悪の華ひらくⅠ
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「…………」
婚約者の微笑を思い浮かべるも、すぐその隣に憎たらしい義妹の顔が並ぶ。
リリア・ベルベット。
挑発的な琥珀の眼差しで、彼女はフィオナを見て嘲笑っている。
見せつけるようエリオールの腕に自身の手を絡ませ、勝ち誇った顔を寄せる。その姿は可愛らしい小鳥などではない。すべてを横からかっさらっていった、したたかな泥棒猫そのものだ。
(いいえ、もっとタチが悪いわ……)
血の繋がりがないとはいえ、義理の姉を毒殺した張本人なのだから。
悔しさに、また息が苦しくなる。
と、そのときだ。ふいに、彼女の脳裏に別の情景がひらめいた。
(婚約を祝う席……手と手を取り合い、周囲に挨拶をするリリアとエリオール──)
その光景はまさしく、己が死んだ婚約の饗宴とぴったり図が重なるではないか。
純潔の白無垢を派手派手しく着込んだリリアに、おなじく晴れ着色に染まったエリオール。一方の表情はばかに明るいが、もう一方は固い笑みに少しばかりの憂いの影を忍ばせている。
そこへ、意外な訪問者が宴の扉を開く──。
(もしもあの二人の前に、いまのわたしが現れたのなら?)
一つの仮定が、空想に魔法を与える。
華やかな宴は一変して騒然となり、リリアは悲鳴を上げるにちがいない。当然だ、自分が殺してまで排除したはずの相手が、神の摂理を超えてよみがえったのだから。
対して、エリオールはどんな顔をするだろう。
まず彼は、はっと大きく目を見開く。フィオナの大好きな樫色の眼を──こぼさんばかりに、瞼を剥いて驚くのだ。
それから、すっと優しく目を細める。
愛おしげに、安堵したように……美しい瞳に透明な水の膜を張るのだ。
泣き顔になって、微笑に光を取り戻すエリオール。
リリアそっちのけで、彼は現れた本物の婚約者を抱きしめてくれるだろう。強く、強く、もう二度と離さないと誓って。
そして、二人は熱く見つめ合うのだ。
顔を寄せて、真実の口づけを──。
「……いい」
天啓であった。
口端から汁がこぼれそうになる。
「……ものすごく、いいっ!」
令嬢の頭のなかで、空想はどんどんふくらんでいった。甘い種が発芽し、広がる夢の枝葉の先でぽんぽんと景気よく酔いの花がひらく。
「すっごく、いいじゃないっ!」
神の像の裏で、フィオナは歓喜に震えた。
律儀に背を向けたままの従者のことなど、すっかり頭から抜け落ちてしまったようだ。
彼女はひとり、思案に耽ってゆく。これからはじまる大いなる舞台への計画を、練って練って練り上げるために……。
* * *
「──ディオス」
優しい声で、令嬢は従者に呼びかける。
神の像の裏手から、フィオナは姿を現した。品のある足取りで、いまだ背を向けたままの従者の元へ近寄りながら「もう、振り向いてもいいわよ」と、命令を解く。
忠実なる僕は振り向いた。なに一つ変わらない、無を張りつけた顔つきで。
「さっきはごめんなさい。いきなりの告白だったんですもの、わたし……つい戸惑ってしまったの」
控えめに告げる令嬢のその顔に、怒りの色はなかった。
にこにこと機嫌よく、微笑をたたえている。どことなく声色に甘さをにじませて、一歩、また一歩と従者との距離を詰めていった。
「あなたがわたしのことを、あんなに強く想っていてくれてたなんて、想像にもしなかったわ」
「…………」
「灯台もと暗し、って言うのかしらね。……いいえ、もっとロマンティックに言い換えましょう。
『茨の森のなかに埋もれる、秘密の薔薇園』とでも」
「……?」
ディオスは少し、首をかしげたようなそぶりを見せた。あれだけ熱を込めて語ったというのに……いまさらの鈍感さを前に、フィオナは声を立てて笑った。
「わたし、すごくうれしいわ!」
彼の目の前で立ち止まり、その右手をすくい取る。両手で無骨な指先を握って、冷たい仮面を上目づかいで見つめた。
「本当にうれしいのよ。だから、ねっ? あなたの気持ち、ぜひ受け取らせていただけないかしら?」
「…………」
「改めてお礼を言うわ、ディオス。ああっ、わたしの大切な人……生き返らせてくれて、どうもありがとう!」
まっすぐな感謝とともに、フィオナは従者に熱い眼差しを贈った。
これ以上ない喜びを謳うように。
……だが、その晴れやかな顔の裏で、彼女はこっそりほくそ笑んでいた。
(我ながら、完璧な演技だこと)
己の才が恐ろしい。
花弁のような微笑みも、蜜のような甘い声も──これらはすべて、愚かな従者を騙すための策略でしかなかった。
けなげな花は、たしかに手折られてしまった。
だが、まだ根は残っている。このままむざむざと引き下がる気持ちなど、侯爵令嬢フィオナ・ベルベットにはまるでなかった。
引っくり返った盆は戻らない。
ならば、いっそなにもかも盛大にぶち壊してやるまでだ。
(リリア、あなたの思いどおりにはならなくってよ……!)
文字どおり、化けて出てやる。
そして、彼女の罪を洗いざらい告発してやるのだ。




