第6話:継がれた想い、繋がる未来
「社長としての美咲さんは――“信じる勇気”を持つ人でした。」
会議室でそう語ったのは、常務代行として業務を担っていた広瀬誠一。
朝の重役会議で、若手部長陣の提案に対して結花が慎重姿勢を崩さない中、
誠一は過去を思い出すように言葉を紡いでいた。
「利益が確実でなくても、“人が動きたいと思えるビジョン”があるなら賭けてみる。
七瀬社長は、そういう人だった。たとえ失敗しても、それを取り返すだけの“信頼”を社員に与えてた」
会議室が静まる。
視線は、取締役の橘悠真にも向けられていた。
結花は深く頷き、ゆっくり口を開いた。
「……私も、代行を任された以上、逃げるつもりはありません。
けれど、彼女のように“人を信じる強さ”を持てるかは……正直まだ、怖いです」
その言葉に、悠真は静かに言った。
「……彼女も最初からそうだったわけじゃありません。
でも、誰かが支えてくれたから、信じることができたんです」
「それは……橘さん、あなたですね?」
「……はい。僕です。
だけどそれ以上に、“信じてくれる社員”がいたから彼女は立てたんです。
そして今、あなたもすでに“信じられている”人ですよ、結花さん」
結花の目がわずかに揺れる。
「――ありがとうございます。
社長が戻ってくるその時まで、私なりにこの椅子を守りたいと思います。…恐れずに」
会議室に温かな空気が広がった。
それは、かつて美咲が築き、悠真が守り、
今また次の世代へと“継がれていく信頼の形”だった。
*
その日の午後、誠一と結花は執務室で短く言葉を交わした。
「……娘さん、よく頑張ってるな」
「……ありがとうございます。父にそう言われるのが、一番、嬉しいです」
誠一は、微笑みながら机に目を落とす。
「会社も、少しずつ“彼女”の不在を埋めるように回ってるが……
やっぱり、トップの器はひとつしかない。
あの人が帰ってきたとき、会社が“あの頃の温度”を取り戻せるように――今が正念場だ」
結花は深くうなずいた。
「――その時は、笑って“おかえりなさい”って言いたいです。
……社長、やっぱり“七瀬美咲”じゃなきゃ駄目だって、私は思うんです」
*
一方その頃――
療養施設の美咲は、ようやく「復帰後のリズム」をノートに書き始めていた。
「週3日から少しずつ」「朝会議は当面控え目に」「子どもたちとの時間を優先」
無理はしない。けれど、完全にもどる。
その時、扉がノックされた。
届けられたのは――悠真からの小さな宅配便。
中には社員たちが作った“寄せ書きアルバム”。
『社長、いつでも帰ってきてください。
椅子も、温度も、空気も、ちゃんと空けてありますから』
美咲はその場に座り込み、また一筋、涙を流した。
「……本当に、ありがとう」
そして心の中で、はっきりとつぶやいた。
「帰ります」




