表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『秘密のエグゼクティブ・ラブ』〜社長、恋してはいけませんか?〜  作者: AQUARIUM【RIKUYA】
休養・復帰編『肩書きよりも、あなたの隣』-そして2年後も…
50/77

第5話:知らなかった「わたし」



――療養生活5か月目の朝。

七瀬美咲は、ようやく心と身体に“静かな余白”ができていることを感じていた。


これまで、社長という肩書きに縛られていた日々。

朝は会議、昼は書類確認と承認、夜は未来の経営戦略。

週末は家事と育児と、役員との会食。

そして、子どもたち8人の名前と予定表が、脳内に常に浮かぶ――。


それが今、彼女の目の前にあるのは、

一冊の文庫本と、草木のそよぐ庭。

聞こえるのは鳥の声と、自分の呼吸だけ。


「……何もないって、こんなに……怖いのに、心地いいんだね」


ふと笑い、手紙の束に指を伸ばす。

子どもたちと悠真から届いた“おかえりアルバム”には、毎週絵日記や料理の記録、時には子どもたちが作った詩まで貼ってあった。


『おかえりって言いたいから、今日もがんばったよ』


ページの下に書かれたその文字を見たとき、

美咲の胸に何かがすっと、温かく落ちていった。


「……私、帰る場所がちゃんとあるんだ」


そのとき、療養施設の受付で呼び鈴が鳴った。

来訪者の名前は――


「相川涼子様」



「おーい、美咲。来たわよー。会いに来てやった感謝しなさい」


その軽口と共に、副社長・相川涼子が立っていた。

お腹は大きく膨らみ、臨月に近いのがわかる。


「……涼子。体、大丈夫なの? 来るの無理しなくてよかったのに」


「はっ、あんたに言われたくないわ。8人産んだ女に比べたら、こっちはまだ4人目よ。余裕よ、余裕」


けれど、彼女がテーブルに座ったとき、ふっと口調が柔らいだ。


「……会いに来たのはね、母として、先に“ちょっとだけ”先輩のあんたに会っておきたかったのよ」


「……母として?」


「うん。

……会社ってさ、代わりが効くと思ってた。どんな人でも誰かが補えるって。

でもね、社長って肩書きじゃなくて、“あんた自身”は、代わりがいなかったんだなって思った」


美咲はゆっくりと、目を伏せた。


「……ありがとう。

けど……ちょっと怖くもなった。戻るのが」


涼子は、そんな美咲の手を優しく握る。


「なら、ちょっとずつ戻ればいいじゃない。全速力じゃなくていい。

……でも、会社も子どもたちも、なにより悠真が、待ってるよ」



その夜、美咲は療養施設の窓から夜空を見上げた。

満天の星――けれど彼女には、もう「道しるべ」が見えていた。


「……もう少し。もう少しだけ、心を整えて、帰ろう。

この“知らなかった私”のままじゃなくて、“戻りたい私”で」


静かに、でも確かに――

美咲は“帰る準備”を始めていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