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 そして、翌日。


 僕はまたアクセルを踏んでいた。昨日と違うのは、助手席で美生さんがポケモンの人形を抱きしめながら座っているところだ。父さんが何年も前に買ったヤドンの人形で、普段は後部座席でずっと誰かの運転を見守っていた。


「葡萄くんのお父さん、いい趣味してるね。家も裕福で、それに小説家だし……。ちょうだい?」


「あげませんよ……?」


「じゃあ代わりにこのヤドンをもらおうかな」


「そんなに気に入ったなら是非……」


 ヤドンもずっと後部座席に座っているよりも、誰かに抱かれていた方が有意義だろう。そう思いながら、右折し本日の目的地を目指す。カーナビからは、美生さんが自分で作成したプレイリストが流れていた。


「あ、これ。私たちの曲」


「ヘぇ、そうなんですね」


 そう感心したふりをした。美生さんは鼻歌を歌いながら、そのメロディーをなぞった。素直に上手いなと感心していたのに、彼女は急に歌うのをやめる。そのあと流れてきた歌声は、どこか子どもっぽい。

「ここ、本当は私が歌ってたんだよなぁ……。今は(りん)が歌ってるけど」


「リン……さんってのはメンバーですか?」


「うん。私と同い年。で、今は私の代わりにグループのリーダーやってる」


「そうなんですね……」


 一昨日のこともあり、微妙に触れにくい話題だ。それから曲はサビに入り、四人の歌声が重なる。ここに美生さんの歌声も加われば、もっと心に響くものになるのだろうか。


 そういえば、今までずっと一緒に居たのに、あまり彼女のアイドルグループについて尋ねたことはなかった。いい機会だと、聞いてみる。


「どんな人たちが居るんですか? 真夜中のブルースカイのメンバーって」


「どんな人たちって言われると難しいけど……。じゃあ、紹介ソングでも流そうかな。メンバー一人一人の自己紹介が入ってる曲」


「そんなのあるんですね……」


「あるよ~。……まぁ、私の名前は消えてたんだけど」


 だから触れにくいって。


 そして、前の曲よりさらにポップな曲調のものが流れた。普段聴いてる音楽とは真逆すぎて、なんだか異文化に触れているような気分になる。ヘンテコな歌詞にメンバーの名前。……はっきり言って音楽としては聴くに堪えない。飯尾(いいお)優花(ゆうか)、セクシービームとか、大町(おおまち)(ゆい)は文学少女メガネっ子等々……。まぁ、ファン用だと思えば許せるか……。


「ちなみに、美生さんはなんて紹介されてたんですか」


「クールビューティー。愛すべきリーダー」


「おお、的を得てる……」


「ふふっ、そうでしょ」


 そう美生さんは得意げに鼻を鳴らす。可愛いよりカッコいいと言われたいタイプなのかもしれない。

「本当だったら今日もダンススタジオでメンバーと練習してたんだろうなぁ」


「そういえば、今日朝走り込みしてましたもんね」


「日課だしね。ここ最近はバタバタしてて出来なかったけど。これから時間ある時はダンスの練習とかボイトレもしてくよ。鈍ってないといいんだけど」


「ストイックですね……」


「だって、いつ元の世界に戻るか分からないじゃん。それでいざ戻った時、リーダーの私が全くダメダメだったらって考えるとぞっとする。アイドルって、一種のスポーツみたいなもんだし」


「そうなんですか?」


「うん。踊り切る体力も居るし、余裕が無くても表情管理しないとだし。体重だって同じ。ちょっと増えただけで感覚とか全然変わっちゃうんだから。それに振り付けだって、なぞるだけじゃダメ。手の位置、ステップの幅とか、メンバーの立ち位置とか意識してかないと……。まぁ、今は個人レッスンしかできないけど」


「……大変なんですね」


「うん、だけどその分メンバーとタイミングよく踊れたり、ファンの人達に喜んでもらえたりした時は、凄く嬉しい。葡萄くんもバンドとかやってたなら一緒じゃないの? メンバーと一緒に演奏するなら」


「……すいません、僕あんまり意識してなかったです。完全に感覚でやってました……」


 ギター弾いて歌う時、自分が気持ちよくなることしか正直考えてなかった。もしかして、皆で演奏した音源にまとまりがないのって、それが理由だったり……?


