第7話:海外からの風と、涼子の決意
副社長・相川涼子は、朝から落ち着かない様子だった。
「……何回、件名見直したら気が済むのよ、私……」
自室のタブレットには、海外赴任中の夫・クリス・タナカから届いた一通のメール。
――「日本帰任、決定。子どもたちと一緒に“家族としての時間”を優先したい」
それは、彼にとっても、彼女にとっても、人生の転機となる知らせだった。
*
昼前、美咲と社長室での打ち合わせを終えた涼子は、書類を閉じて静かに言った。
「……実は、夫が日本に戻ってくることになったの」
「えっ……それは嬉しい話よね?」
「うん。でも同時に、悩んでる。
今の私、完全に“副社長”って顔で日々走ってる。
でも子どもたちは、“母親の顔”をもっと求めてるのもわかってるの」
美咲は黙って耳を傾けた。
「夫と話し合ったの。
これからは、もっと一緒にいようって。
でもそのためには、私が“会社”と“家庭”のバランスを変えないといけない」
「つまり……?」
涼子は、美咲の目をしっかりと見て言った。
「私、副社長を“退かない”。でも“在宅勤務”をもっと取り入れる。
子どもたちとの時間を守りながら、会社も支える。
やっと“自分の形”が見えてきた気がするの」
美咲は、ふっと笑った。
「あなたらしい答えね。……強くて優しい、相川涼子そのものよ」
「ありがと。……ねえ、美咲」
「なに?」
「私たち、いつからこんなに“母親同士”みたいな話、普通にしてるのかしらね」
「そうね。たぶん、あの出産ラッシュの頃かしら。8人育てる私と、2人抱えたあなたで――」
「地獄のような夜泣きタイムに、“生きてる?”ってLINE送り合ってたあの日々……!」
ふたりは思い出し笑いをしながら、ソファに座る。
「でも、そんな日々があったから、今がある。
母でも、役員でも、妻でも、女性でも――
“どれか”じゃなくて、全部を自分らしく重ねられるようになった気がするの」
涼子の声には、5年の歩みがにじんでいた。
*
夕方――
帰宅後、子どもたちが夫と再会し、嬉しそうに抱きついてくるのを見て、涼子は静かに思った。
(やっぱり、私はこれを守りたい)
母としての時間も、会社での責任も――どちらも、自分の“居場所”だと。
その夜、家族団らんの食卓で、夫が言った。
「君は君のままでいてほしい。僕らは、それを支える家族になるから」
涙がこぼれそうになるのを堪えながら、涼子は答えた。
「ありがとう。……家族があるから、私は前に進めるのよ」
そして彼女は再び、
“副社長・相川涼子”としても、“母・涼子”としても――
両方を抱きしめながら、明日を迎えるのだった。




