第3話:ママへ――子どもたちの手紙/涼子の“母としての覚悟”
美咲が静養している郊外の療養施設は、自然に囲まれ、静かな風が吹き抜ける場所だった。
毎日決まったリズムで食事と軽い運動。パソコンや電話には一切触れず、ただ、自分の体と心と向き合う日々。
それでも、ふとした瞬間に“家族の声”が恋しくなる。
特に夜。病室の天井を眺めながら、8人の子どもたちの寝顔を想像する時間は、
美咲にとって「一番つらくて、一番愛おしい」時間だった。
そんなある日、看護師が封筒を差し出した。
「ご家族からお手紙が届いていますよ。8通、すべてお子さんからです」
差出人の名前を見た瞬間、美咲は手を震わせた。
――翔真
――律真
――紗良
――詩音
――結翔
――澪
――葵
――大地
封筒を一つずつ開き、拙い字と、カラフルなクレヨンで描かれた絵が現れる。
「ママ、げんきになってね!ぼくがいなくてもがっこういくよ!」(翔真)
「ママにあいたいよ。だっこしたい。はやくかえってきて」(律真)
「ままへ。いまもママのことだいすきだよ。はなをかいたよ。ままとおなじピンクのチューリップ」(紗良)
「まま。パパがごはんつくった。おいしかったけど、ままのほうがすき」(詩音)
「ぼく、ままとおさんぽしたい。まってるね」(結翔)
「まま。おふろいっしょにはいりたいよ。おはなもいっしょにみたいよ」(澪)
「ままへ。ままがいないとさみしいけど、ままがんばって。ぼくもがんばるよ!」(葵)
「ママ、またいっしょにねんねしようね。だいすき!」(大地)
それを読み終わる頃には、美咲の頬は濡れていた。
「……会いたい。……会いたいよ……」
声にならないほど、胸が締めつけられる。
だが、涙とともに流れるのは、愛された実感と、愛する覚悟。
そしてその夜、彼女は便箋を8枚取り出し、一人ひとりに返事を書き始めた。
「翔真へ。がっこう、がんばってくれてありがとう……」
「律真へ。ママもぎゅってしたいよ……」
手紙を書きながら、彼女は心の奥から“灯”を取り戻していた。
*
一方その頃――副社長の相川涼子は、
ふたたび双子をお腹に抱えた妊婦として、自宅療養に入っていた。
「結局、また双子かぁ……ほんと、うちの家系、どんだけ遺伝するのよ……」
そうぼやきながらも、顔は穏やかで、母としての充実に満ちている。
「でも、社長がいない今……私が支えなきゃって思ってたのにさ」
涼子は、家の中でも仕事の資料に目を通していた。
育児も、仕事も、ぜんぶ中途半端にはしたくない――それが涼子だった。
そんな彼女に、ある日悠真からメッセージが届いた。
『美咲に手紙を渡しました。全員号泣、全員成長。
涼子さんにも……ありがとうと言いたいです。あなたの支えがなければ、俺も、家族も、ここまで来れませんでした。』
涼子はその文を見て、思わず吹き出した。
「ははっ……感謝されると、弱いのよ私。……もう、頑張るしかないじゃない」
そして彼女は、大きなお腹をさすりながら、自分に言い聞かせる。
「美咲……戻ってくるまでに、私もママとしても、副社長としても、もっと強くなるから。
待ってなさいよ」
春の陽射しの中、2人の母が、それぞれの場所で前を向いていた。




