■第5話「子供達のバトン」
夏の終わりが近づくある日。
美咲が朝の支度をしていると、ダイニングにて律真(りつま・中学2年生)と紗良(さら・中学1年生)の兄妹が、こそこそと話していた。
「…詩音と結翔にも声かけといた。あとはパパとママにバレないように進めるだけ」
「うん。澪も手伝ってくれるって言ってたよ。大地と葵もお菓子係!」
そんな会話を背に聞きながら、美咲は小さく微笑む。
(……ああ、また何か計画してるのね。こういうときの子どもたちの団結力って、本当にすごいわ)
とはいえ、母親として知らぬふりも難しい。
ただ、それが“親に内緒の何か”ではなく、“親のための何か”であることは――不思議と分かっていた。
⸻
それから数日後――
「ママ、日曜日は空いてる?」
翔真(しょうま・高校2年生)が夕食時にふと訊ねた。
「ええ、たまたま取材も会議も入ってないわ。どうして?」
「ちょっとさ、全員分の時間を合わせたくて」
そう言って、翔真は何も言わずに笑うだけだった。
悠真もそのやり取りを不思議そうに見ていたが、どこか懐かしいような顔をしていた。
⸻
■日曜日――朝10時。
七瀬家のリビングには、8人の子どもたちが全員集合していた。
翔真を中心に、手にそれぞれ何かを持っている。
「パパ、ママ、今日は……僕たちからの“ありがとうの日”です」
「えっ……?」
「結婚して10年以上、家族でいられてありがとう。ママが社長で忙しい中、家を守ってくれてありがとう。パパがいつも優しくてありがとう。だから今日は――子どもたち主催の《家族感謝祭》!」
そう言って、詩音が手作りの式次第を読み上げる。
・第1部:ありがとう作文発表会
・第2部:みんなで写真を撮ろう!
・第3部:パパとママの“ラブラブクイズ”対決
・第4部:サプライズ手紙
「……なにこれ……もう、泣いちゃうんだけど」
澪がティッシュを配りながら、にやっと笑った。
「ママ泣くの早すぎー。でも最後までちゃんと聞いてね」
⸻
作文発表会。
葵が読み上げる。
「ママはすごい人です。社長ってかっこいい。だけど、僕にとっては“おなかの音が鳴るママ”でもあります。仕事でどんなにカッコつけてても、夜お腹空いたらカップラーメン食べてる。そんなママが一番好きです」
大地が笑いながらうなずいた。
「パパは僕の友だちです。秘密の特訓してくれたり、ママにバレないようにアイス買ってくれたり。パパがいるから、僕は毎日楽しいです」
その一つひとつの言葉に、美咲も悠真も、涙をこらえながらただ静かに聞き入っていた。
そして最後のサプライズ――
律真が代表して二人に手紙を渡した。
「これ、8人全員で書いた“未来への手紙”。
10年後も、20年後も、家族でいたいって書いてあります。ママが仕事を続けても、パパが家のことやっても、みんなが一緒にいたらそれでいいって」
それは、子どもたちからの“バトン”だった。
受け継ぐのは、未来への信頼。そして、ふたりへの愛情だった。
⸻
その夜、美咲はリビングで手紙を何度も読み返しながら呟いた。
「……もう、こんなのズルい」
「うん。泣かないのは無理だわ」
悠真は美咲の肩をそっと抱きながら言った。
「でも、こういう日があるから、頑張れるんだよな。たぶん、これからも」
「……ねえ、悠真」
「ん?」
「私たち、いい子どもたちに育てたね」
「違うよ。あいつらが、勝手に“いい子”になってくれたんだよ。俺たちが必死で背中見せてただけ」
「……キスしていい?」
「……もちろん。何度でも」
ソファの上、静かに唇を重ねる二人。その先に、またひとつ確かな未来が灯っていた。




