしかったんだけどね」


「ありがとうございます。気持ちだけ受け取っておきます」


「じゃあ、食べようか。美味しいといいんだけど」


 わざわざ、箱根の有名なケーキ屋さんを探して持ってきたケーキだ。評価も高かったし、不味いことはないだろうと思いながら口に入れる。


「んまっ!」


「……美味しいですね」


 思わず、舌鼓を打った。ほど良い甘さで、口内でクリームが溶けていく。スポンジも柔らかく、上に乗っかっている苺も酸味があっておいしい。


「ところで、美生さんの誕生日っていつなんですか?」


「え!? 嘘でしょ、覚えてないの!?」


「というか、教わってないです」


「それもそう……。いや、私アイドルなんだからそれは言い訳だよ。調べたらすぐ分かるじゃん」


「……ええ」そんな横暴な、という言葉は飲み込む。というか今のこの世界だと、ネットで調べても美生さんの名前は出てこないだろ。ヘラると面倒だから言わんけど……。


「良かったね、まだ誕生日を迎える前で。迎えてたら大激怒だったよ」


「美生さん、そういうの結構気にする感じなんですね」


「皆気にするでしょ……」


「誕プレ、何欲しいとかあります?」


「うーん、結婚指輪とか?」


「……覚悟、決めときますね」


 それから誕生日を聞いて、僕はスマホのアプリで記録をする。


 それから、なんとかある程度までケーキを食べて(残ったものは冷蔵庫にしまって)美生さんがピルカッターから取り出した錠剤を飲み込むのを見届けた。


 それは心を落ち着かせる薬。いわゆる精神薬だ。医者のいないこの世界だと、過剰摂取にならないように服用する量など全てこちらが考えないといけないから、結構難しい選択ではあった。


 それでも、服用していない時と比べたら、大分メンタルは落ち着いてきた。夜泣きも減ったし、風呂の時間も大幅に減った。効果は大きい。問題の先延ばしでしかないことを考えなければ、だけど。


 それから歯を磨いて、僕らはいつもの儀式を始める。余談だけど、自分の家以外で彼女と行為に及ぶのは初めてだった。


 そして終わった後、一緒に布団に包まりながら会話をする。傍にある体温、とろけたような笑顔で、彼女の指が僕の頬に触れる。くすぐったいと思った。


「葡萄」


「なんですか」


「あいしてる」


「……」


「そんな呆気取られたような顔して、どうしたの?」


「何気に愛してるって言われての、初めてだったなって」


 あと、そんなに見つめられてその言葉を吐かれると、破壊力がすごかった。美生さんは世界一可愛いから、女神に言われていると勘違いしそうになる。


「それで、そんな呆けた顔になるの、かわいい。もう一回言ってあげよっか」


「お願いします」


「分かった。あいしてる」


「僕も愛してます。美生さん」


「今更、そんな決め顔で言われても……」


 そう、ふふっと笑みをこぼして美生さんは指を絡めてくるから、それに応える。それは、貝殻繋ぎとも言うらしい。


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