第8話『ふたたび社長として――決断のとき』
梅雨入り間近のある朝――
七瀬家のキッチンでは、トーストの焼ける香りと、子どもたちの元気な声が響いていた。
「ママ〜、今日“お仕事行かない日”って言ってたのに、なんでスーツ着てるの?」
末っ子の澪の問いかけに、美咲は少し困ったように微笑んだ。
「うん、ちょっとだけ……会社に、顔を出すだけ」
「顔を出すだけ、で帰ってくる?」
「……うん。必ず、夕方までには帰るから」
そう言って、美咲は子どもたち一人ひとりの頭を撫で、「行ってきます」と微笑んだ。
玄関先では、悠真がスーツ姿で待っていた。
「今日、何かあった?」
「……うん。大きな提案があって、決断しなきゃいけない」
「ついて行こうか?」
「……今日は、一人で大丈夫。でも、夜に話聞いてもらってもいい?」
「もちろん。いくらでも聞くよ」
それだけで、美咲はすっと気持ちを立て直し、会社へと向かった。
*
社内会議室――
副社長・涼子と、社長代行として働く結花を含めた役員たちが揃う。
今日の議題は――**“七瀬美咲が、再び正式に社長の座へ戻るかどうか”**というもの。
美咲は静かに立ち上がり、全員を見渡す。
「皆さん、私が休職している間、本当に支えてくださってありがとうございます」
「子育てと家庭を両立しながら、改めて思いました。私は――
社長である前に、母であり、ひとりの女性でもあると」
「……だからこそ、私は戻ってきたいと思っています。“母としての私”が社長として働く姿を、子どもたちにも見せたい」
沈黙のあと、結花が口を開いた。
「私は、代行の立場でこの椅子に座ってきました。
でも、やっぱりこの会社を一番動かせるのは、美咲さんだと思います。私は戻ってきて欲しいと思っています」
涼子も続く。
「誰よりも強くて、でも誰よりも人の痛みに敏感なあんたが、トップに戻ることは必然よ。……育児しながら会社を動かすなんて、できるわよ。だって、私たちがついてるんだから」
そして全員一致で――七瀬美咲の社長復帰が、正式に決定した。
*
夜、子どもたちが眠りについた後。
ベランダでふたり並び、カップを片手に美咲は語った。
「……やっぱり、戻ることにした。社長に」
「うん。美咲がそうしたいなら、俺は全力で支えるよ」
「ありがとう……。本当は不安だった。もう“社長の私”じゃなくて、“お母さんの私”でいた方がいいんじゃないかって……」
悠真は静かに、美咲の肩を引き寄せた。
「君は、“どっちも”でいいんだよ。社長でいても、お母さんでいても、僕にとっては最高の美咲だから」
「……ふふ。嬉しい。じゃあ、今夜は――社長じゃなくて、妻の顔で甘えてもいい?」
「こっちは、夫の顔で迎えます」
その後、ふたりは寝室へ。
ベッドの上で互いの体温を確かめ合い、言葉よりも深いキスで感謝と愛を伝え合った。
「おかえり、七瀬社長」
「ただいま、私の旦那さま」




