第6話:封じられた結婚指輪
平日の午後――
TSグローバルの11階、企画部フロア。
その日、ひとつの“偶然”が静かに起こった。
「……あれ? 今のって……」
とある若手女性社員・**佐伯里帆**が見たもの――
それは、社長と取締役の手がふと触れ合い、
その瞬間、美咲の左手の薬指に“細いプラチナリング”が光ったことだった。
(まさか……あれって……結婚指輪?)
動揺を隠しきれないまま、その場を離れた佐伯は――
偶然を装って、後日、社長室へ“直接訪問”することになる。
*
「……すみません、少しお時間をいただいても?」
「いいけど、どうしたの?」
社長室で資料を見ていた美咲の前で、佐伯が深く一礼した。
「先日、偶然見てしまいました。……社長の左手を」
……沈黙。
美咲の手が、思わず書類の上で止まる。
「……それを誰かに?」
「いえ、まだ誰にも。でも、どうして隠しているのか、正直知りたくて」
そのまっすぐな目を前に、美咲はゆっくり息を吐いた。
「……理由はひとつ。私の夫――橘悠真が、社内で“そのこと”で傷つけられる姿を見たくないからよ」
佐伯は、目を見開いた。
「……そんなに?」
「ええ。彼が私と結婚していることで、“出世コースに乗った”とか、“特別扱いだ”とか……
そう思われるのは、彼の努力を否定することだから」
しばしの沈黙のあと――
佐伯が口を開いた。
「……じゃあ、ひとつ条件があります」
「条件?」
「今ここで――“本気で愛し合っている”って証明してください」
美咲が、驚いたように目を丸くする。
「証明って……?」
「熱いキスを、目の前で。
そうすれば、私は誰にも言いません。それと――今度、3人で食事に行ってください。
その時は、堂々と結婚指輪をしてください。
その姿を見れば、私はきっと何も疑わなくなると思うんです」
その言葉に、静かにドアが開き――悠真が入ってきた。
「……話は聞こえていました」
「悠真……」
ふたりは数秒見つめ合い、そして、何も言わずに――
ゆっくりと、そして長く、深く唇を重ねた。
佐伯は、最初目を見張っていたが、やがて目を伏せた。
(……本物だ)
“恋”ではない。
“秘めた熱”でもない。
“人生を重ねてきた者同士の、深い“愛”だった。
キスが終わり、ふたりが彼女を見つめた。
佐伯は、静かに頭を下げる。
「ありがとうございます。……信じます。誰にも言いません。
むしろ、応援したいです。ふたりのこと」
*
数日後。
社外の個室レストランで、佐伯・美咲・悠真の3人は食事を囲んでいた。
美咲の薬指には、プラチナの結婚指輪。
佐伯はそれを見て、ほほ笑んだ。
「似合ってます。すごく」
「ありがとう。……こうして堂々と話せるって、不思議ね」
「でも、たまにはこんな風に、秘密を知ってくれる“仲間”がいるのも悪くない」
佐伯は言った。
「社長、取締役。これからもずっと“ふつうに幸せ”でいてください。
誰にも知られなくても、その愛はちゃんと見えていますから」
ふたりは、黙ってうなずき、手をそっと重ねた。
“秘密”は続く。
けれど、その中に確かな“理解者”がまた一人、増えたのだった。




