闇から光へ
※途中でモノローグが終わり、一人称から三人称へと変わります。
わたしはいま、棺のなかにいる。
冷たい土をかぶせられて、二度と光を拝めない暗闇のなかに、ひとり横たわっているのだ。
……どうしてこうなった!
理不尽すぎる運命に、激しい怒りが込み上げてくる。
いったい、このわたしになんの罪があったのか!
わたしはただ、幸せを一心に願っただけだ。その願いを成就するだけの、努力という対価は十分に払ってきたはずだ。すべて自分の力だけで勝ち得たのだ。
だのに、なのに……!
「……ひどい! こんなのあんまりだわ……!」
幸せの頂ですべてを──いいえ、未来までも取り上げてしまうだなんて。
悔しさからまた、熱い水が目の奥から滲みはじめる。暗闇のなかで、わたしは嗚咽した。すすり泣きながらも、我が身を閉じこめているこの忌々しい重い蓋をどけようと、両手をつっぱねてみる。
「出して! ここからわたしを出しなさいっ!」
外でわたしを待っている人がいる。
そばにいたいの、いなくちゃいけないの。あの人の隣でわたしは──。
地下深く、どこまで埋められてしまったのだろう。
蓋にのしかかる土は重い。わたしの声は誰にも届かなかった。無念のあまりに、つっぱねていた両手で顔を塞いだ。
このまま肉体が朽ち果てて、闇のなかにドロドロに溶けるのを待つばかりなのか。
どうにもならない結末に、わたしは狂い叫びたかった。獣のごとく喚き立てたかった。
けれど怒りに反して、喉を震わす声は弱々しい。情けない嗚咽ばかりがこぼれる始末であった。
「わ、わたし……幸せになってはいけなかったの……?」
光なき世界に問いかける。
「夢を……見てはいけなかったの……? ただっ、愛されたいとだけ願ったのに……そ、それすらも……わたしにはっ……」
閉じられた棺の蓋にかぼそい声を寄せる。最後の足掻きと爪を立てても、引っ掻く音すら立たなかった。
「母さまぁ……父さまぁ……」
誰か――。
ふと、まばたきをする。
拍子に、大粒の涙が頬を伝った。けれど、わたしはぬぐうことなく、蓋にぐっと顔を寄せる。
聞こえる。
わずかに、くぐもった音だが──蓋の外から音が聞こえてくる。
じゃりじゃりと土を掻く音だ。気づいた瞬間、わたしは無我夢中で叫んでいた。
「わたしはここ! ここよっ!」
ここにいるの! お願い、気づいて!
やがて、ガツンと棺全体に衝撃が走る。まるで、シャベルの切っ先が棺の蓋を掘り当てたような、手ごたえのある振動であった。
土が取り払われ、棺の蓋が開かれる。
強烈な白い光に、わたしの目はくらんだ。ただし、何者かの手が差し伸べられたことだけはわかった。
わたしは、その腕にしがみつく。ゆっくり、明るいほうへと引き寄せられる。
希望の光に抱かれて、わたしは──。
* * *
はっと、彼女は瞼を開いた。
「…………」
侯爵令嬢フィオナ・ベルベットは、長い眠りから目を覚ました。
目覚めとともに視界に飛びこんできた世界は妙に薄暗く、一面に青白さが染み渡っていた。
おぼろげな意識下で、フィオナは青い瞳だけを動かして周囲の状況を確認していく。
辺りが薄暗いのはきっと、いまの時刻が夜更けだからか。天井に壁と、ここはどこかの室内らしい。自身はいま、おそらくだが寝台かなにかに身を投げ出して、仰向けに寝そべっているようだ。
わかるのはこの程度か。
観察しつつ、彼女は記憶を振り返ろうと試みる。しかし、まだ頭がうまく働かない。覚えているのは強烈な白い光──そして、たまらない愛おしさだけだった。
そのどちらも、夢の泡と消えてしまった。
淡い切なさだけが胸に残る。よもや長い夢を見ていたのだろうか。そう考えればすべてに合点がいくような気がした。
ところが、目の前の違和感が邪魔をする。
これがせめて自分の私室で目覚めたのならば、笑い飛ばせた。だが、何度眼で探ってみても、ここは見知らぬ場所である。
臭いからして違う。先程からずっと、ほこりっぽさと朽ちた木の嫌な臭いが鼻についた。見える天井だって、飾り気のない露出した木板が張ってあるだけで、染みどころか所々に虫食いの穴まで空いている。
横たわる寝台も、本来ならば豪奢な天蓋に覆われているはずだ。眉をひそめて体を横に向けてみれば、もはや寝床とは言えない──並べた木箱の上に藁を敷き、お情けにボロを肌に掛けただけというお粗末な代物だった。
「……ひょっとして、わたし、まだ夢の続きでも見ているのかしら?」
ぼそりと、ひとりごちてみる。
指先で頬をつねってみる。あまり痛くない……ということは、やはり夢か。もしかすると、自身が貴族のご令嬢だったことすらも、微睡みのなかのおとぎ話だったのかもしれない。
「……バカね。そんなはずないじゃない」
フィオナは失笑した。
それからまじないを唱えるよう、「わたしはフィオナ・ベルベット。交易都市ドレシアを治める侯爵家のご令嬢……」と身の上をそらんじていった。
そのうちに、青白い月の輝きが顔にかかる。
まぶしい。木の窓の向こう、雲の流れる夜空に月が照っていた。どうやらこれが、目覚めた理由のようだ。光を払いのけたくて、フィオナはようやく寝台もどきから身を起こした。
改めて辺りを見まわし、さらに深いため息をつく。
館の使用人だって、こんなに酷い部屋をあてがわれることはない。そのくらい、粗末で荒れ果てた個室であった。
家具は引き出しの抜けたタンスと、倒れた三本足の小椅子だけ。なによりもおぞましいのは、粉を吹いたかのように一面、白っぽい砂埃にまみれていることだ。見ているだけで、思わず咳きこみたくなった。
もう長い間、使われていない部屋のようだ。
それが証拠に、部屋の現主であるネズミが数匹、ささっと床を小走りしていく。令嬢は背筋を凍らせた。
「うっ……なんて場所なの。こんなところ、一秒たりとも居たくないわ……」
すぐに彼女は寝台もどきから下りた。
長い髪はほどかれたままだった。身に纏う服は寝間着よりもさらに質素な木綿のローブと、装飾のない皮の靴であった。
いろいろと疑問と不満が込み上げてくるも、ひとまずは背中にくっついた藁をはたいて立ち上がる。痛んだ床板を踏み抜かぬよう、そろりと足を慎重に下ろして歩いた。
部屋のドアには鍵はかかっていなかった。
半分だけ空けて、外の気配をうかがう。それから意を決して、フィオナは隙間に身を滑りこませた。
そこでまたも、彼女はぎょっと顔を引きつらせることになる。
ドアの外に出た瞬間、突如としてぬぅっと黒い影が覆いかぶさってきたからだ。しばし硬直していたが、その正体はすぐにつかめた。
「ぞ、像……?」
石彫りの像であった。
正確に言うのならば、たゆたうローブを纏った細身の人型である。長い両手を真横に伸ばし、十字の姿勢を取るそれは、フィオナにも馴染みのある像であった。
神を模した石像である。
息をつき、ゆっくり視線を巡らせてみれば──像の足元には祭壇があり、さらに奥には並べられた木製のベンチが目に留まった。
どうやらここは、古びた教会のなかのようだ。
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