■第2話「息子と娘の秘密」
週末の夜。ダイニングに座る美咲の前には、子どもたちのプリントや連絡帳、そして夕飯の後片づけが残っていた。悠真はソファに座りながら、次男と一緒に漢字ドリルをのぞき込んでいる。
「“感謝”の“謝”は、“言う”に“射る”って書くんだな。意味深いなぁ」
「パパ、それ毎回言ってるよ」
と次男が呆れ顔を見せたときだった――
バタン、と玄関の扉が強めに閉まる音。三女の凛花(りんか・中学1年生)が真っ赤な顔で帰宅した。
「凛花?」
「……っ、ただいま」
リビングの空気が一瞬止まった。靴もそのまま、鞄も放り出したままの凛花は、そのまま階段を駆け上がっていった。
「おかしいわね……何かあったのかしら」
美咲が立ち上がろうとした瞬間、悠真が手を軽く伸ばした。
「俺、行ってくる。……ああいう時、母親より父親の方が話しやすいこと、あるからさ」
その言葉に、美咲は一瞬、胸を締めつけられるような感情を覚えた。
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凛花の部屋のドアの前。ノックもせず、悠真はそっと扉を開けた。
「泣いてる暇があるなら、話してくれると助かるんだけどな」
「……うるさい」
「そう来るか。でも、ほら。パパ、アイス持ってきた」
小さなカップのバニラ。凛花はため息をつきながら、そっとそれを受け取った。
「……私、学校で好きな人いるって言ったら、からかわれて……しかも“あの七瀬社長の娘だから”って。普通の恋もできないの? 私……ママの娘でいるの、ちょっとつらい」
言い終わるや否や、ぽろぽろと涙が落ちる。
悠真は何も言わず、彼女の頭をそっと撫でた。
「凛花は、凛花だろ? ママの娘ってことは、強くて綺麗で、すごく優しいってことだ。それに、誰に恋しようと自由だよ。パパも、ママに恋して結婚したんだ。誰になんと言われようと、俺の人生で最高の選択だった」
その言葉に、凛花がくすりと笑う。
「……パパってさ、昔モテた?」
「え? 今もモテてるつもりだけど?」
「はいはい、自称だけね」
軽口を交わす親子の時間。
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リビングに戻った悠真は、美咲にだけ聞こえるように小声で告げた。
「……“七瀬社長の娘”って言われるのが、少しつらいんだって」
一瞬、沈黙。
「そう……私のせい、ね」
「違うよ。……でも、たまには“ママ”だけになる時間も作ってやれたら、あいつ嬉しいかもな」
美咲は静かに頷いた。
そしてその夜、リビングで1人、子どもたちの幼い頃のアルバムを開く美咲の瞳には、静かな涙が浮かんでいた。
「強くなれ、なんて……私が言っちゃいけなかったのかもしれないね……」




