キラキラを伝えたい
立花美鈴は、ぼんやりと街なかを歩いていて、偶然、クラスメイトである風早露里の顔が目に入った。風早は美鈴には気づいていない様子で、なにかを探しているようだった。美鈴は少し躊躇したが、風早に声をかけてみることにする。
「ねえ、アンタ。……同じクラスの、風早って子だよね? こんなことで、なにか探しもの?」
「えっ……」
美鈴に声をかけられて、風早は一瞬かたまってしまった。
「どうかした? 具合悪い?」
「えあっ、いやっ、そのっ、えとっ、……」
「なに?」
風早は、なにか言いたげにしているが何を言いたいのかハッキリしない……というか、どういう言葉を発したらいいのかわからない、という感じだ。美鈴は風早のそんな態度に少しイラッとしていたが、クラスメイトがなにか困っているのなら、助けてあげたいとも思っていた。
「あっ、あの……クラスメイトの、立花さんですよね? あの……どうして、私が風早だってわかったんですか? あ、いや、その、……今の私、普段の学校とかでの姿とはだいぶ違うと思うから……」
風早にそう言われて、美鈴は改めて風早の服装を見てみる。
「あー、まあね、学校での印象はともかく、今の風早の服装って、なんていうの、ロリィタとか、そういう系でしょ? かわいいよねー、フリルもリボンもいっぱいで」
「かわいいでしょ?! 立花さん、こういう服、興味ある?!」
「え、いや……服のことはともかく、私は、アンタがクラスメイトだし、なんか探してるような困ってる風だったから声かけたんだけど……」
「えっ、え、あ、そっか、ごめんね」
「や、謝ることじゃないよ」
「そっ……そっかぁ……」
ふへへ、と、少し恥ずかしそうに風早は笑う。
「確かにちょっと困ってるというか探してるというか、なんだけど、そのー……あんまりなに言っても引かないでいてくれる?」
「それは……ちょっと内容によるかな」
「そ、そうだよねっ……。あの、えぇと、率直に言うと、私の推し……って言ってわかるかな、私の好きなアイドルが、この近くでフリーライブをやるの! あ、フリーライブっていうのは、ね、無料で観覧できるライブのことで」
「へぇー、すごいじゃん。なに、それに行きたいけど場所がわからないの?」
「そ、そうなの……! もうすぐ時間なのに……!」
「その手に持ってるのは、地図?」
「あ、こ、これは、フライヤー……チラシ! 地図も小さくここに載ってはいるんだけど……」
そう言って、風早はチラシの隅を指さした。美鈴はそれを見て、チラシを風早の手から掴み取る。
「この場所なら私わかるから、連れてってあげるよ」
「え、でも、立花さんは時間とか大丈夫……?」
「私はちょうど暇してたところだから。……なんか退屈しなさそうだなって気がするから、一緒に行ってあげる」
「……ありがとう! 立花さん!」
「……美鈴でいいよ、私も露里って呼ぶし」
「……美鈴、ありがとう」
「はいはい、どういたしまして、露里」
少し二人で急いで歩いて、目的の会場の前にたどり着いた。露里の推しの出番がもうすぐ始まるところだった。
露里の推しは、少年クロウズという三人組メンズアイドルユニットのようだった。美鈴はさほど興味を引かれなかったが、露里の後ろについてステージを見守ることにした。
露里は、応援うちわやライトなどを取り出し、準備万端と言った様子。いざステージが始まると、誰よりもコールを叫んで、うちわやライトなどは適度に振り、撮影可能タイムでは手持ちの端末で撮影をし、と、大忙しなようだった。
クロウズのステージが終わり、観客たちが散り散りに去っていく中、露里もテキパキと荷物を整理していた。その後ろで、美鈴は呆然と立っていた。
「……美鈴? どうしたの? ステージ終わったよ?」
「あ、いや……そうだな、露里は、このあとすぐ帰るのか?」
「今日は特典会とかはないフリーライブだからそのまま帰るつもりだったけど……美鈴、もしかして、クロウズにハマっちゃった? どっかファミレスででも話そうか?」
「えっ、いや、そのー……」
「え、私の早とちり? だったらごめんね?」
次々と繰り出される露里の言葉に、美鈴はどう返したものか決めかねていた。
「あの、すごいなと思ったんだ、本当に……なんていうか、エネルギーがすごくて……」
「わかるよ、クロウズのライブ、すごいよね」
「いや、そうじゃなくて、露里が」
「……私?」
美鈴に言われて、露里はなんとも言えない表情で戸惑った。
「露里って、学校の中じゃおとなしそうなイメージで、あんまりその、今みたいな、かわいい服を着てるイメージがまずなかったし、ましてや、アイドルに向けてガンガンにコールするなんて……エネルギーにあふれてて、すごいな、って思ったんだ」
