『熱海で過ごす、家族10人の“おかえりなさい”旅行』
七瀬家にとって、この数年は怒涛の日々だった。
8人の子どもを育てながら、社長と取締役という責任ある仕事を両立し続けたふたり。
そんな美咲の社長復帰祝いを兼ねて、今回の旅行は計画された――
場所は熱海の、家族連れに優しい高級旅館。
2泊3日、10人分の有給休暇を取得しての大旅行。
「……ここが今日泊まるところ? ひろ〜い!」
「うわぁ、お風呂もでっかい〜!」
子どもたちのはしゃぐ声が旅館に響き渡る。
チェックインを済ませた後、家族全員で豪華な昼食バイキングへ。
特に朝食の豪華バイキングは子どもたちに大人気で――
「ママ、ぼくオムレツと納豆とクロワッサン食べていい?」
「ねぇ! 目玉焼きも取ってきたの! ママも食べて!」
と、トレイの上はまるで食の宝石箱。
そんな子どもたちの姿を見ながら、美咲と悠真は穏やかに微笑み合っていた。
*
夕食後、貸切の混浴温泉へ。
この旅館では、家族専用の混浴露天風呂が予約制で設けられていた。
脱衣所で服を脱いで、バスタオルを巻いて湯に入ると、
天然の湯けむりの中、夜風が心地よく頬を撫でた。
「わー! ほんとにおっきい〜!」
「きもちいぃ〜!」
子どもたちは大はしゃぎだったが、やがてふたりの様子を察したのか、
長男の翔真と長女の紗良が静かに声をかけた。
「ママとパパ、ちょっと話したそうだから、こっちでみんなと遊んでるね」
「あっちに小さい温泉プールあるし!」
そう言って、8人の子どもたちはそっと移動していった。
湯のなか、静かに寄り添うふたり。
その瞬間――悠真が、湯の縁に置いていた小さな箱を取り出す。
「……実は、これ。ずっと前から準備してたんだ」
美咲が手にすると、中には3つのアイテムが。
光沢のあるネックレス。シンプルかつ上品な高級財布。そして、繊細に彫金された指輪。
「社長復帰、おめでとう。そして、母親としても、妻としても、本当にありがとう。
子育ても仕事も、ここまで頑張ってきてくれて、心から感謝してる。これからも、よろしくね」
その瞬間、美咲の目に涙が浮かぶ。
「……こんなに頑張ったの、あなたと一緒だったから。ありがとう。……ありがとう…っ」
言葉が続かず、美咲は悠真の胸に顔を埋め、静かに泣いた。
そして、彼女の涙をそっと拭ったあと、
悠真は美咲の唇に、強く、甘く、深くキスをした。
静かな湯けむりの中で――
長く、愛おしさが溢れるほどに、唇を重ね続けるふたり。
「……んっ、悠真……ん……っ」
微かに漏れる声が、夜風に溶けて消えていく。
少し離れた温泉の奥から、子どもたちの声が聞こえる。
「ねえねえ、もうそろそろ出る?」
「まだパパとママの時間でしょ」
「だいじょうぶだよ。あれは“特別”だから」
翔真と紗良は、きっと大人のふたりに必要な時間を、
もう自然と理解していたのかもしれない。
*
夜の客室。
全員で布団を敷き詰めて、川の字どころではない賑やかな寝床。
「楽しかったね〜!」
「ママ、おやすみ〜!」
「パパ、また明日も一緒に入ろうね!」
それぞれがそう言って布団に潜りこむ。
美咲は、手元に届いたネックレスをそっと胸元にかけながら――
「……ありがとう、悠真。これが、私のいちばんの幸せかも」
悠真はその隣で微笑んだ。
「俺も。君がいて、子どもたちがいて――
“社長”も“仕事”も、全部大切だけど、
やっぱり俺は、“家族”ってものに救われてる」
そう言って、美咲の額に、もう一度優しくキスをした。
その夜、熱海の空の下で――
10人の“家族”は、心からのぬくもりに包まれていた。




