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その後、近場のスーパーのフードコードで昼食を取り、また車の中に戻った。車内に流れるのは、ラジオのニュース。高速道路の渋滞についてとかの話ばかりで、興味はない。
単純な直線の道が続くから、ちらとカーナビを見る。美生さんの高校まで大体あと十キロ程度。ずっと道なりだ。思わず気が抜けて欠伸が出る。
「眠たいのは仕方ないかもだけど、事故らないでよ」
「大丈夫です、他に車も居ないので」
そう返事をしながら、僕は平然と目の前の信号を無視した。美生さんの何か言いたげな顔がぼんやり見えたが、気にしないことにする。
「葡萄くんって、意外とやんちゃだよね……」
「いや、別にそんなことないですよ……」
「今だって堂々と信号無視してるし……。速度も大分オーバーしてるでしょ」
「あっ、本当だ……」
「君ねぇ……」
と言われても、こんな状況で法定速度など気にしたって仕方ない。超過速度を取り締まる人間だって居ないわけだし。
「というか、美生さんは運転しないんですか? 意外と簡単ですよ」
「気が向いたらね……。事故起こしたら怖いし」
「やってみると結構楽しいですよ。それに、無免許ですから運転なんて今しか出来ませんし」
「やっぱり、やんちゃだ……」
美生さんの呆れ声を聞き流しながら、カーブに合わせてハンドルを回す。高校までの距離は、まだ結構ある。さっきの奇跡で浮かれているからか、気が付くとまたオーバースピードになっていた。調子に乗っていると足元を掬われるぞと、自分に警告する。減速する。
「でも、学校に行くのも久々だなぁ。五日ぶり?」
「ですね。ところで、美生さんの高校ってどんな感じなんですか?」
「……うーん、どんな感じと言われてもなぁ。特に何の変哲もない公立高校だよ。偏差値もさして高くないし、進学校でも無いし。校舎も古いし、学食は美味しくないし……。バス使わないとアクセス悪いし……」
「ええ……」
「でも、自販機でジュースは百円で買える」
「それ、僕の学校でも同じです……」
「じゃあ、勝てるとこ一個もないかも」
そう美生さんはけらけらと笑いながら答える。この様子を見るに、あんまり母校に愛着は無さそうだ。カーナビが『目的地まで道なりです』と告げる。
「あぁ、でも一つだけ通って良かったことはあったな」
「なんですか?」
「出会いがあったんだよ。運命の出会いが」
「え……」
思わず驚きの声が漏れて、運転中なのを忘れてまじまじと美生さんを見そうになる。もしかして恋人が居たのか? アイドルなのに?
「……勘違いしているかもしれないけど、別に付き合ってる異性の、とかじゃないよ。葡萄くんじゃないんだから」
「そ、そうですか」
そう聞いて、理由は分からないけどほっとした。でも、それなら運命の出会いとは、一体……?
「ヒントは、その運命の出会いは女の子です」
「……美生さんってレズビアンだったんですか?」
「……違います。恋愛から離れろ」
「じゃあ、アイドルに誘ってくれた人が居た、とか?」
「……まぁ、ほぼ正解かな。唯って子と同じクラスになったんだよ」
「あぁ、さっきの曲でもその名前出ましたね」
「そうそう、文学少女、メガネっ子ってやつ」
……それをそのまま歌詞にするセンスは些かどうかと思うけど、言わないでおく。
「まぁ、正確には彼女に誘われたわけじゃないんだけど……。一緒に渋谷で遊んでたらスカウトされてね。調べたら結構ちゃんとした事務所で、なら、やってみようと言われてさ」
「へぇ……。友達同士で一緒になんて、凄い運命を感じますね」
「だね、初めて話した時からすごくピンと来たんだよ。とっても波長が合うなって。だから、仲良くなるのに全然時間はかからなかったな。頭もわたしと違ってすごく良いし」
「え? 美生さん、頭良さそうですけど」
「そう見えるとは良く言われるけどね……。私、模試の偏差値三十八だよ」
「ええ……」
「いや、私は受験しないから……。でも、唯は偏差値高いよ。大学も行くって話だし」
「どこ行く予定なんですか?」
「早稲田大学」
「……え、アイドル活動続けながら、ですか?」
「いや、さすがにそれは無理でしょ。八月以降は唯だけ活動休止して四人でやる予定」
「なるほど……」
そして、僕は運転しながら彼女のことを色々聞いた。とにかく本の虫で、彼女のTwitterは読書アカウントとしても人気があるらしい。そういえば唯さんは読書家で、彼女の勧めで美生さんも父さんの本も読んでいるとのことだったから、父さんは彼女に感謝した方が良い。
「で、葡萄くんは彼女さんとどんな風に付き合ったの?」
「え、僕も話すんですか……?」
「うん、私だけなんてずるいし。ほら、喋りなよ。私に黙ってた彼女のこと」
「何か根に持ってます……?」
「隠してたことはちょっとね」
「隠してたわけじゃ……」
まぁ、何となく言いたくなかったのは事実だが……。そう思いながら、僕は付き合っていた彼女のことをぽつぽつと話し出す。その口調が段々と流暢になっていったのは、きっとさっきの奇跡のせいだろう。
「……へぇ。そんな感じで好きになっちゃったんだ」
「まぁ、そんな感じです」
「顔写真とか無いの?」
「ありますよ。スマホの中に」
「……私とどっちが可愛い?」
「………………彼女です」