 なんて、今更反省をしたところで何もかも遅い。この辺りが本気でやっているプロとアマチュアの違いなのだろう。意識の差。それをまじまじと見せつけられたせいか、どこか居心地が悪い。


 なんて話しているうちに、今日の目的地に着いた。


 母校の私立〇〇高校である。事故無く無事に辿り着いたことにほっとしながら、僕は車のドアを開けた。美生さんはどこか感嘆とした面立ちで僕の学び舎を見つめている。


「ここ、都内でも超有名な進学校じゃん」


「……まぁ、それなりに頭はいい方ですね」


「……葡萄くんって、めっちゃ頭良かったんだ」


 そう、目を大きく見開いて言われると、さすがに照れる。そうなんです、僕めっちゃ頭いいんですよ……。


 なんて自慢げに返せるわけも無く、「まぁ、高校では全然中の下なので……」と変な謙遜をしながら校舎の中に入る。学校に来た目的は、僕らが在籍していた証拠がないかを探すためだ。決して遊びに来たわけではない。


 なのに、彼女はまるで文化祭にでも来たようにウキウキな様子で学校内を歩いている。私立なだけあって、内装が無駄に豪華なのも興味を引く理由なのかもしれない。それに、誰も居ない学校の静けさは少しわくわくする、というのも分かる。


 そして、僕の所属していたクラスである二年一組の教室に着いた。本来だったら授業が行われている時間だからか、教室に鍵はかかっていない。


「お邪魔します」


「そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ」


「いや、君の家ではないからね……?」


 そうして、僕らは教室の中に入る。このクラスになってひと月しか経っていないけど、段々と組織の一員というか、愛着のようなものを感じ始めてきた場所。その見慣れた座席の並びやロッカーには、各々の通学鞄が置かれている。そこには友達のものもあった。


 だから、少し切なくなった。


 と、同時に僕の頭の中に一つの違和感が(よぎ)る。


 ……見慣れた座席の並び?


 ということはまだ、僕の席はあるのか??


 考えるよりも先に、足が動いた。机の数は減っていない。僕が普段座っている席。それは確かに僕の目に映っている。


 だけど、その机の脇には見覚えのないグッズが付いた学校指定の鞄があって。


 それでも、まだ期待してしまっていた。だから、心の赴くまま机の中を漁ってみた。みたのだが。


 入っていたのは、全く知らない男子の名前が記入された教科書だった。


 つい、呆然としてしまった。気のせいであることを願って、次々と机の中の他の教科書やノートを取り出してみる。結果は同じだ。


「そこ、葡萄くんの席?」


「だった席です。もう違う男子の席になっていますけど……。誰だよ○○✕✕って……」


「知らない人?」


「名前も聞いたことも無いです。こんな名前のやつ、うちの学校にいたっけ……」


 いくら頭の中で考えてみても、該当する顔は思い浮かばない。


 ただ、はっと思いつき、ロッカーにかけられている名札を見ると、その彼以外の名前は全て見覚えがあった。


 つまり、それは○○という生徒が、僕の代わりにクラスに居る、ということになる。


 なら、今までこの学校に在籍してた僕という人間は一体、どこに行ったのか。


 きっと消えた。僕がこの世に居た証拠と一緒に全て無くなった。


 それに気づいた時、コイツの教科書やノートもすべて燃やして、消し炭にしてやりたいなと思った。でも、それをしたところで、何も意味はない。そんな僕を見て美生さんが悲しい気分になるだけだ。


 そもそも、僕だって心の底では受け入れていたはずだろう? 川崎から赤羽まで自転車を漕いだ日、美生さんの事務所に立ち寄った時のことを思い出す。その時、彼女のことを記した書類は全て無くなっていたし、彼女の私物すらもすべて消えていた。


 それを僕はちゃんと自分のことのように理解していたのか? 悲しそうながらも気丈に振舞う彼女を見て、可哀想だななんて他人事のように思ってはいなかったか? 


 きっと、思っていた。だから、今更実感が襲ってくる。


「……あの、葡萄くん大丈夫? 酷い顔してるよ」


「……大丈夫、です」


 そう言ってみた。何が大丈夫なのかはよく分からなかった。ひとまず、着丈に振る舞う必要がある。取り乱してはいけない。そう言い聞かせる。


 だけど、そう自分に言い聞かせるのは、自分がそれに反した感情を抱いていることの証左だとは、気づいていた。


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