番外編8.冴木蒼の場合1
イレギュラーだと!?
ダンジョンナビゲーションのタブレットからイレギュラーを知らせる通知が届いた。
俺のタブレットに届いたと言うことは、俺が担当すると言うことだろう。
今、俺が担当するダンジョン所有者はゼロだ。
役付きになった時に、それまで担当していたダンジョン所有者の担当は、部下に引き継ぎをしたからだ。
さてと、どこの人だ?
良かった、東京の人だな。
緑川蓮さんか。
男性かな?
タブレットから直接コンタクトが取れるので問題ない。
『もしもし?』
んっ!?
女性か!
「緑川蓮さんでしょうか?」
違うかもしれないしな?
「はい」
確定。
女性だった。
俺、大丈夫か?
ダンジョン庁ダンジョン課であること。
俺の名前。
これから担当することを告げ、ダンジョンの視察と、説明に伺う旨を伝えると、完全拒否の返答が来た。
何かやましいことでも!?
よくよく聞いてみると、ダンジョンの入り口が家の中なのだと言う。
それは…。
女性の家にゾロゾロと野郎を連れて行くわけには行かないな。
これがイレギュラーか?
なんとか俺だけが伺うことで、納得してもらった。
けど、俺個人としては大丈夫なのか?
女性と1対1なんて、嫌な思いしかしてないんだが。
仕事だから行くけど。
翌日、対面した緑川さんは目立たないようにはしていたが、控えめに言って美人だった。
なら、恋人もいるだろう。
付き纏われるということもないだろう。
緑川さんのダンジョン、メグミハントダンジョンはイレギュラーだらけだった。
俺が来て良かった。
下っ端じゃ対応しきれなかったぞ。
スライムの魔石は属性付きだし、ヒールポーションがドロップしているし…。
ダンジョンに入ったら入場特典?とかで、スキル【鑑定】が貰えてしまった。
俺的には大変ラッキーなことだが、他に知られたら大変なことになるのが、目に見えている。
このことは秘密にしてほしいとお願いされた。
そりゃ、そうだよな…。
迷ったが、頷くことにした。
緑川さんの生活が脅かされてはならないと思ったからだ。
メグミハントダンジョンでは、新しい階層に入る度に、入場特典としてスキルが贈られた。
各階層には、収穫出来る作物が育っている。
お米や野菜、果物とバラエティーに富んでいる。
しかもどれもとても美味しい。
魔力が豊富ってことだな。
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緑川さんは、ビックリ箱だった。
ダンジョンだけでなく、本人もビックリ箱だった。
マジックバッグが見てみたいと言うので、見せてみたら、作ってしまった。
マジックバッグを。
マジックバッグって、作れるのか…。
他にもヒールポーションを作ってみたり、マナポーションを作ってみたり、驚きの連続だ。
最初に作成されたマナポーションは、死にたくなるほど不味かった。
マズイと言われたが、あそこまでだとは思いもしなかった。
2度と飲みたくない…。
毎週のように、緑川さんのダンジョンにお邪魔する機会があり、緑川さんと接する機会が多くなる。
けれど、緑川さんの俺に対する態度に変化はない。
こんなに一緒にいて、居心地の良い違和感のない女性は初めてだった。
そう自覚した頃には、とっくに緑川さんのことが好きになっていた。
不毛なのはわかっている。
恋人がいる人を想ってもしかたないのだろう。
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ある時、太刀川(弟)が都庁に突然現れて、捲し立てていった。
「おまえの彼女のせいで、俺は会社を首になったじゃないか。さっさと別れたほうが身のためだ!忠告したからな!しかし、おまえは女の趣味が悪いよな。あんなメガネブスと付き合うなんて」
太刀川(弟)が、イヤな顔で笑う。
何を言ってるんだ?
俺には全く心当たりがなかった。
俺に彼女はいないからだ。
「誰のこと言ってるんだ?」
「しらばっくれんなよ。おまえがここで緑川蓮とイチャイチャしてんのを見たんだよ」
緑川さん!?
あっ?緑川さんのヒールが折れた時のことか?
っつうか、コイツ今、緑川さんのことをメガネブスって言ったのか?
許さんぞ?
