裏切りのレクイエムⅠ
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「あなた、ディオスよね? ほんとの本当に、そうなの……よね?」
肉と骨の骸を片付けて、教会の扉を閉めようとしていた従者に、フィオナは恐る恐る問いかけてみた。
従者のディオス・シュスは、「はい」と背中越しに答える。左右の扉をぴったり合わせると、次は閂の大板を下ろす作業へと取りかかった。
埃まみれのベンチに腰を下ろしていたフィオナは、彼に手渡されたハンカチで顔をぬぐいつつ考える。少し間を置いたのちに、もう一度「本当に、あのディオス?」と彼女は訊ねた。
「はい」
何度もおなじ質問を受けて、普通なら嫌気が差すところである。だが、従者の返事はどこまでも淡白で短かった。
慣れたやり取りとはいえ、さすがにいまの異様な状況下ではやりきれない。不安から、今度は二人の間でしか知り得ない特別な質問を投げかけてみる。
「子どもの頃、遊び場にしていた地下室に入るときの秘密の合い言葉は?」
「海に魚、船に帆、華に騎士」
「十歳のときに贈り物としていただいた、金魚の名前は?」
「紅がオーマグロ、黒がブラックタイガー」
「……や、館の玄関に飾っていた雪花石膏の大壺を割ったのは……どなただったかしら?」
「私の不手際ということになっていますが、割ったのはフィオナさまです。去年の初夏、舞踏会からお帰りになった際に、注目が薄かったと不満をこぼして、壺に蹴りを──」
「も、もういいわ! わかったからっ!」
やめるよう促すと、やっぱり「はい」と短い返事が返ってきた。同時にガタンッと、閂の下りた音が教会の小さな空間によく響いた。
気疲れしたフィオナは、吐息とともにうつむく。
その脇を、ディオスはすたすたと無言で通り過ぎていった。
視線だけを上げてその背を追ってみれば、彼は祭壇の前で立ち止まっている。どうやら、三つ叉の燭台に明かりを灯そうとしているようだ。
(…………)
令嬢は改めて、ディオス・シュスの風貌を観察する。わざわざ言うまでもなく、そこにいるのはたしかに長年連れ添ってきた従者の男であった。
だからこそ、妙な違和感がぬぐえないのである。
淡白で、素直な反応は相変わらずだ。襟足を長めに伸ばした黒髪に、護衛騎士の黒衣──その全身黒々とした容姿は、彼の背丈の高さも相まっていつも他者に無用な威圧感を与えていた、これもさして変わりはない。
ただ一点。
極めてわかりやすい見た目の変化を上げるとすれば……目元を覆う、謎の仮面である。
(以前はあんなもの、つけていなかった……)
素材はブリキか、鈍色の金属だ。額、鼻筋、両目の窪みに合わせて、形が湾曲している。
仮装などで着飾る一般的な仮面は、視界を塞がないよう目元がくり抜かれているのだが、この鉄仮面にはそんなものはない。代わりに、細かな穴が無数に開けられていた。
ものは見えているようだが、こちらから彼の黒い瞳をうかがうことはできなかった。
それが、妙な違和感の原因なのか。
あと、服がだいぶくたびれている。それともう一つ、彼の腰のベルトに下がっているはずの二刀の剣が見当たらなかった。
(あら、おかしいわね?)
まじまじと見つめて、消えた剣の行き先を考える。
先程、たしかに手にしていたではないか。鋭利な一刀を握りしめて、怪物のような野犬もどきの頭を突き刺して──。
「……!」
身の毛もよだつ、おぞましい記憶がぶり返す。恐れと嫌悪を払おうと、フィオナは銀髪を乱して大きく頭を振った。
……とにかく、だ。
彼には訊きたいことが山ほどある。
とりわけ、一番にうかがわなくてはならないこと……それは同時に、訊きたくない、耳を塞ぎたいことでもあるのだが。
「……ディオス」
「…………」
すっと立ち上がり、令嬢は従者の名を呼ぶ。祭壇に続く直線上へと足を進めて、彼と対峙した。
ちょうど、燭台に火が灯ったところであった。薄暗い闇が晴れ、ボロの壁に両者の姿を抜き取った影絵が映し出される。
「あなたはわたしの騎士。だから正直に答えなさい……」
「…………」
従者の元へ距離を詰める。
やがて足を止めて、彼の無機質な仮面を見つめながら、彼女は腹をくくって訊ねた。
「わ、わたしの身に……いったい、なにが起きたの……?」
濁した問いのあと、布が擦れるわずかな物音を拾った。ディオスが身じろぎしたのだ。視線を落とせば、彼はすっと手を差し出している。
その指には、四つ折りの紙が挟まっていた。大判の紙のようで、細かい印刷文字がびっしり埋まっているのが見て取れた。
フィオナは黙って受け取った。
揺れる蝋燭の明かりのもと、ゆっくり紙を広げると……それは、一枚の新聞であった。
日付は、記憶の覚えから数日ほど経っている。
炎に照らされ、青い瞳に飛びこんできた内容に──令嬢は言葉を失った。
「……うっ、嘘よっ……こんなのって……っ!」
幼き日に交わした主従の誓い。
運命の夜と謳った奇跡の出会い。
愛をささやき合った日々、そして婚約が結ばれた華やかな席──喉を焼いた激痛に、暗闇に閉じこめられた絶望。
瞬きの合間に、脳裏で記憶が一巡する。
新聞の文字から目が離せなかった。紙を握る手は激しく震えている……それは墓地をさまよったときの恐怖とは比にもならない、強烈な衝撃によるものであった。
『悲劇! ベルベット家のご令嬢、毒殺される!
我が交易都市ドレシアの領主、イーゴル・ベルベット卿の愛娘であるフィオナ・ベルベット嬢が、公爵家の三男エリオール・シルクス殿との婚約の席において、何者かに毒を盛られて死亡するという事件が起こった!
犯人はいまだ特定できず!
令嬢の遺体は、厳かな葬儀ののちに埋葬された!
──なお、公爵家との縁談は、ベルベット家の二女に当たるリリア・ベルベット嬢に受け継がれることが決定された』




