第9話:秘密の夜と、甘い距離
「行ってきます、社長」
「……行ってらっしゃい、取締役」
朝7時30分――
玄関先、スーツ姿のふたりは“家族”として子どもたちを祖父母に預け、
“社長と取締役”として出勤する。
出かける直前、美咲が小さな声で言う。
「今日、1日限り……ふたりきりの時間、もらっていい?」
悠真は笑って、唇にそっとキスを落とした。
「そのつもりで、祖父母に泊まりお願いしました」
玄関を出て、会社に到着。
誰もいないエレベーターでふたりきり――
扉が閉まった瞬間、静寂と共に熱が爆ぜた。
「ん……っ」
美咲の背を押し、悠真が強く唇を塞ぐ。
ふたりの間にあった“社長と社員”の距離は、
この密室では無意味になる。
「……今日は、誰にも邪魔されないわよ」
「もちろん、覚悟してます」
*
昼――
悠真のランチは、セブンイレブンのコンビニ弁当。
「おろしチキン竜田弁当」、最近のお気に入り。
美咲も偶然、同じ弁当を社長室のデスクで広げていた。
「また同じ弁当買ってたの? 本当に好み似てきたわね」
「じゃなくて、見たら“美咲も食べてそう”って思っただけです」
お互い笑い合いながら、忙しい中でもほっとする時間。
そして、弁当の容器を片づけた直後――
「……午後、始まるまで……キス、してもいい?」
「言う前に、してるわ」
立ち上がった美咲が、ゆっくりと悠真に近づき――
重なる唇。
昼のチャイムが鳴るその直前まで、ふたりは深く、甘く、唇を重ね合った。
*
そして夜――
子どもたちは祖父母宅。会社は全館消灯。
社長室の中には、ふたりの影だけが静かに揺れていた。
「こういう夜、久しぶりね……」
「ええ。誰にも気づかれない、ふたりだけの場所」
ふたりはソファへ。
ジャケットが静かに床に落ち、シャツが解かれる。
「……谷間、見えてる」
「……何、見てるの?」
「何カップだっけ?」
美咲は、悠真の耳元で小さく囁いた。
「……Hカップよ」
「……あれ? 前より、少し大きくなった?」
「……五月蝿い」
美咲の吐息混じりの声に、再び深く、甘いキスが交わされる。
シャツを脱いだ悠真の身体に、そっと指を這わせながら――
美咲が呟く。
「……ほんと、相変わらずね。家でも思ってた。筋肉質で、お腹もちゃんと割れてて……」
「美咲……」
「見てるだけで、触れたくなる」
その夜、ふたりは抱き合ったままソファで眠った。
身体の温もりも、呼吸も、すべてが溶け合うように。
静まり返る社長室。
愛を交わしたその場所には、ふたりの“確かさ”だけが残っていた。




