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【連載】Dark × Marriage[ダーク×マリッジ]〜死せる花嫁と漆黒の護衛騎士〜  作者: シロヅキカスム
第二章

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闇から光へ

※途中でモノローグが終わり、一人称から三人称へと変わります。

 わたしはいま、棺のなかにいる。

 冷たい土をかぶせられて、二度と光を拝めない暗闇のなかに、ひとり横たわっているのだ。


 ……どうしてこうなった!

 理不尽すぎる運命に、激しい怒りが込み上げてくる。


 いったい、このわたしになんの罪があったのか!

 わたしはただ、幸せを一心に願っただけだ。その願いを成就するだけの、努力という対価は十分に払ってきたはずだ。すべて自分の力だけで勝ち得たのだ。


 だのに、なのに……!


「……ひどい! こんなのあんまりだわ……!」


 幸せの(いただき)ですべてを──いいえ、未来までも取り上げてしまうだなんて。


 悔しさからまた、熱い水が目の奥から(にじ)みはじめる。暗闇のなかで、わたしは嗚咽(おえつ)した。すすり泣きながらも、我が身を閉じこめているこの忌々しい重い蓋をどけようと、両手をつっぱねてみる。


「出して! ここからわたしを出しなさいっ!」


 外でわたしを待っている人がいる。

 そばにいたいの、いなくちゃいけないの。あの人の隣でわたしは──。


 地下深く、どこまで埋められてしまったのだろう。

 蓋にのしかかる土は重い。わたしの声は誰にも届かなかった。無念のあまりに、つっぱねていた両手で顔を塞いだ。

 

 このまま肉体が朽ち果てて、闇のなかにドロドロに溶けるのを待つばかりなのか。


 どうにもならない結末に、わたしは狂い叫びたかった。獣のごとく喚き立てたかった。

 けれど怒りに反して、喉を震わす声は弱々しい。情けない嗚咽ばかりがこぼれる始末であった。


「わ、わたし……幸せになってはいけなかったの……?」


 光なき世界に問いかける。


「夢を……見てはいけなかったの……? ただっ、愛されたいとだけ願ったのに……そ、それすらも……わたしにはっ……」


 閉じられた棺の蓋にかぼそい声を寄せる。最後の足掻きと爪を立てても、引っ掻く音すら立たなかった。


「母さまぁ……父さまぁ……」


 誰か――。


 ふと、まばたきをする。

 拍子に、大粒の涙が頬を伝った。けれど、わたしはぬぐうことなく、蓋にぐっと顔を寄せる。


 聞こえる。

 わずかに、くぐもった音だが──蓋の外から音が聞こえてくる。


 じゃりじゃりと土を掻く音だ。気づいた瞬間、わたしは無我夢中で叫んでいた。


「わたしはここ! ここよっ!」


 ここにいるの! お願い、気づいて!


 やがて、ガツンと棺全体に衝撃が走る。まるで、シャベルの切っ先が棺の蓋を掘り当てたような、手ごたえのある振動であった。


 土が取り払われ、棺の蓋が開かれる。

 強烈な白い光に、わたしの目はくらんだ。ただし、何者かの手が差し伸べられたことだけはわかった。


 わたしは、その腕にしがみつく。ゆっくり、明るいほうへと引き寄せられる。


 希望の光に抱かれて、わたしは──。



 * * *



 はっと、彼女は(まぶた)を開いた。


「…………」


 侯爵令嬢フィオナ・ベルベットは、長い眠りから目を覚ました。


 目覚めとともに視界に飛びこんできた世界は妙に薄暗く、一面に青白さが染み渡っていた。


 おぼろげな意識下で、フィオナは青い瞳だけを動かして周囲の状況を確認していく。

 辺りが薄暗いのはきっと、いまの時刻が夜更けだからか。天井に壁と、ここはどこかの室内らしい。自身はいま、おそらくだが寝台かなにかに身を投げ出して、仰向けに寝そべっているようだ。