なんとかそう言い切った。美生さんはその端正な口元に笑みを浮かべて、「ふぅん」と漏らす。まるで魔女に心の内を見破られている気分だ。居心地が悪い。
だけど、その後に続く声は、いつも悠々としている美生さんらしくなかった。「これ、さっき言えれば良かったんだけど」そう告げる声はどこかよそよそしく、慎重な感じがする。それは、美生さんが初めて僕の家に来た時の「お邪魔します……」と声音が似ていた。
「さっきのキーホルダーって、あの子と一緒に買ったものなの?」
「はい、それは間違いないです。自分のバックに付いてるのと一緒なので」
「……それって、本当に?」
「……本当に、とは?」
「……いや、あれは本当に君と水族館デートで買った時のものなの?」
「……え」
そう問われた僕は間抜けに口をぽかんと開けて、固まった。彼女の言っていることの意味が分からない。いや、分かろうとしていないだけだ。だって、こんなにも動揺を隠せないのだから。このままじゃ事故を起こすなと直感して、路肩に駐車した。喧しいラジオも止めた。僕は深呼吸をして、心を落ち着かせようとする。
そして、尋ねる。
「……それ、どういう意味ですか?」
「さっき言った通りだよ。確かに、△△ちゃんだっけ……。その子のバッグにはあのキーホルダーが付いていた。だけど、それが君とのデートで買った確証なんてないわけじゃん」
「……そうですか?」
「そうじゃない? だって、葡萄くんの学校でも私の事務所のことでもいいけどさ、自分たちの家や私物以外で自己を証明するものは、一つとして無かった。なのに、そのキーホルダーだけが残ってるなんて、そんなのやっぱりおかしいよ」
「だからこそ、奇跡なんだと」
「ねぇ、葡萄くん。それはね、君がそう信じたいからそう信じているだけだよ。それなら、奇跡じゃないと仮定したらどうなる? 例えば、彼女に葡萄くんの代わりの彼氏が居たとする。彼氏じゃなくても友達と水族館に行ったとする。その時、一緒にそのタコのキーホルダーを買ったとしたら?」
「そ、それは」
「もちろん葡萄くんが言う通り、本当に奇跡が起きたのかもしれない。だけど、それを奇跡だと思わない方が、辻褄が合うし説明が付く」
「……」
「……ごめん、私も言うか迷ったんだけどね。でも、こういう状況だし、間違ってるなら間違ってるかもと言わないと」
「……いえ、大丈夫です。すいませんこちらこそ、馬鹿みたいに浮かれて……」
そう謝罪を口にしながら、心労で座席にもたれかかる。僕はさっきの奇跡の立証を何度も何度も頭の中で試みたけど、無駄だった。さっき言われたことがまた、頭に過る。『それはね、君がそう信じたいからそう信じているだけだよ』。
『そう信じたい』。その安直な快楽で、僕は間違った結論を出して恥を晒した。美生さんのおかげで我に返れた。確かに、言われてみれば僕が信仰していた奇跡は、穴だらけの奇跡でしかなかった。『そう思いたい』から生まれた紛い物。
「まぁでも、そう勘違いするほど彼女のことが好きだったと思えば、ね」
……この言葉は慰めなのだろうか。
そして、気分は落ち込んでいたけど運転を再開し、美生さんの高校に到着する。校内は、どこにでもある公立校といった様子で、昔通っていた中学校を彷彿とさせた。……悪い言い方をすれば、ちょっとぼろい。
そして、美生さんと職員室や教室など、彼女が在籍していた証拠をいくらか探してみたが、無駄だった。だけど、もはや今更とでも思っているのか、美生さんはどこか飄然としている。探し方もどこか雑だった。
「まぁ、仕方ないね。じゃあ、次、唯のクラス行こうか」
「あれ、同じクラスじゃなかったんですか?」
「一年の頃だけだよ。二年以降はあの子、特進クラス行っちゃったから」
そして、僕等は少し離れたG組の教室へ入る。……人の居ない教室は、大切なものが抜け落ちているみたいだと、また思う。美生さんは、その唯さんが座っているらしい席を調べている。
「あれ……?」
「ん、どうしました?」
「これ、唯の机じゃない……。どういうこと?」
「席替えとか、じゃないですか?」
「かもしれないけど……」
そして美生さんは、一つ一つ机の中を確認していった。だけど、唯さんの名前は見つけられなかった。
「……どういうこと? もしかして、私が居なくなったことで、唯が特進コースに進まなくなった、とか?」
「それは関係ないと思います……。というか、見落としがあったとかではなくて、ですか?」
「さすがに一人一人の机見たんだからそれはないでしょ」
「……ひとまず、生徒名簿を確認してみませんか。G組だけじゃなくて、他のクラスのも」
そして、僕等は職員室に戻った。そこで、僕等は各クラスの生徒名簿を見て、大町唯の名前を探す。しかし、どこを探しても見つからない。まるで、学校に在籍していないかのように、彼女の名前を見つけることはできなかった。
「……どういうこと? もしかして彼女も、私達みたいにこの訳の分からない世界に閉じ込められているってこと?」
「いや、それは無いです。さっきの歌でも普通に名前あったじゃないですか」
「それもそっか……。でも、なら、なんで名前が無いの?」
「……もしかして、もう学校に在籍してないとか?」
「……は?」
「……つまり、退学やら転校をして、もう学校に籍がない状態だとしたら。この状況にも説明が付けられると思うんです」