「それは……その……ありがとう?」
美鈴の言葉に、露里は戸惑いながらも、褒められているということは感じるので、嬉しくはあった。
「いや、その、だから、そのー……露里ってすごいなって思ったし、露里をここまで熱狂させるアイドルもすごいな、って思ったよ」
「でしょう?! じゃあ、これから一緒にクロウズのこと追いかけない?!」
「い、いや、その……いきなりそれはちょっとハードルが高いっていうか……私が、キラキラしてていいなって、思ったのは……」
そこで少し言葉を探すように、美鈴は黙ってしまった。露里は、その言葉の先を待つ。意を決して、美鈴が話し始める。
「私が、あの場で一番キラキラしてていいなって思ったのは、露里だよ。露里みたいになりたいって思った……。私も、クロウズを追いかけたら、露里みたいになれるのかな?」
美鈴に言われて、露里は、少し考える。
「……美鈴の言葉、すごく嬉しいよ。でも、クロウズを追いかけて私みたいになるってのは、ちょっと違う気がする。美鈴は、美鈴だけのキラキラを見つけなくちゃいけない。私には、……私にとっては、クロウズだった。でも、美鈴にとっては違うかもしれない。よく考えてみてほしい。美鈴が本当は、なににキラキラを感じて、惹かれたのか。それはきっと、美鈴にしかわからないことだよ。……すぐに答えを出せとは言わない。今日は一旦、帰って、一人でゆっくり考える方がいいかもね? そしたら、答えが出たと思ったら、また聞かせて」
露里は、美鈴に向けて優しくそう語りかけた。美鈴は、露里の言葉の一つ一つを大事に受け止めて、胸に刻みたい気持ちになっていた。
「……うん、じゃあ、今日は一旦、帰るよ。ありがとう、露里。思いがけない出会いのおかげで、私……人生、変わっちゃったかも」
「……美鈴の人生がいい方向に変わったら、私も嬉しいよ。人生を変える出会いって、突然だからね。私も……私の話は、今日はいいや。じゃあ、また明日、学校で会おうね。それで……聞かせてくれたら、嬉しいな」
「うん、ありがとう、じゃあまた明日」
そうして二人は、お互いに帰路についた。
翌日、学校。放課後、二人はあまり人が来ないところにあるベンチに並んで座っていた。
「……美鈴の考えは、まとまった?」
「……私は、露里みたいになりたい」
「え?」
「露里みたいに、かわいい服を着て、推しの活動を応援して、……キラキラになりたい」
「ちょ、え、待って、キラキラしてるのは、推し……クロウズの方であって、私じゃないよ」
「私には、あの会場で露里が一番、輝いてるように見えたよ」
「え。えー……? そんなこと言われても、私は、アイドルじゃないし、アイドルにはなれないよ」
「それでも、私には露里が一番キラキラしてるように見えたんだ。好きなものを全力で応援してる姿って、すごくキラキラしてて……愛おしいものなんだって、思ったよ、クロウズを応援する露里を見てて」
「それは……すごく嬉しいけど……」
「……露里は、クロウズを推してて、どうなりたいの?」
「どうなりたい? そりゃあ、もっと大きな会場で、たくさんのお客さんを幸せにして、その中に私もいれば、それが幸せかな、って……」
「……露里自身は、アイドルになりたいとかは思わないの?」
「おっ、思わないよ! 絶対に無理! 私なんて、生まれも悪いし、ビジュも良くないし、歌もダンスもやったことないし、なんの才能もない……」
「でも、キラキラしてた」
「……私はね、私自身には、アイドルになることなんてできないだろうから、アイドルを応援する側として、全力でいたいなって思うの」
そう言った露里の目の中には、様々な感情が渦巻いているようだった。
「アイドルになりたいって憧れが、まったくなかったわけじゃない。でも、私は……諦めちゃった。だから、せめて……アイドルをキラキラ輝かせる、全力のファンになりたいと思ったの」
「露里……。私は、そんな露里が、誰よりもキラキラ輝いてると思った。だから……露里の側で、露里のキラキラを感じていたい」
美鈴のその言葉に、露里は幸せそうに頷いた。
「わかったわ。美鈴がそう言うなら、美鈴は、私の側にいて。私の側で、私の届けるキラキラを見ていて。そして……そのキラキラが、たくさんの人に届いたら、嬉しいなぁ」
「……そうだね」
そう言って、美鈴は露里の手をぎゅうっと握りしめた。露里は、悪い心地はしなかった。
夢を追いかける仲間ができたことが、とても嬉しかった……。
〈了〉
連載の第一話にしようかと思ったけど続けられる気がしなかったので読切にした話。