 わかるのはこの程度か。

 観察しつつ、彼女は記憶を振り返ろうと試みる。しかし、まだ頭がうまく働かない。覚えているのは強烈な白い光──そして、たまらない愛おしさだけだった。


 そのどちらも、夢の泡と消えてしまった。

 淡い切なさだけが胸に残る。よもや長い夢を見ていたのだろうか。そう考えればすべてに合点がいくような気がした。


 ところが、目の前の違和感が邪魔をする。


 これがせめて自分の私室で目覚めたのならば、笑い飛ばせた。だが、何度(まなこ)で探ってみても、ここは見知らぬ場所である。


 臭いからして違う。先程からずっと、ほこりっぽさと朽ちた木の嫌な臭いが鼻についた。見える天井だって、飾り気のない露出した木板が張ってあるだけで、染みどころか所々に虫食いの穴まで空いている。


 横たわる寝台も、本来ならば豪奢な天蓋(てんがい)に覆われているはずだ。眉をひそめて体を横に向けてみれば、もはや寝床とは言えない──並べた木箱の上に(わら)を敷き、お情けにボロを肌に掛けただけというお粗末な代物だった。


「……ひょっとして、わたし、まだ夢の続きでも見ているのかしら?」


 ぼそりと、ひとりごちてみる。

 指先で頬をつねってみる。あまり痛くない……ということは、やはり夢か。もしかすると、自身が貴族のご令嬢だったことすらも、微睡(まどろ)みのなかのおとぎ話だったのかもしれない。


「……バカね。そんなはずないじゃない」


 フィオナは失笑した。

 それからまじないを唱えるよう、「わたしはフィオナ・ベルベット。交易都市ドレシアを治める侯爵家のご令嬢……」と身の上をそらんじていった。


 そのうちに、青白い月の輝きが顔にかかる。

 まぶしい。木の窓の向こう、雲の流れる夜空に月が照っていた。どうやらこれが、目覚めた理由のようだ。光を払いのけたくて、フィオナはようやく寝台もどきから身を起こした。


 改めて辺りを見まわし、さらに深いため息をつく。

 館の使用人だって、こんなに酷い部屋をあてがわれることはない。そのくらい、粗末で荒れ果てた個室であった。


 家具は引き出しの抜けたタンスと、倒れた三本足の小椅子だけ。なによりもおぞましいのは、粉を吹いたかのように一面、白っぽい砂埃にまみれていることだ。見ているだけで、思わず咳きこみたくなった。


 もう長い間、使われていない部屋のようだ。

 それが証拠に、部屋の現主(げんあるじ)であるネズミが数匹、ささっと床を小走りしていく。令嬢は背筋を凍らせた。


「うっ……なんて場所なの。こんなところ、一秒たりとも居たくないわ……」


 すぐに彼女は寝台もどきから下りた。

 長い髪はほどかれたままだった。身に纏う服は寝間着よりもさらに質素な木綿のローブと、装飾のない皮の靴であった。


 いろいろと疑問と不満が込み上げてくるも、ひとまずは背中にくっついた藁をはたいて立ち上がる。痛んだ床板を踏み抜かぬよう、そろりと足を慎重に下ろして歩いた。

 

 部屋のドアには鍵はかかっていなかった。

 半分だけ空けて、外の気配をうかがう。それから意を決して、フィオナは隙間に身を滑りこませた。


 そこでまたも、彼女はぎょっと顔を引きつらせることになる。

 ドアの外に出た瞬間、突如としてぬぅっと黒い影が覆いかぶさってきたからだ。しばし硬直していたが、その正体はすぐにつかめた。


「ぞ、像……?」


 石彫りの像であった。

 正確に言うのならば、たゆたうローブを纏った細身の人型である。長い両手を真横に伸ばし、十字の姿勢を取るそれは、フィオナにも馴染みのある像であった。


 神を模した石像である。

 息をつき、ゆっくり視線を巡らせてみれば──像の足元には祭壇があり、さらに奥には並べられた木製のベンチが目に留まった。


 どうやらここは、古びた教会のなかのようだ。

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