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やはり道中もライブハウスの中も、誰一人いなかった。
僕ら以外誰一人としていないファミリーレストランで、明るいBGMが空虚に鳴る。落ち着かないから、学生鞄に付いているタコのキーホルダーに触る。他のテーブルを見渡すと、料理が置かれたままのところも数多くあり、瞬間的に人が消失したような不気味さがあった。
その視線の先、無言のまま嵯峨さんがちゅうちゅうとメロンソーダを啜っている。格好はアイドル衣装のままで、店内の雰囲気とは明らかに不釣り合いだなと、どうでもいいことを思う。そして、ため息をつく。
いよいよ、本格的にどうしようもない事態になった。ライブハウスもショッピングモールもゲームセンターにも誰も居ない。まるで、僕らだけがこの世界に取り残されたようだ。普段なら大量のお客さんで賑わっている店内が、今はもぬけの殻。その異常な光景に、狐につままれたような気分になる。
黙り込んでずっと俯いたままの嵯峨さんと相対し続けるのも気まずいから、僕はまたスマホを開いてLINEを起動した。が、コンビニからの新メニューのお知らせが一通届いているだけで、知り合いからは何の音沙汰もない。普段はすぐ返信をしてくれる友達や彼女も全く反応が無く、クラスLINEの方にも連絡したけど、それも効果なし。
そして、ツイッター、インスタグラムも駄目だった。フォローしている人やフォロワーたちのツイートは流れてくる。〇〇へ行ったとか、新作のMVが出たとか。中には、数秒前に投稿されたものもある。フォロワーの一人は僕と同じライブに足を運んでいて、その人にはDMを送ったけど返信は来ない。この感じだと、届いているかも怪しい。
「……事態を整理しよう」
すると、さっきまでずっとコップと見つめ合っていた嵯峨さんが、ポツリと言った。
「……整理って、例えば?」
「今起こってることを、だよ。今私たちの周りには誰も居ない。だけど、ツイッターとかを見た限りだと、世界は正常に動いている。少なからず、世界に誰も居なくなったなんてことを呟いている人は私たち以外誰も居ない」
「はい」
「私もさっきツイートしてみたけど、反応は全くない。でさ、葡萄くんはtiktokってやってる?」
「いや、やってないです」
「そう、ま、それはいいんだけど。さっきそのアプリを起動したとき、私がフォローしている他のアイドルが生放送してたんだ」
「……ということは、つまり!」
「いや……私がそれにどれほどコメントしても、彼女からの返信はなかった。他の、全く知らない人にも試してみたけど、効果はない」
「……」
「それに、さっきユーチュブの方でも、視聴者数ゼロの配信に参加してみたりもしたんだけど、私がその配信を見ても視聴人数にはカウントされてなかった」
「な、なるほど……」
システム的に、そんなことあり得るのか……? だけど、僕も動画アプリにログインして試してみたが、彼女の言葉通りの事態が起きた。荒らしと呼べそうなぐらいコメントを連投しても、誰にも相手にされない。
「……もしかして、この世界にはもう私達しかいないのかな」
「……そうかもしれないですね」
「もしくは、別の世界軸に私達だけが移動しちゃったとか……」
かもしれない、とは思う。思うけど、今この状況について考察を述べ続けたところで、事態が好転するとも思えなかった。
だから、現在の状況を確認するためにも、僕は一つ嵯峨さんに提案をしてみる。
「……ひとまず、違う場所に行ってみませんか」
「違う場所って、東京以外ってこと?」
「東京以外というか、渋谷以外というか……。このあたりだけが誰も居ない可能性もあるのかなって。僕、地元赤羽なんですけど、そっちの方はどうなのかなって」
「へぇ、葡萄くん赤羽なんだ」
「嵯峨さんは……ってこれ、聞いていい質問ですか?」
「いいよ別に。私は川崎の方。川崎大師駅ってところ。平間寺っていう有名なお寺があるんだけど、知ってる?」
「いや、知らないです。有名ですか?」
「有名。地元なら知らない人はまずいないかな。大晦日とか、滅茶苦茶混むんだよ。今度連れてってあげる」
「……それはどうも」
「でも、確かにそうだね。川崎の方ならもしかしたら……。でも、どうやって帰ろう」
「どうやってって、電車があるじゃないですか」
「……いや、動いてる? 人、誰も居ないんだよ?」
「……それは、確かに」
というか、間違いなく動いていないだろう。運転してくれる人が居ないのに、車両が動くわけもない。
「……徒歩、ってわけにもいかないよね」
「……今調べたら、一応自転車なら一時間半で帰れるらしいですよ」
「頑張れば行ける距離ではあるね……」
「ちなみに赤羽までは一時間十分……」
「アリだね」
「アリですね」
使うか、レンタルチャリ……。というより、それしか手がないとも言える。
「あとはまぁ、誰も居ないんだったら車を運転してみるとか……」
「駄目だよ、無免許運転は」
「でも、ゲームで鍛えた腕が」
「それって何のゲーム?」
「マリオカートです」
「……それって、大丈夫なの?」
「ブレーキの要らないレーシングゲームですね」
「駄目じゃん!」
綺麗な突っ込みが決まった。どうやら、僕等にも少し余裕というものが生まれて来たらしい。
それを自覚したからか、つい腹の音が鳴る。
「お腹空いてるの?」
「……はい」
「実は私もなんだよね。何か注文……って言うのは変だけど、厨房に上がらせてもらおうか」
「えっ、大丈夫ですか」
「お金をちゃんと払えば大丈夫じゃないかな。ピザとかドリアならレンチンするだけでしょ? サラダとかは分からないけど。というか、もうドリンクバー勝手に使ってるし、今更じゃない?」
まぁ、それもそうかと思う。それにもし勝手に厨房に入って逮捕されたとしても、この状況を乗り越えられるならそっちの方がマシだ。
そして、僕等は勝手に料理をして、各々食べたいものを食べる。彼女は小エビのサラダにたらこのスパゲッティ。僕はマルゲリータにチーズたっぷりドリア。
それをもぐもぐと食べる僕を見て。
「太りそう……」
なんて言ってた彼女の言葉は、聞かなかったことにした。




