■第10話(最終話)「その隣にいる意味」
日曜日の昼下がり。
庭では、子どもたちが洗濯物を手伝いながら笑い合っていた。
リビングからは、さっきまで録画していた家族旅行の映像が流れている。
その声に混ざって、美咲の笑い声も聞こえた。
「……ほんと、ひどい顔してるわね、このときの私」
「いや、それはさすがに……可愛いでしょ、むしろ」
悠真は苦笑しながら、ティーカップを片手にソファへ戻った。
「ねぇ、悠真。最近、ちょっと思うの。私たち、どうして今もこんなに“仲良し”なんだろうって」
「……いい意味で、今さらだな」
美咲は膝を立てて、その上に顎を乗せながら言った。
「たぶんね、私……肩書きにこだわってきたのって、“隣に並んでいられる自分”でいたかったからなのよ」
「隣に、って……俺の?」
「そう。あなたの。あなたの妻でいるには、私がちゃんと“戦ってる私”でなきゃって、ずっと思ってた。子どもたちの前でも、社員たちの前でも、“七瀬美咲”でい続けないとって」
「……そっか」
「でも、違ったの。あなただけは、どんな私でも、隣にいてくれてた。会社で疲れて泣いて帰った日も、子育てで自信なくした日も、全部」
悠真はティーカップを置き、美咲の隣に座り直した。
「美咲」
「ん?」
悠真はポケットから、小さな箱を取り出した。
開けると――中にはシンプルな銀のリング。
「……え、これ……」
「結婚してもう10年以上だけど、指輪を渡したのって、あのとき一回だけだったよね。だから、もう一度。――美咲、俺とこれからもずっと一緒にいてくれますか?」
美咲は一瞬、目を見開き、そしてふっと笑って頷いた。
「……うん。何度でも、私は“はい”って言うわ」
悠真がそっと指輪をはめると、美咲は指先を見つめながら、まるで初恋のように照れた顔を見せた。
そのまま――二人の唇が、ゆっくりと、確かに、重なる。
「んっ……ふぁ……ぁ……悠真……」
深く、甘く、熱く。
過ごした日々をなぞるように、未来を誓うように。
⸻
夜。
ベッドの中で美咲がぽつりとつぶやく。
「あなたの隣にいられて、私は幸せだった」
「だった、って言い方は縁起悪いな。これからも、でしょ?」
「……そうね。これからも、ずっと。――ありがとう、悠真」
「ありがとう、じゃないよ。これからも、よろしく。……社長さん」
美咲はくすっと笑い、そしてまた、長いキスをひとつ交わした。
「……んっ……ふぅ……だめよ、また朝まで眠れなくなる」
「……それでもいいじゃん。今日は、夫婦記念日みたいなもんでしょ?」
そして――
静かな部屋に響いたのは、2人の笑い声と、やさしい吐息。
“隣にいる意味”
それは、愛し続けるという覚悟と、愛され続けるという奇跡。
2人の人生は、今日もまた、並んで歩いていく。
⸻
完




