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【連載】Dark × Marriage[ダーク×マリッジ]〜死せる花嫁と漆黒の護衛騎士〜  作者: シロヅキカスム
第二章

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従者の告白Ⅰ

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「死ねない……なぜ、どうして……」

「私があなたを亡者として呼び起こしました」


 虚ろなつぶやきに、背後から律儀に答える声があった。


 フィオナは横目だけを向けた。後方を見やると――いつの間にかに移動していたのか、直線上のやや離れたところに、従者ディオスが背筋を正して立っていた。


 彼はフィオナが知るかぎりで世界一の朴念仁であり、嘘のつけない正直者である。その口から、あろうことか荒唐無稽(こうとうむけい)な話が飛び出してきた。


「ドレシアの街で、魔を名乗る者と出会いました」


「ま……?」


「はい、私はその者から禁術を授かったのです」


 禁術。

 すなわち、死者を呼び起こす(すべ)を。


「フィオナさまの葬儀が終わったころを見計らい、ご遺体の納められた棺を地中より掘り起こしました。そして教わった禁術を──あなたを、けして死ぬことのない亡者にする儀式を施したのです」


「…………」


 素っ気ない、規範的な口ぶりがまた憎らしい。

 そのくせ、語る内容はまるで趣味の悪い恐怖小説のようなものだから……こんな状況下でなければ、フィオナはいまに大笑いしていたことだろう。


 ゆるめた手から、鏡の破片が抜け落ちた。


 ──カラン。

 空虚な音が響くなか、彼女はぼそりとつぶやく。ただひと言、「……わけがわからない」と。


 すると、ディオスがご丁寧にもう一度話をくり返そうとする。「街で、魔を名乗る者と出会い──」と冒頭がはじまったところで、フィオナはそれを制した。


 ただ黙って、背中向きに片手を上げて。

 その手のひらには、赤い切り傷が生々しくにじんでいた。鏡の破片を強く握りしめていた跡だ。が、まもなく肌から湧いた糸虫たちが傷を修復していく……見ずとも感触だけでわかった。


 今度は心のなかで、フィオナは静かにつぶやいた。


(わけがわからない)


 と。

 けれど一つだけ、従者の話のなかではっきりしたことがあった。


「……あなたがわたしを呼び起こしたと、そう言ったわね?」


 背後から「はい」と、また声がまっすぐ飛んだ。


「それじゃあ、これは……この醜くて恐ろしい体はディオス、あなたの仕業ということでいいのかしら?」


「はい」


「……『はい』、じゃないわよ」


 ひくりと、令嬢の肩が揺れる。

 背を向けたまま、彼女は続けて言った。


「……ねぇ、どうしてこんな罰当たりなことをしでかしてくれたの?

 わたし、あなたにお願いしたかしら……おおっ、我が身に不幸訪れしとき、汝の忠誠を示したまえ……死した我が肉体を復活させよ……なぁんて……」


 神の像の前で仰々しくも力なく、フィオナは両手を大きく広げてみせた。


 わめく余力もない。理解の範疇(はんちゅう)に収まらない超常的な絶望を前に、むしろどうしろというのだ。


 代わりに恨めしさを込めて、令嬢はのろりとしゃべる。対する従者の返答はきびきびしているものだから、どちらが真に滑稽なのかは測りかねなかった。

 しまいに、彼はこんなことを言い出す。


「はい、おっしゃいました」

「ハァ?」


 すっとんきょうな声が出てしまった令嬢に、従者は淡々と告げた。


「フィオナさまがわたしにおっしゃいました。『生き返らせてほしい』と」


「い、いいかげんなことを言わないでちょうだい!」


 さすがに看過(かんか)できなかった。

 たまらず勢いよく身を振り向かせたフィオナは、潤んだ紅い瞳でディオスを睨みつける。激情の眼差しを向けるも、迎える鉄の仮面は冷たかった。


「わたしは断じて、そんなこと言っていないわっ!」


「言いました」


「言っていないって言っているでしょうッ!」


「言いました」


「言わないし、頼まないッ! そんな愚かなお願いなんてするわけないッ!」


「言いました」


「バカッ! 本当にバカッ、バカバカッ……! 言うはずないでしょ……生き返らせてなんて、そんなっ……」


「…………」


「どうしてわからないのっ……わかってくれないの……! 言ってないっ、絶対に言ってない……わたしは生き返りたいなんて……あなたに言ってない……っ!」


 その下らないホラを吹く頬を、一発張ってやろうか。いきり立つフィオナが足を踏み出すも、数歩も及ばないうちにもつれて、床の上に派手に転倒してしまった。


 倒れた衝撃に、感情の栓も壊れてしまった。

 彼女は大声を上げて泣きじゃくった。幼子のように甲高く叫び、ありったけの悲しみを訴える。


「い、生き返ったって……ック、こんな体ぢゃ……エ、エリオールにぃ……えない……」


 泣くのは嫌いだ。

 だって、弱さの証だから。


 嫌なのに、惨めなのに、悔しいのに、腹立たしいのに……涙を抑えきれない。


 しゃっくりのような、ひどい嗚咽が止まらない。こんな泣き方、幼少の頃にさよならしたと思っていたはずなのに……ああ、結局なにも変わっていなかったというわけか。


 白嶺の華を夢見ていた。

 元より、それは身の丈に合わない願いだったのかもしれない。いま、フィオナ・ベルベット嬢は、無力な愛されない少女にまた戻ってしまった。


「……くっ、ヒック……うぅ……」


 ボロの教会に、敗者の泣き声だけが響く。ひとりぼっちのように感じるも、彼女のすぐ近くにはもう一人の人間がいる。


 床に伏して泣きながら、令嬢は従者のことを思った。いったいどんな気持ちで見下ろしているのかわからないが、この場は気を利かせて独りにしてほしかった。


 いっそのこと、自分の前から消えてほしい。

 もう構う理由もないのだ。亡者などいう化け物になった以上、あの幼き日の誓いは果たせない。


(堕ちた華に、守る剣は要らない……)


 幸せになれないのならば、もはや仕える理由も義理もないだろう……。


「──悲しき人よ。またしおらしく肩を寄せているのか」


 突然、嗚咽に冷えた声がかぶさった。

 伏した暗い腕のなかで、フィオナはその唐突に聞こえてきた声に意識を向けた。


 誰の声か──いや、考えるまでもない。

 まぎれもなく、従者ディオス・シュスの声である。


「──だが、メッキは剥がれた」

「!」

「いまのおまえに振り向く者はいない──」


 思わぬ冷血な言葉の刃に、令嬢は息を止めた。

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