従者の告白Ⅰ
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「死ねない……なぜ、どうして……」
「私があなたを亡者として呼び起こしました」
虚ろなつぶやきに、背後から律儀に答える声があった。
フィオナは横目だけを向けた。後方を見やると――いつの間にかに移動していたのか、直線上のやや離れたところに、従者ディオスが背筋を正して立っていた。
彼はフィオナが知るかぎりで世界一の朴念仁であり、嘘のつけない正直者である。その口から、あろうことか荒唐無稽な話が飛び出してきた。
「ドレシアの街で、魔を名乗る者と出会いました」
「ま……?」
「はい、私はその者から禁術を授かったのです」
禁術。
すなわち、死者を呼び起こす術を。
「フィオナさまの葬儀が終わったころを見計らい、ご遺体の納められた棺を地中より掘り起こしました。そして教わった禁術を──あなたを、けして死ぬことのない亡者にする儀式を施したのです」
「…………」
素っ気ない、規範的な口ぶりがまた憎らしい。
そのくせ、語る内容はまるで趣味の悪い恐怖小説のようなものだから……こんな状況下でなければ、フィオナはいまに大笑いしていたことだろう。
ゆるめた手から、鏡の破片が抜け落ちた。
──カラン。
空虚な音が響くなか、彼女はぼそりとつぶやく。ただひと言、「……わけがわからない」と。
すると、ディオスがご丁寧にもう一度話をくり返そうとする。「街で、魔を名乗る者と出会い──」と冒頭がはじまったところで、フィオナはそれを制した。
ただ黙って、背中向きに片手を上げて。
その手のひらには、赤い切り傷が生々しくにじんでいた。鏡の破片を強く握りしめていた跡だ。が、まもなく肌から湧いた糸虫たちが傷を修復していく……見ずとも感触だけでわかった。
今度は心のなかで、フィオナは静かにつぶやいた。
(わけがわからない)
と。
けれど一つだけ、従者の話のなかではっきりしたことがあった。
「……あなたがわたしを呼び起こしたと、そう言ったわね?」
背後から「はい」と、また声がまっすぐ飛んだ。
「それじゃあ、これは……この醜くて恐ろしい体はディオス、あなたの仕業ということでいいのかしら?」
「はい」
「……『はい』、じゃないわよ」
ひくりと、令嬢の肩が揺れる。
背を向けたまま、彼女は続けて言った。
「……ねぇ、どうしてこんな罰当たりなことをしでかしてくれたの?
わたし、あなたにお願いしたかしら……おおっ、我が身に不幸訪れしとき、汝の忠誠を示したまえ……死した我が肉体を復活させよ……なぁんて……」
神の像の前で仰々しくも力なく、フィオナは両手を大きく広げてみせた。
わめく余力もない。理解の範疇に収まらない超常的な絶望を前に、むしろどうしろというのだ。
代わりに恨めしさを込めて、令嬢はのろりとしゃべる。対する従者の返答はきびきびしているものだから、どちらが真に滑稽なのかは測りかねなかった。
しまいに、彼はこんなことを言い出す。
「はい、おっしゃいました」
「ハァ?」
すっとんきょうな声が出てしまった令嬢に、従者は淡々と告げた。
「フィオナさまがわたしにおっしゃいました。『生き返らせてほしい』と」
「い、いいかげんなことを言わないでちょうだい!」
さすがに看過できなかった。
たまらず勢いよく身を振り向かせたフィオナは、潤んだ紅い瞳でディオスを睨みつける。激情の眼差しを向けるも、迎える鉄の仮面は冷たかった。
「わたしは断じて、そんなこと言っていないわっ!」
「言いました」
「言っていないって言っているでしょうッ!」
「言いました」
「言わないし、頼まないッ! そんな愚かなお願いなんてするわけないッ!」
「言いました」
「バカッ! 本当にバカッ、バカバカッ……! 言うはずないでしょ……生き返らせてなんて、そんなっ……」
「…………」
「どうしてわからないのっ……わかってくれないの……! 言ってないっ、絶対に言ってない……わたしは生き返りたいなんて……あなたに言ってない……っ!」
その下らないホラを吹く頬を、一発張ってやろうか。いきり立つフィオナが足を踏み出すも、数歩も及ばないうちにもつれて、床の上に派手に転倒してしまった。
倒れた衝撃に、感情の栓も壊れてしまった。
彼女は大声を上げて泣きじゃくった。幼子のように甲高く叫び、ありったけの悲しみを訴える。
「い、生き返ったって……ック、こんな体ぢゃ……エ、エリオールにぃ……えない……」
泣くのは嫌いだ。
だって、弱さの証だから。
嫌なのに、惨めなのに、悔しいのに、腹立たしいのに……涙を抑えきれない。
しゃっくりのような、ひどい嗚咽が止まらない。こんな泣き方、幼少の頃にさよならしたと思っていたはずなのに……ああ、結局なにも変わっていなかったというわけか。
白嶺の華を夢見ていた。
元より、それは身の丈に合わない願いだったのかもしれない。いま、フィオナ・ベルベット嬢は、無力な愛されない少女にまた戻ってしまった。
「……くっ、ヒック……うぅ……」
ボロの教会に、敗者の泣き声だけが響く。ひとりぼっちのように感じるも、彼女のすぐ近くにはもう一人の人間がいる。
床に伏して泣きながら、令嬢は従者のことを思った。いったいどんな気持ちで見下ろしているのかわからないが、この場は気を利かせて独りにしてほしかった。
いっそのこと、自分の前から消えてほしい。
もう構う理由もないのだ。亡者などいう化け物になった以上、あの幼き日の誓いは果たせない。
(堕ちた華に、守る剣は要らない……)
幸せになれないのならば、もはや仕える理由も義理もないだろう……。
「──悲しき人よ。またしおらしく肩を寄せているのか」
突然、嗚咽に冷えた声がかぶさった。
伏した暗い腕のなかで、フィオナはその唐突に聞こえてきた声に意識を向けた。
誰の声か──いや、考えるまでもない。
まぎれもなく、従者ディオス・シュスの声である。
「──だが、メッキは剥がれた」
「!」
「いまのおまえに振り向く者はいない──」
思わぬ冷血な言葉の刃に、令嬢は息を止めた。




