墓地と襲撃Ⅰ
飛び石を踏み渡りつつ、道の途中でフィオナは半身をひねって、背後の──教会の外観を確認した。
やはり、かなり小さな教会であった。
三角屋根に、鐘突き塔をのせた石造りの建築物。その隣には、お粗末な木造の納屋がくっついていた。
内と外の荒れ具合から見るに、この場所はとおの昔に打ち捨てられたようだ。教区の整理で不要となったか、長らく人の手が入っていない有様であった。
ともあれ、死者の国ではないとわかって、フィオナは足取り軽く、まっすぐ外門へと向かった。
しかし、すぐにまた、そのかんばせが曇ることとなる。
門は施錠されていた。
錆びた鎖と、大きくて無骨な巾着錠で。
「まったく! なんてことなのかしら!」
不満をあらわに、フィオナはガチャガチャと激しく門を揺さぶった。
子どものような真似をしても、令嬢の望みは叶わない。苛立たしいため息をだけが、格子の間をすり抜けていった。
囚人よろしく鉄棒を握りしめながら、彼女は恨めしく視線を彼方へと向ける。
遥か遠方に臨むのは、地平に盛り上がった影の山だ。そのなかには無数の灯火が小さく瞬いている。
誰が見間違えるものか。
あれこそ生まれ育った街──交易都市ドレシアである。
街の影はかなり遠く、その中間を平原と畑と民家の明かりが埋めている。近景に当たる周辺は、鬱蒼とした雑木林が囲んでいた。
どうやら、この教会はだいぶ街から外れた位置に建っているようだ。
どうして、自分がこんな場所にいるのか?
その疑問は後まわしだ。
とにかく、いまは柵の向こう側へ脱しなくては。
目的を定めると、令嬢はゆっくり……顔を真横へと動かした。
というのも、教会を取り囲む敷地の柵は、まだまだ長く続いている。彼女の視線の先──そこには、教会らしく墓地の景色が広がっていた。
「…………」
つい、真顔で眺めてしまう。
教会の墓地は当然ながら、すっかり荒れきっていた。
野生に帰った生け垣は、のびのびと道と視界を邪魔している。地を埋め尽くす墓標たちは、蔦をまとい、ひび割れ、欠け落ちて……忘れ去られた恨みを漂わせていた。
門が使えないとなれば、ほかの出口を探す必要がある。囲いの柵が続く、この墓地のなかを嫌でも探索するしかほかなかった。
「そうよね、そうするしかないわよね……」
令嬢が息をのむと、嫌がらせか月が陰り出した。
冷たいひとすじの風に、乾いた草木が嘲笑する。気味の悪さに、思わず頬が引きつってしまった。
「……い、いやねぇ。幼子じゃあるまいし、なにを怖がる必要があるというのよ……」
自分自身に悪態をついて、フィオナは普段の調子を取り戻そうとした。
正直、ランタンくらい欲しいところだったが、仕方がなく、そのまま墓地を突き進むことにした。
一つ幸いなことに、墓地の入口に柄の長いシャベルが突き刺さっていた。
護身用の武器として採用し、後生大事に握りしめながら……令嬢はそろり、そろりと、荒れた墓地のなかを踏み入っていった。
伸びた蔦を払い、砕けた石の塊を避ける。
こと足元に気をつけながら、フィオナは慎重に歩みを進めていった。
平民用の墓地らしく、墓標の形もさまざまだ。基本は石工であるが、なかには木の棒だけを突き刺した雑な墓もあった。
墓の数だけ、その下には人が埋まっている。
数えきれない棒の群れに、血の気が引いた。
「……う、うぅ……」
手が震え、足が竦む。
底なしの闇が、勇む気力を吸い取っていく。
それだけではない。
彼女は異様な気配を感じ取っていた。
誰かに見られているような気がする。
得体の知れない存在が影のなかに潜み、じっと狙いを定めているような……。
「…………」
いつの間にか、歩みは止まっていた。
おずおずと首だけを振り向かせれば、少し離れたところに墓地の入口が見える。まともに進めていないことが一目瞭然であった。
四方八方、恐ろしい闇の眼差しが突き刺さる。
それは待っている、待ち望んでいるのだ……鋭い牙を生やした大口を開けて、こちらがのこのこと歩み寄ってくるのを心待ちにしている。
膝がガクガク笑い出す。
進むことも、戻ることもできなくなっていた。
「……な、なにか、前向きなことでも考えましょう……」
無理やり喉奥からひねり出した言葉が、それであった。
なんでもいい。気丈に独り言をくり返すことで、凍りついた体に熱を宿そうと試みる。
「そうよ、とにかく……なにごとも、よい方向へ考えるのが一番だわ。
なにも恐れることなんてない。わたしは早く、素早く、そうまるで風の精霊のように……こんな薄気味悪い墓地からおさらばしてしまうの……」
ぶつぶつつぶやきながら、足を少し浮かす。
一歩には不十分な高さではあったが、砂利を擦りながらも前進しようとした。
「そして、わたしは館に帰るのよ……。館に帰ったら、そうねぇ……まずは薪が真っ赤に燃えた暖炉の前で、冷えた体を温めましょうか……」
時々詰まる喉を鳴らして、フィオナは堪えた。
目を閉じ、優しくて幸せな夢を見ることで必死に恐怖と戦った。
「きっと、誰もがわたしの帰りを待っていることでしょうね……。そう、スープが用意されているにちがいないわ。温められた鶏と根菜の白いスープが……」
前向きに、前向きに。
じわりと再開した歩みを止めないよう、明るい空想だけに集中する。
たとえば、用意された食事を美味しくいただく自身の姿を思い浮かべてみよう。
前菜は、新鮮な海藻を使った烏賊のサラダ。塩肉のパイ包みは香ばしく、柑橘をしぼった水でさわやかに喉を潤すのだ。
最後は、異国から取り寄せた高級茶葉でティータイムを嗜もう。黒苺の砂糖漬けを添えたケーキを口に運びながら、優雅なひとときを過ごすのである。
「そうよ、わたしは家に帰るの……」
帰って、ごちそうを食べて、湯を浴びて、絹の寝間着に着替えて、静かな眠りをついて……。
「白い光の差す、美しい朝を迎えて……なにもかも、悪い夢だったと笑うの」
理想を頭のなかで一巡させる。
ふと、令嬢はあることに気がついた。
(……なにか、忘れているような気がする)
それは物や出来事ではない。
人だ。人の存在である。
「ええっと……」
エリオールではない。
誰か別の……黒くて大きな塊のような人物。
それは、いつもそばにいてくれた。
記憶を巡らせるなかでよぎった光景は、いつかの窓辺であった。昔の母の部屋だ。部屋から見える景色を見ようと、幼い日の自分は窓辺へとしがみついて、危うく引っくり返りそうになった。
その自分を背中から受け止めてくれた、誰か。
「あれは──」
あの人は──。
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