おまえには関係ねぇだろうが!と話を打ち切った。
緑川さんに何かあったら、困ると連絡をして事情を聞いた。
パワハラ、モラハラ、セクハラと会社に損害を出したことでクビになったらしい。
完全に太刀川(弟)の自業自得だった。
逆恨みかよ。
ダンジョン課には、しばらく顔を出さない方がいいと伝えた。
俺がメグミハントダンジョンに行けばいいだけだからな。
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俺は太刀川(同級生)に苦情を入れた。
たぶんそれが悪かったのだ。
太刀川(同級生)が、緑川さんに興味を持ってしまったらしい。
緑川さんが会社を辞めようかと思ってると伝えてきた。
結婚するのか?
恋人と?
俺がココに来てる時には、見たことはないけど…。
思わず、結婚するのか?と問いかけてしまった。
「誰がですか?」
緑川さんの話をしてるのに、誰がとは?
「えっ?緑川さんがご結婚されてお辞めになるのかと」
違うのか?
「まさか、私って誰と結婚するんです!?」
誰と?
「あれ?彼氏さんいるんですよね?」
いるんだよな?
いないって言いましたよね?って言われたけど、聞いてないと思う。
えっ?いないのか?
えっ?魔導具を作りたいから!?
まぁ、会社の給料分くらいは、米とか野菜の買取が上回るだろうしな。
「それに太刀川一族に迷惑かけられるのは、うんざりなので」
話を聞いて、俺は怒りに震えたね。
あの野郎、よりによって緑川さんを嫁にだと!?
ふざけんじゃねぇぞ。
緑川さんは、太刀川(同級生)は全く興味がないと言っていた。
それは良かった。
けど、今後もこんなことが起こるんだろうか?
俺はその度にヤキモキするのか?
緑川さんに恋人がいないのなら、我慢する必要はないんじゃないか?
「緑川さん、私と結婚を前提にお付き合いしていただけないでしょうか?」
するっと、口からこぼれ落ちていた。
「冴木さん、大丈夫ですか!?
私、アラフォーの地味なおばさんですよ!?」
なぜか正気を心配されたぞ!?
なんでだ!?
「緑川さんは、おばさんなんかじゃありません!とても綺麗です」
そう、とても綺麗だ。
第一印象からそれは変わらない。
とても美人だ。
「本気で言ってますか?」
本気も疑われたぞ?
なんでだよ?
「こんなこと冗談で言える性格はしてません」
もう何年も誰とも付き合う気など起きなかったのに。
それでいいと思っていた。
兄貴達にも、俺は結婚しないと宣言していた。
それを覆してもいいほどの感情を持て余している。
それを疑われた?
「本当に私でいいんですか!?
ホントに奥さんとか彼女さんとかいないんですか!?」
彼女がいたり、結婚してたりしてるのに俺はそんなことを言う奴だと思われてるのか?
「だからそんなのいませんって言いましたよね?私は緑川さんがいいんです」
何度も言って、わかってもらうしかないよな?
「私のことを騙してません?」
なぜ、騙す必要が?
「そんなことをする意味がありますか?」
もしかして、金目当てとか思われてたりしないよな?
「本当に本当ですか?」
「はい、本当に本当です」
何度でも言う。
「なんで私なんですか?」
緑川さんは、美人なのに自信がないのだろうか?
「緑川さんはとても優しいじゃないですか」
それ以上に、
「それに緑川さんは、ガツガツしてないと言うか、ギラギラしてないと言うか…」
追いかけられてる時のあの獲物を狙うような視線を向けられ続けたりする恐怖。
どこに行っても待ち伏せされていて、ねっとりとしたあの視線。
自称彼女のストーカー行為。
もううんざりだ。
そういう感情が、緑川さんからは流れてこない。
俺のこと何とも思ってないだけかも知れないが…。
「一緒にいて違和感がないんです」
そう、とても自然に一緒にいることが出来る。
「本当に私でいいんですか?」
何度確認されても、答えは一つだけだ。
「はい、緑川さんじゃなきゃダメなんです」
「よろしくお願いします」
と、了承の意を伝えてくれた。
俺は抱きしめて喜びを伝えたかった。
もちろんやってないからな?




