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【連載】Dark × Marriage[ダーク×マリッジ]〜死せる花嫁と漆黒の護衛騎士〜  作者: シロヅキカスム
第三章

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代償

 ふぅーっと、涼しい吐息を吹きかける。

 大して強く吹いてないのに、燭台の炎は弱々しく消えてしまった。うすら立ち上る煙の儚い香りに、フィオナは満足げに微笑する。


「それじゃあ行きましょうか、ディオス」


 従者に扉の閂を外させる。

 素晴らしい復讐計画に、冷たいはずの心臓が高鳴って仕方がない。こんな薄汚い教会に長居は無用、ひとまずは我が愛するドレシアの街にでもおもむこうではないか。


 脇に控えたディオスが、片手で扉を押し開ける──フィオナは反射的に目をすっと細めた。己が進みゆく悪の道を照らさんと、青白い月のまばゆさが差しこんでくると思ったからだ。


「あら?」


 ところが、令嬢は首を傾げる。

 月光(つきびか)りに満ち満ちていたはずの外は、打って変わって暗闇に染まっていた。開いた扉の前で、フィオナはまばたきをする。


「いやねぇ、せっかく人が前向きになったっていうのに。勝手に曇り空になるんじゃないわよ……」


 天気が移ろいだのだと思った。その証拠に、不機嫌をあらわに外へ一歩踏み出してみれば、頭上から冷たい雫がボタボタ垂れてくる。


「つめたっ! もう、雨まで降ってくるなんて……」


 令嬢は忌々しげに空を見上げる。

 そして、彼女は硬直した。


 なぜか。

 ハッハッと、短い息づかいが聞こえる。見上げた先には白い三日月が……もとい、鋭利な牙を剥き出しにした獣の口があった。


 闇のなかで、いくつか(・・・・)の眼が令嬢を見下ろしている。いくつか、なんて曖昧な表現をした理由は、片目がくり抜かれていたり、中途半端に垂れ下がる眼球があったり──それ以上に、(まなこ)を光らせた頭部そのものが複数あったからだ。


 犬の頭部である。

 それが四方八方乱雑に突き出した、巨体の化け物が目の前にいた。一つの犬頭(いぬあたま)がむせこめば、よだれの雨がボタボタとフィオナの頭にかかった。


「い゛や゛ぁああーッ!」


 絶叫とともに、彼女は後ろへ引っくり返る。あわや倒れる寸前に、かたわらにいた従者がその背を抱き留めた。


 令嬢の叫びに応じたか、犬の頭部たちも一斉に呪わしい獣の咆吼を放った。


──ウォォオォンッ!


 ただでさえ変色した肌というのに、恐怖のあまりフィオナは青ざめた。なんということだろう、あれは墓場で自分を襲ってきた獰猛な野犬たちではないか。


 どういう摂理かわからないが、犬たちは合体して一つの巨大な化け物と化したようだ。扉を開けたときに外が異様に暗かったのは、単に巨体が前を塞いでいただけであった。


 化け物は長い腕らしきを、月夜に向かって振り上げた。

 ディオスがとっさに反応して、フィオナを抱き留めたまま教会内へ飛び退いた。瞬間、振り下ろされた強靱な腕が扉をこっぱみじんに粉砕する。


「なっ、なっ……なんなのよっ、あれはッ!」

幽鬼(ゆうき)です」


 錯乱する令嬢の耳に、憎らしいほど平静な声が伝う。フィオナが顔を振り向かせれば、澄ました鉄仮面があった。


「ゆ、ゆーき?」

「街で出会った魔を名乗る者から教わりました」


 魔性曰く、あらゆるすべての命が、正しく死者の門をくぐって転生できるわけではない。

 適切に弔われなかったもの、恨みや憎しみといった今生(こんじょう)の執着に囚われているものは、死にきれない存在となってこの世に留まり続けるのだ。


「魂のみの幽体、また受肉が残ったもの──すべてを引っくるめて『幽鬼』と名付けられているようです」


「……わけがわからないわ」


「簡単に言うなら、いまのフィオナさまを指します」


「あんなのと一緒にしないでちょうだい!」


 フィオナがわめくも、化け物の咆吼にかき消される。扉の壊れた入口から身をかがませて、複数の頭がこちらを覗いていた。


 おぞましさに、令嬢は従者にしがみつく。

 復讐計画で浮かれている場合ではない。逃げ道を化け物に塞がれてしまったのだ、絶対絶命のピンチである。


「フィオナさま、いかが致しますか?」


「…………」


「フィオナさま」


「……い、いかがもなにもないわよ。ここでわたしたちは終わり、終わったのよ……。あんなの相手に、いったいどうすればいいってのよぉ……」


 絶望の深さに、フィオナはあきらめて瞼を閉じる。視界を閉ざしたぶん、いまにも化け物がじりじり近づいてくるような気がして、背筋が凍りついた。


「それとも……なにかしら。ディオスがどうにかしてくれるの? あんな怪物……あなたなら倒せるって──わたしに約束してくれるの?」


 間伐入れずに、「御意」と返事が返ってきた。

 瞼を開く前に、ディオスが体から離れた。


「ディオスッ!」


 祭壇へ寄りかかりながら、フィオナは従者の名を叫んだ。

 前へ勇み出た広い背中──彼は振り向くことなく、野犬たちの化け物の対峙する。


 フィオナは、はっと気づいた。

 ディオスの全身に、なにやら白い霧のようなものがまとわりついている。霧は彼の左右の手に集約しはじめ、秒も立たぬうちに霧散した。


 いつの間にか、彼の左右の手には……見たこともない細身の剣が二刀、握られていた。


 ──あとは呆然と眺めているだけだった。

 それほどに、戦闘は短く終わった。


 伸びた最後の一頭の首を叩き落とすと、彼は対の剣を化け物の腹へと深く突き刺した。

 天を割る咆吼ののち、怪物はもんどり打って地面へと沈んだ。とたん、元の野犬の群れに分裂し、彼らは墓場へと消え去っていった。


 命令のとおり、怪物を始末し終えた彼はフィオナの前にかしづく。


 頭を垂れた瞬間、仮面の紐が千切れた。

 攻撃をかすめたときに傷ついたのだろう。冷たい音を立てて、鉄の仮面が床に落ちた。


「……!」


 あらわになった目元に走る、横一閃の傷跡。

 そして顔を上げたとき、そこに彼の黒い眼差しはなかった──瞳は白く濁っていた。


 主を生き返らせるため、禁術に手を出した従者ディオス・シュス。

 

 彼もまた、人ではなくなっていた。

 不死の令嬢とおなじく、異形と化していた。

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