第8話:一通の手紙、そして“社長の過去”を知る者
ある日、TSグローバル本社に届いた一通の封書。
宛名は「社長室 七瀬美咲様」。差出人の記載はない。
しかし、手書きの文字にどこか見覚えがあった――
「……この字、まさか……」
美咲が指先で触れたその筆跡。
思い出したくなかった“過去”が、脳裏をよぎる。
――十数年前。
まだ学生だった美咲が、家業の経営を継ぐか悩みながら過ごしていた頃。
とある起業サークルで出会った一人の青年・片瀬尚人。
彼は美咲と一時期、未来のビジョンを語り合い、将来の夢を一緒に描いていた――が、
経営方針の違いをきっかけに決裂。美咲が家業を継ぎ、彼は海外へと去っていた。
(……なんで今さら、私に?)
開封すると、そこにはシンプルな文章が記されていた。
「今でも、君のことを“あの頃の美咲”としてしか思えない。
会って、確かめたい。君が、どんな“社長”になったのか」
その夜。
自宅の書斎で、悠真にすべてを打ち明けた。
「……ただの“友達”だった。でも、私が社長になると決めた時、“裏切られた”って言われたの」
「……会うの?」
「わからない。でも、今の私は――“誰の目にも、堂々と見せられる私”でいたい」
悠真は、静かに彼女の手を握った。
「どんな過去があったって、今のあなたを変えることはできない。
……あなたが戻る場所は、ここしかないんだから」
*
数日後。
都内の小さなホテルラウンジにて、美咲は尚人と再会した。
「……相変わらず綺麗だな。
でも、ずいぶん“遠い存在”になったなって、正直思ったよ」
「そう見えるのは、お互いに進んできた道が違うから。
私は、誰かの隣じゃなくて、自分の足で立てる場所を選んだの」
尚人は少し苦笑して、言った。
「そうだな。昔の俺は、自分の理想を他人に押し付けてたんだと思う。
君に謝りたくて、ずっと連絡しないでいた」
美咲は言葉を選びながら、ゆっくりと答えた。
「謝らなくていい。
あの時のあなたがいたから、私は迷わず“社長”になる覚悟を持てたの。
……だから、ありがとう」
帰り際。尚人はふと、美咲の左手に目をやった。
「君の隣にいるのは……どんな男なんだ?」
美咲は、少し微笑んだ。
「――世界で一番、私の価値を信じてくれる人よ」
その言葉に尚人は静かにうなずき、別れを告げた。
*
帰宅後、美咲はリビングにいる悠真と8人の子どもたちの姿を見て、心の奥に静かな安心を感じた。
もう、自分を証明するために誰かに会う必要はない。
今の自分は――
「社長」であり、「母」であり、そして「愛される妻」なのだから。




