第9話:ただいまを言える場所
日曜の午後、七瀬家のリビングはどこかふわりと温かい空気に包まれていた。
手土産を抱えてやってきたのは――
社長代行を務めた古賀結花と広瀬誠一、そして若手女性社員の佐伯里帆。
「この匂い……おいしそう! 誰の手作りですか?」
「今日は、僕と長男の翔真の合作です」
悠真の笑顔に、佐伯は目を丸くする。
「うそ……社長って、こんなに家庭的だったんですか!?」
「“社長の夫”だからこそ、覚えたのよね」
横で微笑む美咲。その声に、部屋がぱっと明るくなる。
和やかな食卓の中で、美咲はゆっくり立ち上がった。
家族以外の人間に、こうして“社長”として語るのは久しぶりだった。
「……長くお休みをいただきました。支えてくださった皆さん、本当にありがとうございます。
来週から、私は正式に社長に復帰いたします。代行を務めてくださった結花さん……心から、感謝しています」
結花は静かに立ち上がり、深く一礼した。
「私も、この期間でたくさんのことを学ばせていただきました。
ですが、やはり“あの椅子”は七瀬社長でなければ務まりません。そう、実感しています」
佐伯もまた、小さな声で言った。
「……戻ってきてくれて嬉しいです、社長」
美咲は微笑みながら、全員に向き直った。
「これからも、母としても社長としても、精一杯生きます。
どうぞ、よろしくお願いします」
*
夕暮れ、子どもたちが眠る頃――
美咲はスマートフォンを手に取り、ある女性に電話をかけた。
「……有紗さん、ご無沙汰しています。やっと、戻ってこれました」
画面越しに現れたのは、悠真の元直属の上司、高梨有紗。
今は別の会社で働く一児の母――穏やかな笑顔に、どこか懐かしさがあった。
「うん、元気そうで安心した。……美咲さんが戻るのを待ってたよ。会社も、悠真くんも、そして社員たちもね」
一通りの報告を終えたあと、有紗はふっと笑ってから言った。
「で? 社長復帰祝いに、甘〜い夜でもプレゼントされたの?」
「ええ、それはもう……甘く、濃厚に、ね」
美咲は頬を染めながら笑った。
*
その夜――
七瀬家の寝室には、静かに灯りがともっていた。
白いシーツの上、ふたりはゆっくりと衣服を脱ぎ、
互いの肌を見つめ合う。
「ねぇ……また筋肉、増えた?」
美咲が指先で悠真の腹筋をなぞりながら、いたずらっぽく微笑む。
「社長のために鍛え直したからね。どう?」
「……ほんとに、罪な体してるわよ」
悠真の視線が、美咲の胸元に落ちる。
その視線を感じた美咲が、耳元にそっと囁く。
「……聞きたいの?」
「う、うん……もし良かったら、カップ数、また変わった?」
「……小声でしか言わないわよ。……Jカップよ」
「……マジか……すご……」
互いに照れながらも、目が合うたびに、空気が熱を帯びていく。
悠真の両腕が、美咲の腰をしっかりと支える。
「……大丈夫。今夜は、全部俺が受け止めるから」
「ふふ……頼もしいわね」
甘く、深く、そして熱く。
キスは静かに始まり――
徐々に、唇が重なり、吐息が絡まり、
ふたりの世界が静かに溶けていく。
シーツの音すら心地よく響き、
ふたりは一つになりながら、互いの存在を強く確かめていた。
「……おかえり、美咲」
「……ただいま、悠真」
その言葉とともに、
長い夜が、ゆっくりと優しく包み込んでいった。




